勇者コートキ
私の名はライギエル。
猫だ。
うん、猫。
猫生活、エンジョイ中。
冬場はコタツの中が最高。
夏場は地下室の階段のところがベストポジション。
娘たちに追い出されることもあるけど、毎日を楽しく生きている。
不満や不安はない。
食事も美味しいし。
それゆえだろうか。
時々、昔を思い出す。
自分の悪行を。
……
勇者システム。
あれって、魔王システムと対で潰せなかったから利用したけど、悪いことしたなぁ。
……
反省を示すために、今日は妻とイチャイチャするのは控えよう。
ん?
どうした妻よ。
い、いや、別にお前のことが嫌いになったわけでは……す、すまない。
愛しているぞ。
うむ。
嘘ではない。
し、仕方がないなぁ。
イチャイチャするか。
俺の名はコートキ。
勇者と呼ばれていた男だ。
今は違う。
ただの男だ。
しかし、なんだったんだ?
今のは?
なぜ俺は猫の夢なんか見たんだ?
欲求不満か?
だったら、なぜ猫?
俺にそんな性癖はないぞ。
ないよな。
ない……はずだ。
うん、女の人のほうがいい。
胸は大きめで……優しい女性が好みだな。
……
ふっ。
ずいぶんと回復したものだ。
俺は自分の手の甲をみる。
以前は、ここに勇者の紋章があった。
教会との契約で授かる物だ。
それが勇者である証明だった。
紋章がある限り、俺は死んでも復活していた。
リスクはない。
あるのは一つの義務。
「魔王を倒す」
それだけ。
それ以外は自由。
それが勇者だ。
だが、俺の紋章は不意に消えた。
なにが起こったのかわからなかった。
教会に戻って関係者に相談しようと思ったが、紋章が消えていたので自分が勇者であると証明できなかった。
俺を知っている者と会うまでに十日以上もかかった。
笑える話だ。
その後、一年ぐらい教会に篭って原因を調べたが、何も進展がなかった。
わかったのは、紋章が消えたのは俺だけではなく、全ての勇者から紋章が消えたってことだけ。
だから俺は勇者であったことを隠しながら生きている。
勇者は死んでも復活する。
何度、殺しても復活して戻ってくる。
そこらの魔物より性質が悪い。
それゆえ、一般人は勇者に敵対しない。
敵対しないだけで、敵意がないわけじゃない。
勇者だからといって、心が常に綺麗で行動が全て正しいとは限らないからだ。
もちろん、まっとうな奴もいる。
だが、大半は酷くなる。
死の恐怖を乗り越えながら、魔王を倒すという使命を果たそうとしているのだ。
これぐらい優遇されてもかまわないだろうと、心が緩む。
そして、嫌われ者になる。
そんな勇者になっても、誰も止めない。
止めて恨まれたくないからだ。
王族だって、勇者を罰することはしない。
教会に文句を言う程度だ。
まあ、面倒臭いことになるから王族や教会関係者に面倒をかける勇者は少ない。
勇者被害の大半は、面倒臭いことにならない一般人が受ける。
俺はそういった被害を出さないように注意していた。
言葉使いや礼儀にも気をつかったし、戦い方も無茶はしていない。
俺が勇者になってから紋章が消えるまでの二年間、悪人以外に恨まれるようなことをした覚えはない。
だから俺は悪い勇者じゃないんだと言って、信じてもらえるかどうか。
世の中には悪い勇者が多過ぎた。
元勇者であるというだけで、石を投げられるぐらいに。
まあ、俺も悪い勇者を止めなかったしな。
自業自得か。
復活しなくなった勇者たちの行動は大きく二つ。
一つは、俺のように勇者であったことを捨て、普通の人として新しい人生を送る者。
もう一つは、これまで通りに行動する者。
新しい人生のほうは理解できる。
復活のメリットがなくなったのだ。
魔王を倒すというデメリットを続ける意味がない。
実際、復活がなければ魔王に近付くことすらできないだろう。
だから、普通の人として生きる。
わかる。
わからないのはこれまで通りに行動するほう。
馬鹿じゃないのかと疑っていたが、そういった行動をしている元勇者に出会って理解した。
これまで自由気ままにやっていたのに、いまさら普通の人として活動はできないらしい。
ただ、紋章がないので勇者であると周囲に認知されない。
すでに何人かの元勇者はただの野盗として捕まったり、討伐されている。
俺も道を間違えればああなったのかとゾッとする。
俺は運がよかった。
勇者時代、俺はフルフェイスのマスクを装着していたので顔はほとんど知られていない。
その上で用心し、これまで活動したことのない場所に移動した。
そこで第二の人生を歩む。
真面目に。
元々、俺は貧困生活から逃れるために勇者になったのであって、勇者になりたかったわけじゃない。
勇者時代に稼いだ金を元手に、商売を始める……才覚はなかった。
雇われているほうが無難。
武術や力には自信があるので、就職先には困らなかった。
結婚もした。
相手は勇者時代に、一緒に行動してくれた者だ。
俺が勇者じゃなくなったら離れると思ったのだけど、なんだかんだで残ってくれた。
感謝している。
性格はキツいけど、胸は大きい。
息子は二歳。
あと、お腹の中にもう一人いる。
俺の名はコートキ。
勇者であったことは忘れた。
四年前、シャシャートの街に来た時は大工をやった。
街のシンボルになっているビッグルーフ・シャシャートの建設に関わったのが自慢だ。
今はビッグルーフ・シャシャートの警備員をやっている。
最近の楽しみは、野球観戦。
野球チームの応援団に参加したりしている。
仕事がもう少し暇だったらと思わなくもないが、妻や子のこともあるしな。
仕事はキッチリ、なんとか時間を作って応援するのが楽しい。
ふふふ。
我が猛虎魔王軍は、なかなか強い。
次の試合はいつかな。
コートキの歴史。
七年前、勇者になる。
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五年前、紋章消える。
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一年間、教会に引き篭もる。
↓
四年前、勇者廃業、シャシャートの街へ移住。大工仕事。結婚。
↓
二年と少し前、息子が産まれる。警備員に転職。
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現在、妻二人目を妊娠中。
野球の応援にハマる。