エルフ帝国の皇女
私の名はキネスタ。
キネスタ=キーネ=キン=ラグエルフ。
エルフ帝国の皇帝の娘。
皇族という立場です。
なので悠々自適な生活をしていたのですが、急に帝国が滅びました。
どういうことでしょう?
まず、誰が悪いのですか?
「ぐずぐずしない。
さっさと名乗りでなさい」
「えっと……あの、お姫さま。
名乗りでたらどうなるのでしょう?」
「決まってます。
まず、処刑です。
そのあとで言い分を聞いて、もう一度、処刑です」
「一回目の処刑のあとで言い分を聞くのですか?」
「もちろんです。
私は公平ですからね。
ちゃんと言い分は聞きます」
「一回目の処刑のあとで聞くのですか?」
「そうです。
なにか文句があるのですか?」
「いえ。
ですが、それだと誰も名乗りでないと思いますが?」
「そうですか。
では、全員一列に並びなさい」
「なにをなさるので?」
「棒を倒して指し示した者が悪いということで処刑します」
「なるほど。
承知しました。
やってみましょう」
おや?
いつもは私のやることに反対する侍女が妙に素直ですね。
いいことです。
では、並びましたね。
それでは、私が棒を立てて……えいっ。
そこの貴女です!
「お待ちください。
お姫さま」
「なに?
ここで反対するの?
タイミングが悪くない?」
「いえ、そうではありません。
棒をよくご覧ください」
「?
なによ、普通の棒でしょ?」
「指し示している方角です」
「だからそこの彼女でしょ?」
「よくご覧になってください。
指し示しているのは一人じゃありませんよね。
もう片方も指し示しています」
「え?」
「もう片方は、お姫さまを指し示しています。
つまり、そういうことです」
「…………」
「処刑でしたね?
首を絞めますか?
それとも刎ねます?」
「ふふっ。
なにを言ってるの。
処刑なんて野蛮なことはよくないわ」
「おや、処刑は中止ですか?」
「野蛮ですから。
中止です」
「それは残念です」
「本気で残念そうな顔で私を見ないでくれるかな?
怖いから」
私の処刑がいつも未遂だって知ってるでしょうに。
「事態が事態ですからね。
あまり周囲を不安にさせないように」
「はいはい」
「それで荷造りは終わったのですか?
そろそろ出発の時間ですよ」
「一応ね。
最低限で大丈夫でしょ?
どうせ、向こうに行ったら色々とプレゼントしてもらえるわ」
「……お姫さま。
考えが甘いかと」
「甘いかしら?」
「だだ甘ですね」
「そこまで?」
「まずですね。
エルフ帝国は魔王国に降伏しました。
理解はされていますか?」
「嫌というほどね」
「それはなにより。
では、お姫さまは、魔王国になにをされに向かうのですか?」
「人質でしょ?」
「素晴らしい。
ご理解が深くて感動します」
「馬鹿にしているのかしら?」
「いえいえ。
馬鹿にするのはこれからです。
人質だと理解していて、どうしてプレゼントがもらえるとかの発想になるのです?」
「え?
私、魔王国の貴族の家に嫁いだりするんじゃないの?」
「ドラゴンに目をつけられたエルフ帝国の姫を、欲する方がおられるでしょうか?」
「わ、私の美貌を見たら、十人ぐらいは……」
「そうであるとよろしいですね」
これは私の美貌を貶しているのかしら?
そうではないわよね。
私は自分で言ってもなんですが、それなりに美人。
スタイルも悪くないでしょう。
ああ、これはあれですね。
この先、私に襲いかかる運命に対し、明るく立ち向かえるようにとの気遣い。
私は人質ですから。
権力者にこの身を求められたら、断れません。
なるほど。
少しは気が楽になりました。
「では、私は何を持っていけばいいのかしら?」
「着替えは当然として、金目の物です。
世の中、最終的にはお金です」
「せ、世知辛いですね」
「そうです。
世知辛いのです。
ですのでお姫さま、どこにいっても油断してはなりませんよ」
「わかっています」
「男性は常に女性を狙っていると、お考えください」
「ええ」
「これから先。
どのような苦難が待ち受けているかわかりませんが……私が一緒でなくとも、お姫さまならきっと、大丈夫です」
「ありがとう。
これでも私は皇女ですよ。
口先でなんとでもしてやります」
「ふふ。
あまり危険なことはなさらずに」
私は今、五村で畑を耕しています。
訓練の一環だそうです。
先ほどまで、かなりの時間を走らされていたので、かなり辛いです。
……
えっと、私は皇女なのですが?
関係ない。
そうですか。
あの、私の美貌に関して、どう思いますか?
もう少し農作業に適した服装をしたほうがいいと……
すみません、次からは注意します。
えー……五村にスケベな方とかいませんか?
ええ、性欲のかたまりみたいな?
身請けの話みたいなのが出来ればなぁと思うのですが……
訓練が終わるまではそういった話は一切、受けつけない?
この訓練は、いつ終わる予定ですか?
半年から二年?
……
私は即座に脱走ルートを探しました。
人質?
知ったことではありません。
動けるうちに逃げなければ死んでしまいます。
侍女の言葉を信じ、衣服にお金や金目の物を縫い付けておいて正解でした。
決行は今夜。
私と一緒に五村にきたエルフたちを誘います。
え?
逃げるのは駄目?
ああ、なるほどなるほど。
貴女たちは知らないのですね?
実は先ほど、教官たちの会話を耳にしたのですが……
「今日はちゃんと手加減したか?
本番は明日からだぞ」
「わかってますよ。
今日はいつもの半分の半分。
本気を出すのは明日からですよね」
私たちは全員で脱走しました。
やってられません。
私たちが逃げることで、お父さまの立場が悪くなるかもしれません。
ですが、ごめんなさい。
耐えられそうにありません。
これは私の考えていた苦難とは違うのです!
もっとこう、華のあるというか、物語みたいなのだと思っていたのです。
涙と涙と涙の合間に、ほのかな愛。
そういったのを期待していたのに!
私はなんだかんだ言って、悠々自適に生活してきた貧弱な娘なのです。
走ったり、畑仕事したりは無理です。
弱い私を許してください。
全員、すぐに捕まりました。
脱走を予想されていたようです。
……
誰か、私を助けてください!
私、料理は駄目ですが尽くしますよ!
あざといって言われるぐらいに!