獣人族の男の子たちの学園生活 夏 アイリーン
私の名はアイリーン。
魔王国子爵家の長女として生まれました。
いずれは私に相応しい相手の家に嫁ぐのだと思っていたのですが、なかなか相手が決まりません。
どうしてでしょう?
「いや、お前がやってくる相手を全部、ぶん殴るからじゃないか?」
「ぶん殴るとは失礼ですね、お父さま。
ちゃんとした決闘です。
私を守れるぐらいに強い夫であって欲しい。
そう思うのは間違いなのでしょうか?」
「そう思うなら、体を鍛えるのを止めてくれないか?
うちの家で一番強いのがお前って、色々と困るんだが?」
「これはおかしなことを。
魔王国の貴族に必要なのは強さ。
私にそう教えてくれたのはお父さまではありませんでしたか?」
ですから、私は剣の腕を鍛えに鍛えたのです。
「すまない。
素直に謝るから。
あれはお前がまだ小さくて可愛かったから、嫁にやりたくなかったんだ」
「では、今は?」
「早く嫁いでくれ」
「まだ心配される年齢ではありませんが?」
魔族の私たちは、それほど年齢に執着しません。
確かに百年、二百年と未婚であるなら心配されます。
ですが、私はまだ二十一歳です。
「貴族の世界では十代で婚約、結婚をしても不思議ではない」
「それはそうですけど……」
私に婚約者はいません。
いましたが、ぶっ飛ばしました。
「嫁に行って、俺を安心させてくれ。
もう相手の立場とか気にしないから。
平民が相手でも怒らないから。
お前を嫁にって言ってくれるだけで、もう奇跡的な存在なんだし」
「お父さま、本気で涙を流されると心にくるものがあるのですが……
あと、失礼ですが私はこれでも美貌には自信がありますよ」
嘘ではありません。
黙って動かなければ、百年に一人の美人と言われているのです。
その気になれば、私を妻にと求める者が殺到するでしょう。
「お前が黙って動かないことってあるのか?
寝ている時ですら、ドタンバタンと暴れているのかと勘違いするぐらい動くのに?」
「年に数回ぐらいは」
「アイリーン。
それは、ないって言うんだよ」
あ、お父さまが悟った顔になりました。
この先の話は長くなります。
さっさと脱出し、学園に戻りましょう。
あそこは私が唯一、自由に暴れられる場所。
不満点は私に勝てる人がいないということですが……見合いだなんだと長く学園を離れていましたから、一人か二人ぐらいは歯応えのある者が増えているでしょう。
ふふふ。
楽しみです。
私は敗北しました。
瞬殺というのでしょうか?
相手に何もさせずに勝つことはあっても、何もできずに負けるなんて……
そして、その相手がまだ小さな少年。
獣人族ですか。
なるほどなるほど。
……
よろしい。
私の夫になることを認めましょう。
あれ?
あの少年はどこに……?
あ、いました。
私との話の途中で、なにを……学園で一番の魔法使いであるロビアをぶっ飛ばしていました。
……
これは……まずいですね。
ロビアは私と同じように、自分より強い者でなければ結婚しないと言っている女性。
あー、あの瞳は手遅れですね。
完全に恋する女の瞳です。
ですが許しません。
彼は私が先に目を付けたのです。
「即座に集められる兵の数は?」
私の声に応えるように姿を表したのが、我が家自慢の執事。
「学生でよろしければ二十名ほどでしょうか。
子爵家の正規兵となれば二名ですが、明日までお待ちいただけるなら三十名ほど集めます」
「待っていられません。
学生二十名で彼の確保を。
その後、私の夫になるように交渉します」
「失礼ですがお嬢様。
学生二十名では、彼を確保することは不可能です。
お嬢様はご不在でしたからご存知ないと思いますが、あの少年は武神ガルフ様と知己のようです」
「あの武神と?」
武神ガルフ様の力は、シャシャートの街でみています。
理不尽なまでの強さ。
戦う前から、勝てないと悟らされました。
ガルフ様が既婚者でなければ、夫になって欲しい方と願っていたでしょう。
「二ヶ月ほど前、あの少年……正確にはあの少年を含めた獣人族三人を訪ねて参りました。
剣術の訓練をおこなっていましたが、残念ながら気付かれてしまいまして……」
「貴方が?」
「申し訳ありません」
「いえ、さすが武神ガルフ様ですね」
「……申し訳ありません。
私に気付いたのは、あの少年です。
ガルフ様には見逃していただきました」
「ますます欲しい。
ですが、武神ガルフ様が後ろにいるとなれば荒っぽい方法は無理ですね。
正規兵でも相手になるか怪しいのでしょう?」
「はい」
「では、策を」
「お任せください。
お嬢様の婿取り。
必ず成功させてみせます」
こうして、私の学生生活は彩りの鮮やかなものになったのです。
「え?
彼、教師だったの?」
「お嬢様。
見知らぬ人に、いきなり喧嘩をふっかけるのはお止めください」
「それで出会えたのですから、文句を言わないように。
教師と生徒。
ええ、何も問題ありません」