炎竜(フレイムドラゴン)族のオージェス
俺の名はオージェス。
炎竜族のオージェスだ。
あ、こんな喋り方ですが女です。
すみません。
シャシャートの街のビッグルーフ・シャシャート内にあるマルーラには、ミノタウロス族やケンタウロス族などの大型亜人種のためのカウンターやテーブルが設置されている。
食べる量が違うからだ。
大型亜人種は食費で困るのが有名だが、マルーラのカレーやハンバーグをたくさん食べられるのは羨ましい。
俺もドラゴンの姿になればたくさん食べられるが、人間の時ほど味を楽しめないから……困ったものだ。
うん、俺は辛口カレーよりも甘口カレーのほうが好きだな。
酒よりもリンゴジュース。
美味しい。
……
目の前には床があった。
なんだこれ?
ああ、そうか。
殴られてダウンしたんだった。
武闘会、一般の部。
予選落ちは悔しかったが、他の者の戦いをみて自分の力の無さを痛感した。
改めて修行し直さねば。
そしてこの武闘会に改めて挑戦するのだ。
そう心に決めた。
決めていたのに、ギラルさまが俺を本戦に押し込んだ。
ありがた迷惑。
無理無理無理無理。
自分の力不足は十分に認識しました。
自惚れていたことを謝ります。
ですから助けて。
俺と一緒に“魔黒竜”の称号を狙っていた風竜族のハイフリーグータ、大地竜族のキハトロイ。
ライメイレンさまのところに行くまでは喧嘩ばかりだったが、今では親友だ。
「頑張ろう!」
「絶対に死ぬんじゃないぞ!」
「全員で生き残るのです!」
そう声を掛け合って本戦に嫌々出場。
一回戦。
予選で俺を瞬殺した子供が相手だった。
大丈夫、記憶ははっきりしている。
名前も言える。
今朝の朝食……なんだっけ。
美味しかったのは覚えてる。
お昼は……まだ食べてない。
試合前に食べると、酷いことになると思ったから。
会場の周りに建てられたテントから良い匂いがしてたから、それが食べたい。
鉄板で炒めたパスタを食べながら、武闘会の見学をした。
最初は一人だったけど、親友のハイフリーグータ、キハトロイも俺の横に並ぶ。
うん、頑張ってた。
炒めたパスタ、食べるか?
美味いぞ。
ん?
その甘そうなのはなんだ?
どこのテントだ?
クレープで赤いテントか。
わかった、あとで行こう。
一般の部は、俺を倒した子供が優勝。
あれは子供の姿をした何か別の生き物に違いない。
村長が子供を褒めているが、あの村長も普通じゃない。
あのハクレンさま、ラスティさまの夫だというのだ。
これまで、人間が神代竜族の夫になったという話は聞いたことがない。
俺が聞いたことがないだけで、実際にはあったのかもしれないが……
正直、あのハクレンさまを倒して妻にしたというのは信じられなかった。
村長本人がそう言っても信じなかっただろう。
だが、ドースさま、ライメイレンさま、それにドライムさまが言うのだから嘘ではないだろう。
話によれば、鉄の森のワイバーンも村長が倒したそうだ。
鉄の森のワイバーンって、ワイバーン詐欺とか言われるぐらい強いワイバーン。
混代竜族であのワイバーンに勝てそうなのは……ダンダジィさまぐらいか。
いや、ダンダジィさまでもあのワイバーン相手には厳しい。
それを村長が倒した。
ジョークだったら、どれだけよかったか。
しかし、今は心の奥底から信じている。
なにせあの村長、ギラルさまに畑作業をさせたのだ。
それぐらいの実力者でないと俺の中の何かが砕ける。
武闘会は順調に進み、戦士の部。
どの戦いも素晴らしい。
そして、俺より強い。
俺は一般の部でよかったと改めて思う。
優勝したのは山エルフ。
見事なものだ。
負けはしたがハイエルフやドワーフたちも凄かった。
そして始まった騎士の部。
天使族、悪魔族、それにインフェルノウルフ、デーモンスパイダーなどが出場している。
リザードマンの男と獣人族の男が負けたが、いい戦いをした。
俺もあんな感じに戦いたい。
優勝したのは天使族の長、マルビット。
騎士の部の開始直前に大樹の村に到着。
疲労でダウン気味の村長の奥さんの代わりに出場しての優勝だ。
すごい。
振り返っての見所は一回戦、マルビットとキアービットの親子対決。
親子とは思えない本気の戦いだった。
特に娘のキアービット。
全力とはあのことかと言わんばかりの攻撃だった。
あれ、親に向ける攻撃じゃないと思う。
それをひらりひらりと避けて、嫌がらせのような反撃。
娘に対して容赦がない。
天使族……侮りがたし。
騎士の部のあと、行われたのが英雄の部と呼ばれる模範試合。
これはトーナメントではなく一対一の戦い。
対戦相手はクジで選ばれる。
参加者は……
うん、なんだろう。
世界が終わるのかな?
ドースさまとギラルさまが殴り合ってる。
あのデーモンスパイダー、絶対に普通のデーモンスパイダーじゃない。
ヨウコって、あの伝説の九尾狐?
魔王、凄い。
明らかに実力が劣るのに、頑張っている。
尊敬できる。
というか、魔王を圧倒しているあの吸血鬼は誰だ?
シソさん?
聞いたことがないが……世の中には俺より強いのがいくらでもいると理解できた。
ドライムさまは……慌てている。
どうしてエントリーされているんだ、これは罠だと叫んでいる。
対戦相手はライメイレンさま。
……が、頑張れ。
武闘会が終わったあとも戦いが続いている。
この村はとんでもない場所だ。
“魔黒竜”の称号なんてどうでもよくなる。
とりあえず、これでもかってぐらい自分の力不足は認識できた。
頑張ろう。
本当に、本気で。
強くなれば、俺だって一般の部優勝。
そして戦士の部には出られるかもしれない。
いや、出る。
それまで、“魔黒竜”の称号のことは忘れる。
明日にでもギラルさまに伝えよう。
うん、それがいい。
「おい、オージェス、ハイフリーグータ、キハトロイ。
出番だぞ」
ギラルさまが俺を呼ぶ。
出番?
言葉の意味がわからない。
それになぜギラルさまの横で、ハクレンさまが準備運動をしているのかな?
……
理解したくない。
理解したくないができてしまう。
ああ、竜族の知能。
明日ではなく、今すぐ伝えるべきだった。
俺は横にいるハイフリーグータ、キハトロイをみる。
そして頷きあった。
「勘弁してください。
“魔黒竜”の称号が欲しいとか、調子に乗ってすみませんでした」
俺たちの謝罪はギラルさまの耳に届いているはずなのに、ハクレンさまとの試合は行われた。
生きてるってすばらしい。




