獣人族の男の子たちの学園生活 北の森の奥
森の中は薄暗かった。
が、特に問題なし。
何度も狩りで来ている森だ。
いまさら薄暗いぐらいで躊躇はしない。
情報のあった場所を目指す。
先行したグラッツのおじさんの部隊が道標を残してくれているから、道には迷わない。
僕、ゴール、ブロンの三人で移動しているが、横にはいない。
ゴールとブロンには木の上を移動してもらっている。
村で兎を相手にする時のフォーメーションだ。
僕が囮で、二人がアタッカー兼見張り。
どちらかと言えば見張りのほうが重要。
兎を相手にしている時に、他の魔物や魔獣に奇襲されるのが一番怖いから。
武器は全員、お揃いの剣。
この剣は学園に行く前にガットのおじさんが作ってくれた。
ガットのおじさんの剣にしては装飾が凝っているけど、これは万が一の時にこの剣を売ってお金にしなさいということだ。
気に入っているから、滅多なことじゃ売らないけどね。
その剣を片手に持ちながら進んでいると、木の上のゴールから止まれの合図が出された。
視線で会話。
少し先に怪しい場所があるらしい。
木の上のブロンが回り込むのを待ってから、僕は直進。
怪しい場所には……人がいた。
魔獣から逃れ、隠れていたらしい。
「な、なんで子供が……助けじゃないのかよ、ちくしょう」
様子から、学園の生徒に雇われた冒険者のようだ。
腕を怪我している。
「その通り、悪いが助けじゃない。
僕の目的は、君たちを雇った生徒のほうなんだ。
大人なら自力で助かってくれ」
ここに来るまでに遭遇した魔物や魔獣は退治している。
今なら比較的安全に戻れる。
そのことを伝え、先に進む。
「ま、まて……」
「なんだ?」
「これを持っていけ」
「ん?」
ベル?
「俺たちの雇用主は魔道具をいくつも持っていた」
「魔道具?」
「ああ、そのうちの一つが姿を隠す魔道具だ。
完全に隠れる代わりに、中から外の様子がまったくわからない」
「救助の声も聞こえないってこと?
それは困ったな」
「ああ。
だが、そのベルの音だけは聞こえる。
安全の合図は短く三回だ。
頼む」
「わかった。
最善を尽くすが……他にどんな魔道具を持っているんだ?」
「え?
ああ、俺が知ってるのは火を出すやつと、相手の動きを一時的に封じるやつかな。
他に三つぐらい持ってたけど、使ってないから知らない」
「相手の動きを一時的に封じる?
どれぐらい封じるんだ?」
「雇い主は十数えるぐらいって言ってたけど、俺の体感だと三つぐらいだな。
あっという間だった。
クズ道具だ」
いやいや、三つ数える間、一方的に動けるなら誰にだって勝てる気がするけど?
凄い魔道具じゃないのかな?
まあ、それに僕たちが足を引っ張られないようにしよう。
「情報感謝。
それじゃあ」
「ああ。
子供って言って悪かった。
すまないが雇用主を頼む」
「気にしてないよ。
誰がどうみても子供の体格だからね。
雇用主は言われなくてもがんばるけど……仲間はいいの?」
「雇用主が優先だ。
仲間のほうは余裕があったら頼む。
木の上の仲間にもよろしく言っておいてくれ」
「わかった。
森を抜けたら軍がいるから、素直に従ってよ」
「おう。
ああ、そうだ。
俺はコークス。
お前たちの名は?」
「シール。
上はゴールとブロン。
それじゃあね」
冒険者と別れて三十分。
情報のあった場所に近付いた。
大きな魔物が暴れたらしき跡が目に入る。
そこで、目立つ相手と遭遇した。
先行したグラッツのおじさんの部隊だ。
森の中で動きやすい軽装備で、武器は剣と鉈。
鉈を持っている人のほうが多いかな。
四十人ほどが適度に森の中に散っている。
「おっ、飯の坊主か」
警戒されるかなと思ったけど、顔見知りがいたので大丈夫だった。
でも、飯の坊主はやめてほしい。
そっちが飯の時に来るだけだろ?
「そうだけどな。
坊主が来てくれて心強い。
他の二人は?」
「上」
「ん?
ああ、なるほど。
悪いがそのまま警戒を続けてくれ」
知り合いの兵隊さんは、森に入った四つの部隊をとりまとめる役だった。
「臨時編成だが、一応は中隊長だ。
偉いんだぞ」
そう言う中隊長から、情報を教えてもらう。
「素人が移動した痕跡はみつけた。
多分、これが学園の生徒たちだろう。
数も合う。
プロっぽいのが雇われた冒険者たちだと思うが……」
「あ、待って。
途中で雇われた冒険者一人とあって、情報をもらった」
僕はベルを見せ、姿を隠す魔道具の存在を伝えた。
「最近の子供は便利な物を持っているな」
「僕は持ってないよ。
このベルはそっちに預ける。
怪しい場所で鳴らして探して」
「わかった。
坊主たちはどうする?」
「魔獣の痕跡を追うよ。
遭遇したら……なんとかする」
「大丈夫か?」
「駄目そうなら逃げるよ」
「ちゃんと逃げろよ。
時間稼ぎとか考えなくて良いからな」
「あはは。
わかった」
中隊長たちと別れ、移動。
魔物や魔獣を退治しつつ、ウォーベアを探すが見つからない。
というか……
ウォーベア、何頭いるんだ?
痕跡が多過ぎる。
一頭が追跡者を混乱させるために動き回っているってわけじゃなければ、十頭はいそうなんだが?
その割には遭遇しないし。
なんだ?
なにかおかしい。
木の上のゴール、ブロンもおかしさを感じているが、何がおかしいかわからない。
そうこうして一時間。
中隊長の部下たち十人と再会。
向こうが僕たちを探しに来てくれたようだ。
「生徒四人と雇われた冒険者たちは見つけた。
何人かは怪我をしているが無事だ。
保護して森の外に護送している」
「生徒四人?」
一人足りない。
「生徒の一人が行方不明だ」
「どうして一緒に行動していない?」
「森に行こうって言い出したやつらしい。
責任を感じて囮になった。
魔道具を持っているから、希望はあるそうだ」
「方向は?」
「北だ」
「さらに奥か。
わかった」
「同行してもかまわないか?」
「かまわないけど大丈夫なの?」
「中隊長の許可はもらっている。
俺たちは生徒の救出をメインで行う」
「わかった。
よろしく」
最悪の事態だけは避けたいなぁ。
残り一人の生徒を発見した。
生きている。
ただ、その生徒の右側にウォーベアが五頭。
そして生徒の左側にラヴァーズビーストが三頭。
……
ウォーベアとラヴァーズビーストが睨み合っているから助かったようだ。
なかなか幸運。
あ、それとも生徒が手にしている魔道具の効果かな?
生徒が僕たちに気付いた。
まずい!
気を抜くなっ!
睨み合っているウォーベアとラヴァーズビーストが、生徒に殺気を向けた。
エサが逃げることは許容しないらしい。
僕は駆け出した。
木の上のゴール、ブロンもほぼ同時に動いている。
さすがだ。
僕はラヴァーズビーストに向かう。
ゴールとブロンはウォーベアに向かった。
作戦は、僕が時間稼ぎ。
その間にゴールとブロンがウォーベアをなんとかし、三人でラヴァーズビーストを追い払おう。
ウォーベアはタフそうだが、ゴールとブロンなら問題ないだろう。
あの程度なら、二十頭ぐらいいてもなんとかしてくれる。
僕の目の前のラヴァーズビーストは……好戦的で嫌になる。
だが、僕に集中してくれるので助かる。
気付けば、中隊長の部下たちが生徒を担いで逃げていた。
いいね。
助かる。
ウォーベアは目論み通り、ゴールとブロンがなんとかした。
二頭倒し、三頭は追い払った。
そして僕に合流してラヴァーズビーストに対峙したのだが……緊急事態。
ラヴァーズビースト三頭の背後から黒いモヤのような化け物がやってきた。
大きい。
村の宿屋ぐらいの大きさだ。
そして、ラヴァーズビースト三頭はその黒いモヤのような化け物に包まれたと思った瞬間に食われた。
食ったのだろう。
黒いモヤのような化け物のサイズがさらに一回り大きくなったのだから。
なんだこれ?
全身に危険信号が走る。
ウルザやグラルが本気で怒った時に感じるそれ。
いや、それ以上。
不味い存在だと理解した。
そして勝てないと。
勝てるとしたらハクレン先生か村長。
この場にはいない。
即時撤退。
そう判断したが、遅かった。
ゴールとブロンが追い払ったウォーベア三頭が戻ってきた。
しつこい。
そう思ったが違った。
ウォーベアも黒いモヤのような化け物に追われていた。
別の個体か?
違う。
伸びているだけだ。
「シール、剣は駄目だ。
食われる」
わかってる。
ウォーベアの一頭が反撃を試みたが、そのまま食われた。
あとの二頭は木の上に逃げようとしたが、追いかけられて食われた。
黒いモヤの化け物は、高さにも対応しているらしい。
これは……かなり不味い。
僕たちの周囲は、黒いモヤのような化け物に取り囲まれている。
「ゴール、ブロン、何か手はないか?」
「魔法はどうだ?」
「一斉に火を放って、その隙に逃げる」
「よし。
それでいく。
三、二、一、いまだ!」
僕たちの放った魔法は、黒いモヤの化け物に吸収された。
おいおい。
勘弁してくれよ。
黒いモヤの化け物の手らしき黒いモヤが僕に伸びてくる。
避ける。
だが、手の数が多い。
これは死んだか。
……
いや、諦めるな。
最後まで抗え。
村ではそう教わった。
手が多いのがなんだ。
気合で避ける。
魔法は火の魔法が吸収されただけだ。
他の魔法を試す。
まだまだやれることはある。
諦めるか!
そう覚悟を決めた僕たちを、黒いモヤの化け物は笑った。
僕が笑ったように感じただけかな?
確かめようがない。
なぜなら、黒いモヤの化け物は、さらなる乱入者によって食べられたからだ。
さらなる乱入者。
それは大岩ぐらいの大きさの蜘蛛。
どこから現れたのかその蜘蛛が黒いモヤの化け物に飛び込んだと思ったら、凄い勢いで黒いモヤの化け物を吸って食べた。
蜘蛛は大岩ぐらいの大きさだけど、黒いモヤの化け物はもっと大きい。
それを食べたの?
モヤみたいな存在だからお腹に溜まらないのかな?
いや、さっき食べたウォーベアやラヴァーズビーストの分が……
細かいことは考えない。
それよりもこの蜘蛛……
村では見たことのない種類の蜘蛛。
だが、感じる。
「ザブトンの子?」
蜘蛛は足を一本だけ上げ、左右に振ってから僕たちの前から去っていった。
……
僕はゴール、ブロンと顔を見合わせる。
「あれ、春に旅立ったザブトンの子の一匹だ」




