里帰り
私の名はキアービット。
天使族の長の娘です。
ガーレット王国の先代の天翼巫女でもあります。
なので、そこそこ立場があって偉いです。
その私の前に、怖い顔の女性がいます。
補佐長。
天翼巫女を補佐する者たちのリーダー。
ティアの母親、ルィンシァです。
普段はクールな女性なのですが……どうも私の言葉が悪かったようです。
「キアービットさま。
よく聞こえなかったので、もう一度、言ってもらえますか?」
嘘ですよね。
聞こえていなかったら、そんな顔はしませんよね。
いえ、なんでもありません。
今すぐ言います。
「ティアは生まれた二人目の世話が忙しくて、戻ってこられません」
……
おや?
思案していますね。
何か考えることがあるのでしょうか?
「キアービットさま。
確認ですが……その二人目は誰が産んだのですか?」
「え?
ティアですけど」
なにを当たり前のことを?
…………
あれ?
まさか?
子供のことを伝えていないのは知っていましたが……
「ひょっとしてですが……ティアが結婚したことは知っていますーよね?」
最後、可愛く言ったけど駄目でした。
「知りません」
なぜか私が怒られました。
ほんとうになぜでしょう。
これでも私は貴女の元上司ですよ。
天翼巫女だったのですよ?
その辺りを踏まえて、今一度態度を改め……いえ、なんでもありません。
はい、お話は承りました。
ティアに伝えておきます。
いえいえ、私はちゃんとお母さまに連絡していますよ。
狙っている男性がまだ若いので、あと数年は結婚は難しいかなと。
そうそう。
忘れておりました。
ティアから補佐長への手紙です。
ええ、珍しいですよね。
無理矢理に書かせました。
おおっ、喜んでる喜んでる。
クールな表情を作っても無駄ですよ。
背中の翼がパタパタしていますから。
これを先に渡しておけば、怒られる時間も半分になったでしょう。
失敗でした。
いや、そもそも、どうしてティアの報告不足を私が怒られなければならなかったのでしょうか。
里に戻った時、近いからと元職場に顔を出すのではありませんでした。
さっさとここを出て、我が家に……補佐長、どうして私の翼を掴んでいるのですか?
そこを持たれると飛べないのですが?
「私の孫の名は?
いくつですか?
容姿は?
そのあたりを詳しく」
そんなことは手紙に……補佐長は手紙を大事そうに持ったままです。
「読まないのですか?」
「ティアです。
そういったことを書いているはずがありません」
変な信頼がありますね。
「補佐長。
お話にお付き合いしたいのはやまやまですが、私も母に会いたいのです」
「貴女の母親は神殿にいますよ」
「え?」
「貴女が巫女を辞めたあと、後任が決まらなかったのでマルビットが臨時に務めています」
マルビットは、私のお母さまの名前です。
……
「後任が決まっていないって、どうして?」
「どうしてもこうしてもありません。
貴女の頭の中では、誰が後任候補だったのですか?」
「え?
そりゃ、実力からグランマリアかクーデルかコローネ、あとは少し劣るけどスアルリウ、スアルコウの姉妹……あ」
「私も彼女たちと考えました。
ですが、全員と連絡が取れません。
ところで貴女は彼女たちの居場所を知っているのですか?」
え、えーっと……どうしよう。
「知っているのですね。
よろしい。
全て喋りなさい。
ですが、その前に私の孫の話です。
さあ」
……
里には明け方に着いたのに、解放されたのは日が暮れてからでした。
お母さまは家に先に帰っていました。
「どうして助けてくれなかったのですか!」
そう言っても笑って誤魔化されるだけ。
わかっています。
お母さまも補佐長は得意ではありませんからね。
ですが、補佐長が有能なのは私もお母さまも認めるところ……というか、彼女がいないと天使族の里は回りません。
ガーレット王国との交渉もほとんど一人でやっていますし、長老衆の相手も任せています。
彼女が仕事をボイコットすれば、本当に大変なことになります。
なのでお母さまも補佐長の機嫌を損ねるような真似はしなかったのでしょう。
理解できます。
理解できますが、許せるわけではありません。
お母さまへのお土産は減らします。
「キーちゃん、おかえりー」
お母さまです。
お母さまは私のことをキーちゃんと呼びます。
何度、注意しても直してくれません。
もう諦めています。
「ただいま。
お土産、届いていますか?
近所に配らないといけないから、食べちゃ駄目ですよ」
「わかってるわよ。
夕食は、私が腕をふるって料理するから楽しみにしてねー」
「待って、それならお土産の調味料を使ってください。
最近、あれがないと味が足りなくて」
「前に持って帰ってきてくれたあれ?
あれは美味しかったわね。
最近は五村で作られて、シャシャートの街で売られているのだったかしら?」
「お母さま。
娘を試さないでください。
そのあたりの情報は話せません」
「ふふ。
純粋な質問よ。
あ、お土産から調味料は先にもらってるから」
「……もう。
夕食、楽しみにしています」
「まかせてー」
お母さまの料理の腕は誰もが認めるものです。
……
認めるものでした。
くっ、私の舌が肥えてる。
ごめんなさい、お母さま。
「さて、キーちゃん。
戻って来てくれたのは嬉しいけど、どうしてかな?」
「どうしてって、そんなの…………あれ?」
ほんとうにどうしてだろう?
切っ掛けはお母さまの手紙。
それを読んでティアが無視して、誰かが報告に戻ることになって、クジで私に……
どうして、私はクジに参加したのか!
「キーちゃん、いきなり暴れられると怖い」
「ご、ごめんなさい。
私が戻ったのはお母さまに会いたかったからですよ」
ええ、そうです。
私はお母さまに会いたかったのです。
けっして、あの時のコタツとミカンで思考が鈍っていたわけではありません。
「そう、嬉しいわ」
お母さまのためにも、この返事が一番。
「それで、私は孫をいつ見られるのかしら?」
……
「前にもお話しましたが、狙っている男性はまだ若く。
少なくともあと十年はお待たせすることになるかと」
「キーちゃん、前はその子のお父さんも狙っているって言ってなかった?」
「ライバルがあまりにも多く」
「そう。
残念ね。
ところで……昔、貴女と同じことを言ってた友人がいました」
「え?」
「父親が駄目なら、その息子を。
その息子が駄目なら、またその息子をと……結局、結婚まで辿り着きませんでした」
「そ、そうならないように、努力します」
「頑張ってね。
あと、帰ってきたところを悪いのだけど、西の方に出かけられる?」
「なにかあったのですか?」
「どうも勇者がおかしいのよ」
「勇者がおかしい?」
「ええ。
私たちが把握している勇者全員がね」
「失礼ですが、勇者がおかしいのは前からでは?」
「そうなんだけど、今回はちょっと大事っぽくてね。
まあ、私たちが気にしているのは勇者の一組にお願いしていたアンデッド退治が放置されちゃっていること」
「それが西の方と」
「ええ。
ここから二週間ぐらいの場所。
五人ほど連れて行ってかまわないから、頼まれてくれない?」
「わかりました。
明日、出発します。
それで、勇者の話ですが……どのようにおかしくなったのですか?
大事とは?」
「これ秘密よ。
極秘案件だからね」
「わかっています。
誰にも漏らしません」
「そう、じゃあ教えちゃうけど」
……
話を聞いて、驚いた。
本当に大事だ。




