薬草と祭りの準備
五村に病院ができた。
五村での税金を少しでも住民に還元するための施設として、俺が提案したからだ。
正直、税金収入の額を考えても五村の住人への治療は無料にしても良いぐらい。
その病院が完成したということで、開業前に俺は見に行ったのだが……
考えていたのと違った。
この世界にも病院はある。
ただし、一般的ではない。
治癒魔法があるからだ。
その治癒魔法を使う者を多く抱え込んでいるのが教会。
一般的には、病気や怪我の時は教会に駆け込むものらしい。
では、病院は何をやっているのか?
薬草の栽培をして、その販売を行っている。
なので病院とは呼ばれず、薬草院と呼ばれたりするそうだ。
というわけで、目の前には大きな薬草栽培施設がある。
……
この施設のために五村で雇われた二十人ほどの栽培員が緊張しながら並んでいるので、いまさら違うとは言えない空気。
「これからの活躍に期待する」
そう言うのが精一杯だった。
うん、無駄にはならないだろう。
ちなみに、五村住民への無料治療は行われていないが、超低額治療は教会で行われていた。
ヨウコと聖女セレスの案だそうだ。
さて、出来上がった病院を主に喜んでいるのはルーとティア、フローラ。
なのだが、ルーはシャシャートの街へ研究に出かけており、フローラは五村にいるけど味噌小屋や醤油小屋に行っている。
ここにいるのはティアだけ。
母親のルィンシァが帰った直後は寂しそうだったが、今は復活している。
「特大部屋が一つ、大部屋四つ、小部屋が十二。
室温調整も部屋単位で可能。
この辺りはルーさんの魔道具ですか?」
「そうらしいな。
シャシャートにいる研究者も動員したって聞いたが……この水があふれ出てくる壷はなんだ?」
「それも魔道具です。
水を循環させるのに使っているのでしょう」
二つで一つの魔導具で、低所から高所に水を移動させるのに使うそうだ。
薬草栽培には欠かせないらしい。
「便利だな。
これって、どれぐらいの距離で使えるんだ?」
「そんなに離れては使えません。
ここだと、隣の部屋ぐらいまででしょうか。
他にも制約が色々ありますから、便利さでいえば村で使っているポンプのほうが上ですよ」
そうなのか。
「あれは凄いです。
魔力を使わずに、あの性能!
長が徹底して調べていたぐらいです」
「え?
調べてたの?」
「ご安心ください。
母が止めましたから」
「い、いや、別に言ってくれたら教えたぞ」
「ありがとうございます。
ですが、それは長が頭を下げた時にお願いします」
「わ、わかった」
ポンプは危ない物ではないし、広めてもいいと思うが?
まあ、いいか。
俺はティアの指示に従い、薬草院の各部屋で【万能農具】を振るった。
ルーはシャシャートの街で、研究をしていた。
今の研究内容は、転移門。
だが、うまくいっていないらしい。
村に戻ってきてから、やたらと俺に甘えてくる。
ははは。
よしよし。
とりあえず、収穫を終わらせてからな。
その為に帰ってきたんだろ?
甘えるのはその後で。
「落ち込む暇もないぐらい働いた気がする」
「収穫の手伝い、ご苦労さま。
はい、お茶」
「ありがとう」
「で、研究が駄目だったんだって?
愚痴なら聞くぞ」
「愚痴はもういいわよ。
それより、またシャシャートの街に行っていいかな?」
「祭りのあと?」
「うん」
「わかったけど、アルフレートとルプミリナへの説得は自分でやるように」
「アルフレートは大丈夫だろうけど、ルプミリナは……泣くかな」
「最近はルーよりもティアに懐いている気がするぞ。
オーロラと双子のような仲の良さだし」
「う、ううっ、母親としての立場が……でも、研究が」
「ははは。
まあ、なんにせよだ。
無理せず、ストレスを溜めないように」
「頑張る」
夏の祭りに向け、準備が始まった。
今年の祭りも文官娘衆が仕切ってくれるので安心だ。
「俺の出番に関してなんだが……」
「委細承知。
お任せください」
本当に頼もしい。
頼もしいが、俺の出番を減らす方向で承知しているんだよな?
「俺の出番は少な目に……」
「ご安心ください。
村長のお心を騒がすようなことはいたしません」
おお、そうか。
しかし、俺も馬鹿じゃない。
「できれば、俺の出番を減らすと約束してほしいのだが……」
「お約束しましょう。
村長の出番は減らします」
「うむ。
よろしく頼む」
本当によろしく頼む。
「が、確認だ。
減らすの基準点はどこだ?」
「……」
あ、目を逸らした。
そして全力で話題を変えてくる。
嘘を吐かないのは見事だ。
……
チラリと横をみると、ザブトンがなにやら新作の服を作っている。
男物か。
サイズ的には俺のサイズだな。
ガルフやガットの服にしては小さいし、あの装飾の量はないだろう。
今年の祭りも頑張ることになりそうだ。
しかし、ここでルーに言った自分の言葉を思い出す。
無理せず、ストレスを溜めないように。
だな。
「ある程度の出番は許容しよう。
だから休憩時間をちゃんと作ってくれ。
それと、俺が離席したからと祭りが止まることのないように」
あれは、かなりのプレッシャーだ。
「村長の要望に応じられるように全力を尽くします」
よろしくお願いします。
俺は収穫の終わった畑を【万能農具】で耕す。
これが終わったら、祭りの開始だ。
まだ数日先になりそうだが、各村から準備のために少しずつ集まってきている。
今年の祭りは何をするのかな。
楽しみだ。
ルプミリナ ルーの二人目の子供。娘。
オーロラ ティアの二人目の子供。娘。