獣人族の男の子たちの学園生活 北の森
僕の名はシール。
ガルガルド貴族学園の教師。
今日は大きな事件が発生した。
発端は朝。
学園の北の森で危険な魔獣が確認されたので、当面は立ち入り禁止となる連絡が届けられた。
素直に了解。
ゴールやブロンに伝え、生徒たちにも連絡した。
狩りや釣りには僕も同行するから、間違えても北に行くことはないだろう。
事件が発生したのは、昼過ぎ。
一部の生徒が北の森に向かったらしいという報告が伝えられた。
僕に。
報告をしたのは王都を拠点にする冒険者。
なんでも前にガルフのおじさんが王都に来た時に、頼まれていたらしい。
学園の生徒が危ないことをしそうになったら学園に知らせてくれと。
ガルフのおじさん、ありがとう。
でも、そこは知らせてくれじゃなくて、止めてくれじゃないのかな?
あと、知らせてくれるのは助かったけど、学園内に忍び込んだの?
衛士の人たちが凄い勢いで探しているけど。
今度からは衛士の人に言って呼び出してね。
今回は僕も一緒に謝る……その前に学園長に連絡。
学園長が確認をすると、五人の生徒が冒険者を雇い、北の森に向かったことが判明。
危険な魔獣を倒し、名を上げるのが目的だそうだ。
学園の衛士は北に向かう道を塞いでいたが、王都に向かってから北の森に行かれては防ぎようがなかった。
ちなみに、北の森に向かった生徒は、僕たちの授業を受けている生徒ではない。
その点で一安心。
「我らはドラゴンの尾をわざわざ踏む愚かものではありません」
訳)僕たちは先生の指示を無視するほど死にたがりじゃないですよ。
ははは。
その先生ってのは学園の先生全般って意味だよね?
僕たちのことじゃないよね?
僕たちはそんなに怖くないと思うんだけど?
あと、ドラゴンは尻尾を踏まれたぐらいで怒らないよ。
前にドラゴン姿のドライムおじさんの尻尾を踏んだことがあるけど、笑って許してもらえたし。
「ところで、その五人は強いのかな?」
素朴な疑問。
その五人が強ければ、問題ではあるが危険は減る。
僕の疑問に答えてくれたのが、アイリーン。
「あの五人、私より弱いですよ。
五人掛かりでも私が勝ちます」
……
一大事だ。
アイリーンは僕より弱い。
かなり弱い。
それより弱いって……どうして危険な場所に向かったのか!
いや、名をあげたいって……せめてアイリーンを倒せるようになってから言おうよ!
近くにいたグラッツのおじさんに慌てて報告。
グラッツのおじさんは、即座に部隊を召集して北の森に向かってくれた。
お願いします。
そして学園長にも報告。
生徒が弱いことと、グラッツのおじさんに北に向かってもらったことを伝えた。
学園長は僕たちの報告が来る前に事態を把握しており、学園の教師たちで救助部隊を結成していた。
王都にも救援を要請しており、僕たちがグラッツのおじさんに言わなくても動いてくれただろうと。
さすがだ。
……
さすがなのだが……
学園の生徒が危ないのだから、救助部隊の結成はわかる。
そこに僕たちが含まれたこともかまわない。
なぜ、僕たちがリーダーなのだろうか?
「最適と思われる配置です。
文句はあとで聞きましょう。
ですから急ぎなさい」
貴族語ではなく、普通に言われたら仕方がない。
最初、学園長は自分が行くと言っていたのだけど、周囲に止められて自粛しているからなおさらだ。
とりあえず、ゴール、僕、ブロンの中で代表者を決める。
え?
僕?
クジは?
わ、わかった。
クジとか作っている暇はないよな。
リーダー了解。
急いで移動しよう。
北の森に近付くと、大きなテントがいくつも張られていた。
グラッツのおじさんの部隊だ。
「遅いぞ」
僕たちを叱りつつ、現状の報告をしてくれる。
生徒五人はすでに森の中で魔獣に襲われた後だそうだ。
ただ、まだ全滅はしていない。
死者も出ていない。
なんとかまとまって森の中を逃げている最中。
この情報は、北の森の魔獣退治を依頼された冒険者たちによってもたらされた。
「冒険者も森に入っているんだ」
「北の森に危険な魔獣が出たのだ。
優秀な冒険者に依頼がいくのは当然」
それゆえ、生徒五人が雇った冒険者は実力的には一歩劣る。
勝つことは絶望的だろうとのこと。
「情報をくれた冒険者たちは、生徒を助けることは無理だったの?」
「別口の魔獣に襲われたあとだったからな。
無理を言ってやるな」
グラッツのおじさんは十人単位の部隊をいくつも作って、森の南側を広く見張らせている。
「突入は?」
「森の中で戦える者を集めた部隊を四つ、情報のあった場所に送り込んだ。
残りは無理だ。
森の中で戦えない」
「そうなの?」
「残念ながらな。
王都にも連絡しているから援軍は来る。
それに期待したいが……問題は魔獣のほうだ」
「?」
「報告されていた危険な魔獣とはウォーベアのことなのだが、どうもラヴァーズビーストもいるらしい」
ラヴァーズビースト?
聞いたことがない。
「四足の獣で体長は五メートルぐらい。
背中は硬い毛で覆われている。
毒に強く好戦的。
ウォーベアを倒すのに兵士三十人の犠牲が必要と言われているが、ラヴァーズビーストを一体倒すのに兵士百人の犠牲が必要と言われている」
「ウォーベアの三倍以上強いってこと?」
「うむ。
その上、ラヴァーズビーストは常に二体以上で行動する」
「え?」
「番で行動する魔物ってことだ」
「なるほど。
……二体以上?」
二体以上ってことは……雄、雌、雌とか?
「子供がいる場合もあるだろ」
「あ、ああ、そっか」
変な想像をしてしまった。
失礼。
「とりあえず、ラヴァーズビーストの可能性があるから森に入っていいのはお前たち三人だけだ。
他の者はやめておけ」
「え?」
「軍の兵士だって、森の中では戦いたくないのがウォーベアやラヴァーズビーストだぞ。
学園の教師が勝てるなら苦労しない」
森の中の魔物や魔獣退治は、基本的には冒険者任せなのだそうだ。
「兵士が得意とする集団戦ができないからな」
……
「どうした?」
「いや、いつものおじさんらしくないなぁって」
北に向かった時、真っ先に森に入るだろうと思っていた。
まさか、森の前で情報収集して、部隊を管理しているとは思わなかった。
「自分にできることを全力でやる。
それだけだ。
お前たちもだろ」
「わかったけど……それって僕たちに森の中に入れってことだよね?」
「大丈夫だ。
良い情報を一つ、教えてやろう」
「なに?」
「お前たち、村で兎を捕まえていただろ?」
「うん」
「ラヴァーズビーストが群れてても、あの兎一匹より弱いから」
……
だったら、なぜこんな大騒ぎになっているのだろう?
え?
兵士百人分でしょ?
魔王国の兵士って、そんなに弱いの?
この国の防衛力に不安を持ってしまうじゃないか。
いけない、いけない。
余計なことを考えず、早く森に入って生徒たちを助けよう。
花粉症のアドバイス、ありがとうございます。
薬、色々と試してみますね。
ツボも。