放送部
俺の名はイレ。
イレ=フォーグマ。
太陽城を管理するマーキュリー種の一人だ。
俺が眠りから覚めたのは六十日前。
正直、もう起こされることはないかなと思っていたが、やはり自由になる体は素晴らしい。
そして俺を出迎えてくれたのが、いつもと変わらぬ太陽城……ではなく、畑だった。
うん、城の中も外も畑だらけ。
どうなっているんだ?
ベル、ゴウ、事情を……共有記憶を読め?
いや、あれって色々と面倒だろ。
俺が寝てたのって、百年~二百年じゃないから読むのも大変だし。
ここ数年分でかまわない?
そうなのか?
畑が多い理由は理解した。
太陽城が、四村と名前を変えたことも。
うん、しかし、本当なのか?
本当なんだろうなぁ。
わかった。
とりあえず、ベル。
俺に復帰教育を頼む。
今の常識や言語を覚えないと。
ん?
なんだこりゃ?
こんなの即席教育もいいところじゃないか。
百八十日かける教育を、たったの四十日で教え込むって酷過ぎるだろ。
あー、はいはい、我らの新しきご主人さまが急いで欲しいって要望ね。
わかってるよ。
会う時にはちゃんとするから。
ご主人さまって呼んじゃいけない?
じゃあ、主?
村長さまね。
了解、覚えたよ。
“さま”はいらない?
呼び捨てでいいの?
変わった人だな。
と言っても、どうせ俺の仕事は理解してくれないだろうけど。
俺の仕事は撮影。
撮影機を使い、それを管理し放送する。
太陽城を大きな施設と考えた場合、どうしても死角ができるのでそこをカバーするのが俺の仕事だ。
俺はこの仕事に誇りを持っていた。
だが、太陽城での扱いはよくなかった。
見たいところを見ることができる、遠見の魔法があるからだ。
もちろん、魔法が使えない者が使えるのが撮影の良さだが、太陽城に来る者の大半はその魔法が使えた。
さらに、太陽城自体にその遠見の魔法が標準装備されている。
撮影が低く見られるのも仕方がないと思う。
その上、撮影は映像と音声を送ってくるが一方通行なのに対し、遠見の魔法だと双方向に会話できたりする。
燃費面でも、遠見の魔法のほうが優れているし、撮影機はメンテナンスを定期的に行わなければいけない。
遠見の魔法に対して、撮影の方が優れている点をあげてみろと言われて……
「手間が掛かって、愛着が湧く」
そう答えるのが精一杯なのだ。
そんな趣味色満載の俺の仕事。
太陽城の燃費問題が上がった時、真っ先に眠りの候補にされたのは俺だった。
他の連中を恨んじゃいない。
俺だって納得したからだ。
「え?
これで撮影して、こっちに映るの?
凄いな!
録画はできないの?
映像を記録して、何度も同じ場面を映すやつ。
できないかー。
残念。
でも、止め絵なら可能?
ああ、写真ってことね。
十分だ。
それで、これを使って祭りの様子を放送してくれるんだろ。
一人じゃ無理だよな。
何人ぐらい必要なんだ?
人もだけど太陽石がそれなりに必要?
太陽石って保温石のことだったな。
いくらでも出そう」
俺は仕えるべき主を見つけたのかもしれない。
そうとなれば、祭りの撮影に向けて頑張るしかない。
まずはスタッフ集め!
インフェルノウルフ、デーモンスパイダーの子供。
超怖い。
だが、撮影機を持てるらしい。
操作もできた。
悪い奴らじゃない。
インフェルノウルフの頭の上にカメラを一台、乗せてみた。
上下に揺れるが、臨場感があっていい。
デーモンスパイダーたちにカメラを三台、渡した。
素晴らしいアングルから撮影をしてくれる。
ああ、ちょっと待て。
先に言っておく。
女性の着替えシーンや、スカートの中は絶対に撮影しないように。
男性の場合も同様。
あと、夜の寝室の撮影は全面的に禁止。
これは撮影機を発明した魔法使いの魂の遺言なんだ。
理解できないかもしれないが、頼む。
おおっ。
インフェルノウルフは頷いているし、デーモンスパイダーの子供たちは足を上げている。
理解したっぽい。
凄いな。
逸材を見つけた。
ニュニュダフネ。
同じ場所に何時間も張り付いていられるらしい。
移動速度が遅いのが弱点だが、それを補う忍耐力だ。
撮影の練習をしたあと、祭りのコースの各所を任せる。
あ、これ通信機。
音声だけ送る装置。
これで指示を聞いてね。
えっと、ドラゴンさんたち。
撮影機が珍しいのかもしれませんが、被写体になっていただく必要は……
いえ、助かってます。
かっこよく見える角度があるのですね。
覚えておきます。
え?
巣に撮影機がある?
埃を被っているから、それを俺……いえ、私に?
ありがとうございます。
受け渡しは祭りのあとですね。
わかりました。
それで、何をどのように撮影すればよろしいのでしょうか?
村長の意向に反しなければ、ある程度の要望は……はははは。
さらに逸材を見つけた。
文官娘衆と呼ばれる魔族の中に、俺と同じ目で撮影機を見る者がいた。
同志と理解した。
「実況は任せてください」
試験をしたが、あっさりとクリア。
俺よりも実況が上手かったので任せた。
同時に、文官娘衆をスタッフとして採用。
俺が鍛える必要がないぐらい優秀だった。
撮影の本部は太陽城に設置する予定だったが、もっといい場所があった。
万能船と呼ばれる飛行船だ。
俺からすればそれほど珍しくはないが、今の時代は珍しい存在らしい。
その万能船の中にある大きな部屋を、俺たちの本部として提供してもらった。
ありがとう村長。
ダンジョン内の撮影にトラブル発生。
ダンジョン内は障害物が多いので、撮影機から発信される映像と音声が明確に拾えないのだ。
だが、そんなことは委細承知。
これを使え。
中継器と有線だ。
そしてこっちの機械をダンジョンの外に出しておけば問題は解決だ。
……あの、そこのお嬢さん。
えっと、吸血鬼で村長の奥さんですよね。
撮影機を分解するのはやめてください。
村長に言いますよ。
そして祭り当日。
わかっている。
まずは村長の素晴らしいお姿を撮影し、村民に見せつける。
衣装担当のザブトンさん、村長の衣装は……さすがです。
では、撮影を開始する。
各地準備はいいな。
では、この祭りの成功を祈って。
そして、放送部の初活動の成功を祈って。
余談。
魔王が村長に頼み込んでいた。
俺たちに撮影させたいものがあるらしい。
野球?
グラウンドで行う野球を撮影して、それを飲食店の中で放送したいと。
……ふっ。
良い時代になった。
頑張ろう。
イレの口調は、基本は砕けていますが、外(村長、被写体、スタッフ)に向けて喋るときは丁寧になります。
ベルやゴウは仲間というか家族なので口調は砕けたままです。