吸血姫の船
万能船には四十人の乗組員がいたが怪我人はなし。
無事に脱出できた。
活躍したのが、俺が前に作ったパラシュート。
いつの間に量産したんだ?
別にかまわないが。
ルーはショックから立ち直り、近隣から漁師や海の種族を集め、水没した残骸の回収の指揮。
イフルス学園の関係者たちは、学園に戻って問題点の洗い出しをするそうだ。
俺たちはこの場にいても邪魔になるだけなので撤収。
ハイエルフ、山エルフは残骸の回収の手伝いをするためにルーに同行。
ガットは俺たちと一緒に大樹の村に戻った。
あれから一週間が経過した。
やっと後始末を終えたルーが大樹の村に戻ってきたと思ったら、ずっと俺に甘えている。
落ち込んでいるのだろうけど、少し恥ずかしい。
あと、クロたちが羨ましそうに見ている。
ルーが満足したら、お前たちも甘やかしてやるからな。
今はルーに譲ってくれ。
ルーの甘えは、三日ほど続いた。
止まったのは、ハクレンに指摘されたから。
甘えていることをではなく、墜落した万能船のことを。
「そろそろ、教えて欲しいな」
ハクレンがそう言ったのは夕食後のまったりタイム。
俺、ルー、ティア、ドライム、ドース、ハクレンでテーブルを囲んでいた。
ハクレンの言葉で驚いているのは俺だけで、他のメンバーは知っていたようだ。
「どういうことだ?」
「えへへ」
俺の疑問に笑って誤魔化すルー。
うん、可愛い。
可愛いが、疑問には答えてほしい。
ハクレンは何を教えて欲しいと言っているんだ?
答えてくれたのはティア。
「ルーさんが船を作って、沈んで終わり。
そんなわけがありません」
続いてドース。
「あの構造では船が無事に飛行する確率は半分ほど。
実験をすればすぐにわかる欠点が放置されていた。
太陽城の飛行システムを小型化までした者が、それに気付かぬとは思えぬ。
つまり、あそこであの船を沈める必要があった。
と、いうことかな?」
ドースの指摘に、ルーが降参と両手をあげた。
「実は、人間の国からの密偵が増えているの」
ルーは説明してくれた。
少し前から、ビッグルーフ・シャシャート、イフルス学園、それと五村に忍び込む密偵の数が増えているそうだ。
特に注目されているのがイフルス学園。
だけど、防諜が完璧で密偵の大半は捕縛。
「捕縛したなら問題ないんじゃないのか?」
「逆よ。
まったく情報が入らないから、恐怖心が増しちゃう」
俺の疑問にルーが即答してくれる。
「それで、何をやっているかの発表と、失敗を見せ付けたの」
「じゃあ、あの墜落はわざとだったのか?」
「ドース様に言われちゃったけど、半々かな。
成功しても失敗してもかまわなかったのよ。
まあ、私は成功すると思っていたんだけど……やっぱり、強度に問題があったわね。
建造中の船を流用したから、仕方がないと言えば仕方がないんだけど」
ルーが反省点を教えてくれるが、俺にはよくわからない。
気になるのは一つ。
「あの墜落で、人間の密偵が増えたことは問題がなくなったのか?」
「当面はね。
イフルス学園は、飛行船の研究をやっているが失敗した。
ビッグルーフ・シャシャート、五村の儲けはあの研究に投入されている。
そう人間の国に報告してくれるでしょうから」
「そうなるように、情報を漏らしたのですね?」
ティアの確認。
「もちろん。
墜落で混乱している振りというか……事情を知らない一部は本気で混乱していたからね。
それに紛れさせたわ」
「向こうが手にした情報では、イフルス学園の研究規模はどれぐらいになっているのですか?」
「規模的には十分の一かな。
資金は二十分の一」
「さすがにバレません?」
「いや、その規模でも冗談かなって思うぐらいだから。
向こうは信じたくないんじゃないかな」
「イフルス学園、どうなっていますの?」
……
よくわからないが、当面は問題はないようだ。
よかった。
しかし、ルーが船を沈めたのは密偵対策だったということか。
なるほど。
「それはかまわないが、ずいぶんとお金を使うことになったな?
あと、五村からお金を借りたけど、それはどうやって返すんだ?」
「えへっ」
可愛いけど、さすがに誤魔化されないぞ。
いや、お前が払えないなら大樹の村から払って、俺がなんとか稼ぐが……
「冗談よ。
お金は大丈夫。
イフルス学園での研究成果が、お金になるから……借りた額は十年ぐらいで返済できるわ」
「お金になるって……失敗したんだろ?」
「飛行船の研究だけをやっているわけじゃないから。
それと……」
ルーが、そろそろかなと俺たちを外に連れ出した。
ドライムたちもか?
「ここまで付き合ったのだ。
最後まで付き合おう」
確かに。
ルーの目的地は……村のダンジョン?
温泉地じゃないよな?
つまり、五村?
今は夜だぞ?
「夜だからいいのよ」
五村は小山にできた街。
転移門の出入り口は小山の頂上にある。
「あちらをご覧下さい」
ルーが指差すのは夜空。
二つの月が綺麗だ。
その月の一つの形が歪む。
「え?」
月の前に現れたのは、一隻の船。
大きな帆船だ。
それが空を飛んでいた。
「完成版、万能船。
帆船の形に拘る必要はないのだけど、発注する時に色々と誤魔化せるからね」
乗っているのはルーと一緒に行動していたハイエルフ、山エルフたち。
帰ってこないと思ったら、そんなところに。
「完成版ってことは、あれも変形するのか?」
「ええ。
水上、水中も自由自在よ」
「腕がないぞ?」
「腕の形をする必要はないでしょ。
腕は板の形に擬態させているわ」
ルーが万能船に関して、色々と得意気に説明してくれる。
だが、それは俺に向けてではない。
ドース、ドライム、ハクレンに向けてだ。
いや、ドースに向けてか。
「なるほど」
ドースが頷いた。
「見事だ。
さすがは永遠を生きる吸血鬼。
いや、種族だけではないな。
お主の英知をみせてもらった」
「ありがとうございます」
ドースの言葉に、ルーは丁寧に頭を下げる。
「では、お認め頂けますか?」
「うむ。
あの船が空を駆けることを許そう」
「ありがとうございます」
……
えっと、どういうこと?
俺の疑問にハクレンが答えてくれた。
「魔道具の進化は、ドラゴン族が管理しているの。
昔、発達し過ぎて世界がメチャクチャになっちゃったからね」
誰かに任命されたわけではなく、勝手にやっているだけだそうだが。
空を飛ぶ船は、古くからあるテーマ。
太陽城が建造された時代には珍しくない存在。
だが、今はルーが作った万能船以外では、太陽城時代の遺物として数隻あるのみ。
その中で実際に飛んでいるのは、目の前の完成版、万能船だけ。
ハクレンの説明を聞いて、改めてルーが凄いことをしたのだと感じた。
「しかし、急速に普及させられては困る。
空を飛ぶ船の保有数が、国の力になってしまうからな。
今の状況だと、魔王すら扱いに困るだろう」
「承知しております。
これより数百年は、新たに作りません。
あの船も、村と太陽城……四村との交通に使うぐらいにしますので」
「うむ。
それでよい。
では……これぐらいか?」
「できればこれぐらいを」
「いやいや、それはさすがに……これぐらいで折れてくれ」
「では、これで」
ドースとルーが指で会話をしている。
なんだろう?
俺はハクレンをみる。
「ドラゴン族の意向を汲んでこれ以上の造船をしないのだから、その対価の交渉よ」
「お金か?」
「魔道具の数じゃないかな?
お父さま、山のように持ってるから痛くないだろうけど……ルーに渡したら変な改造をするんじゃないかな?」
俺もそう思う。
交渉は長引きそうだ。
しかし、空を飛ぶ船か。
うん、かっこいい。
その船から、手旗で俺たちに合図が送られ、現れた時と同じように姿を消した。
「幻影術ね。
術式がしっかりしているから、前にお父さまが村に送った魔道具の一つを使っているんじゃないかな?」
驚く俺を少し笑いながらハクレンが説明してくれる。
「見ただけで、わかるものなのか?」
「魔力の流れをみたらね。
昔のは強固で力任せ、今のは少し貧弱だけど精密。
多層構造が多いのも昔の特徴かな」
よくわからん。
なんにせよ、ルーの飛行船の研究はまるっきり無駄になったわけではない。
ちゃんと成功していた。
それがわかっただけで十分だ。
色々と技術応用ができてお金になるんだろうけど……うん、そのお金はイフルス学園で使ってくれ。
万能船は、飛行しながら大樹の村を目指すそうだ。
無事を祈る。
とりあえず、大樹の村に到着したら子供たちを乗せてやろう。
一隻目の墜落と共に落ちたルーの威厳を、回復しないとな。




