お金対策
俺は夕食の鍋をつつきながら、お金の問題の対策を考える。
「多くのお金を使うとなると……大規模工事とかなんだけど」
道路、建物、ダム、堤防、防波堤。
「すでに五村周辺は開発に着手しています。
それ以外に、どこを工事するのですか?」
ユーリが、鍋の肉を箸で掴みながら聞いてくる。
「えっと、シャシャートの街周辺とか?」
「村長。
それは駄目です」
「え?」
「シャシャートの街に限らず、だいたいの場所には代表者がいますから」
「うん、だからその代表者に言って、お金はこっちで出すからと」
「村長。
確認しますが、魔王国を侵略するお考えがあったりとか?」
「え?
ないない、どうしてそんな質問になるんだ?」
「えーっと、説明しますと……
代官や領主に、お金を出すから指定の工事をしろというのは、無礼なことになります」
「え?
そうなるのか?」
「はい。
代官や領主の仕事が、その地で税金を集めることと、その税金を使うことなのですから」
俺の考えは、代官や領主のやりかたを真っ向から否定する方法なのだそうだ。
なので、そんなことを言った日には良くて暗殺者。
悪くて戦争になるそうだ。
「領地を家とお考えください。
貴方の家、扉が少し傷んでいるようなので修理してはどうですか?
お金は私が出しますよ。
たとえ善意からだとしても、こう言われて喜ぶ人は少ないと思いませんか?」
「確かにな」
一部はラッキーとお気楽に喜ぶ人もいるだろうけど、大半は嫌がる行為だと思う。
「悪かった。
俺の考えが浅かった」
「いえ、私も失敗を何度もして覚えたことですから。
無礼な物言い、ご容赦ください」
ユーリはそう言いながら鍋の肉を……肉がなくなったので、肉を追加した。
野菜も食べるように。
しかし、大規模工事が駄目となると……どうしたらいいんだ?
「寄付も駄目か?」
俺の意見に、今度はフラウが答えてくれる。
「駄目ではありませんが、名目が必要です」
「名目?」
「理由のないお金を渡されても困りますから」
「そんなものか?」
「さきほどのユーリさまのお話と同じです。
それと、金額的にも適度な額があります」
「適度な額?」
「はい。
多く渡しすぎては、相手の経済力を侮蔑する行為ですので」
「そんなものなのか?
寄付ならいくらでも喜ぶと思うんだが?」
「例えば村長が……顔見知り程度の方から、毎年信じられないぐらいのダイコンとジャガイモをもらいます。
気分はどうですか?」
「なるほど。
お裾分け以上にもらうと、俺の畑のダイコンとジャガイモはいまいちだと言われている気がするな」
「ですよね。
お金は大事ですが、それゆえに困った時は信頼できる方から融通してもらいます。
必要以上の寄付は、すでにある人間の関係、とくにパワーバランスを崩壊させる可能性があります。
慣れないうちは控えた方がいいかと」
フラウはそう結論を出し、鍋に餅を追加した。
何個目の餅かな?
美味しいのはわかるが、食べ過ぎはよくないぞ。
しかし、大規模工事も寄付も駄目と。
「ユーリやフラウの話を聞くと、大樹の村や五村以外に手を出すのはよくないってことだな」
「そうですね」
文官娘衆の一人が同意してくれる。
「問題の本質は、大樹の村が良質の商品を売るだけで、外部というか魔王国からの購入額が少ないことです。
黒字貿易を続けている状態ですね」
彼女はキノコが好きなようだ。
大量に鍋に入れようとするが、出汁が黒くなると周囲から反対されている。
マイタケ以外は、そんなことないから。
わかった、専用のキノコ鍋を新しく用意しよう。
ただ、トリュフは薄くスライスしような。
そのままはさすがにちょっと。
野菜も入れるんだぞ。
「しかし黒字貿易か……だったら、大樹の村の商品を値下げするのはどうだろう?
これで多少の改善にならないか?」
「価値ある物を、価値以下の値段で売るのはよろしくありません。
魔王国を混乱させ、産業を潰すことになります」
文官娘衆の一人に、スライスしたトリュフの厚さを確認しながら反対された。
今でもかなり値は抑えているらしく、これ以上の値下げは魔王国の農家や職人たちを困らせることになるそうだ。
安易な値下げは、よろしくない。
理解した。
あと、トリュフはもっと薄くしたほうがいいと思うぞ。
「しかし、どうしたものか。
売らないのは駄目なんだよな」
商品を購入している者たちからは、流通量を増やして欲しいとの意見が多い。
なのに、逆に売らないというのは暴動が起きるそうだ。
「今、流通している品が爆発的な値上がりをするでしょうから、魔王国を混乱に陥れたいのであれば有効な手段でしょう」
テーブルにやってきたティアが教えてくれる。
遅くなったのはオーロラに母乳を与えていたからだ。
ああ、ルプミリナにもあげてくれたのか。
ありがとう。
「それで、魔王国を手中に収める相談ですか?」
「違う。
魔王国出身者が多いんだから、変なことを言わない。
誰かティアに新しいお皿と箸を。
野菜皿追加で」
「お肉皿もお願いします」
遅れてきたティアのために、ちょっとの間だけ鍋奉行。
「お金に関しては、文化に投資するのが一番です」
新しく追加した具材が煮えるのを待ちつつ、ティアのアイディアを聞く。
「文化?」
「はい。
例えば芸術です」
「ああ、絵とかか」
「絵だけではありません。
音楽、演劇、詩、文、デザインと多種多様にあります。
それらは権力者の保護がなければ消えてしまうでしょう」
「なるほど。
文化の保護か。
悪くないな」
問題は俺が権力者じゃないってことだが、横に置いておこう。
お金はあるんだ。
俺はいいアイディアだと思う。
ユーリ、フラウ、文官娘衆の一人も頷いている。
「しかし、そういった文化の担い手の多くは、すでに権力者の庇護を受けていると思います」
言った本人のティアが反論する。
そして納得。
確かにそうだ。
俺が動くまでもなく、すでに権力者は文化の保護に動いている。
「なので庇護ではなく、育成方面に。
文化系の学園を作るのはどうでしょう」
「……文化系の学園か」
楽しそうではあるが……問題は多そうだな。
誰が教えるんだとか、学園の場所はどこにするんだとか。
魔王国との折衝も必要か。
「即座に実行できるアイディアではありませんから、数年後の方針ということで。
現段階では……その学園を彩るための絵や工芸品、書物、あとは宝石などを買い漁れば、それなりにお金をつかうことができるかと」
ティアの説明は、現金を貯め込むから問題なのであって、現金以外にしておけば問題は解決とのこと。
それでいいのか。
「ただ、金袋を振り回す行為と揶揄されるのだけが心配です」
ティアはそう言いながら、煮えた鍋に箸をのばした。
食後。
「文化保護ならスポーツも含めよう」
やってきた魔王に相談すると、そう言われた。
「野球の弱点は、道具代だ。
現状、ある程度の金持ちしか参加できない。
しかし、道具の値段が安くなればそれだけで参加者は増えるだろう。
大規模な野球大会を実行すれば、金なんかあっという間に消えるぞ」
なるほど。
参考になる。
さすがは魔王国のトップだ。
余談。
魔王とユーリの会話。
「寄付、欲しいですと言わなかった私を褒めるように」
「お父さま、当然のことです」




