学園長
私の名はアネ=ロシュール。
ガルガルド貴族学園の学園長をやっています。
あと、魔王の妻です。
子供は娘が一人。
夫婦仲、家族仲は悪くないつもりですが、仕事の都合であまり一緒には過ごせていません。
「城で一緒に住まないか?」
「それは私に学園長を辞めろと言うことかしら?
貴方、私との結婚の時にした約束、忘れちゃった?」
「いや、忘れてはいない。
お前が学園長を続けることに反対しないと。
でもだな、こうもお前と会う時間が少なくなると……」
「貴方が急に魔王になるからでしょう」
「そ、そうだが、仕方がないじゃないか」
「ええ、仕方がありませんよね。
学園の名前が、貴方の名前になったことも仕方がないと」
「その点に関しては、本当にすまないと思っている」
言い合っていますが、本当に夫婦仲は悪くありません。
十日に一日ぐらいは夫のいる王城で寝泊りしていますし、夫も暇を見つけては学園に顔を出します。
魔王というのは思った以上に暇なのでしょう。
ですが、ここ数年。
夫が学園に来る頻度が減りました。
……
浮気?
まさか。
夫にそんな度胸はありません。
おっと、これは侮蔑ではなく信頼です。
信頼していますが、調べます。
ふむふむ。
クローム伯となにかやっていると。
なるほど。
魔王国は人間の国と戦争中です。
外務担当のクローム伯となにかやっているなら、そちら関係でしょう。
現在、戦線は膠着しているとのことですが、人間の国が裏で大侵攻を考えていてもおかしくはありません。
夫は国の為に頑張っているのでしょう。
誇らしい気分です。
さて、ある日。
娘から手紙が届きました。
“この手紙を持って来た獣人族の男の子三人、他国の高官の息子扱いで学園に入学させてあげて”
……
私は頭を抱えます。
娘とのコミュニケーションが不足していたのでしょうか。
それとも、母の仕事を軽くみているのでしょうか?
貴族学園を舐めないでほしいのですが……
娘の手紙には、クローム伯の娘であるフラウレム嬢からも手紙が添えられていました。
“獣人族の男の子たちですが、竜族の子供を扱うぐらいの気持ちでお願いします”
なにを書いているのやら。
フラウレム嬢は、こんな馬鹿なことを書く生徒ではなかったのに……
彼らの出身である五村は、娘の赴任地だったはず。
そこでの統治に、今回の処置が必要なのかもしれません。
学園としては、そういったことに利用されるのは腹立たしいのですが……
いえ、娘とフラウレム嬢を信じましょう。
入学に関しては問題ありません。
事前に、入学の申し込みをしていますし、入学金も支払われています。
推薦者の欄には娘とフラウレム嬢のほかに、クローム伯と夫の名前があります。
……
夫?
推薦者の欄に魔王である夫の名前があるって、これって王命?
娘に頼まれたのかしら?
夫は娘に甘すぎるから。
あと、備考欄に並ぶ最重要マークはイタズラかしら?
マークは一つでいいのよ。
それを何個も押して……誰がやったのかしら?
後で調べて怒っておかないと。
でも、とりあえずは目の前の三人。
言葉を交わしても、普通の村の男の子ですね。
貴族言葉がある程度、理解できるようなので一安心です。
私は彼らの入学を認めました。
身分は、男爵家当主相当。
不本意ですが、仕方がありません。
それに、この身分で大抵のトラブルは回避できるでしょう。
色々と大変かもしれませんが、学園生活を楽しんでください。
そう言って送り出して数日、彼らは寮から飛び出し、テント暮らしをしながら家を建て始めました。
……
ここが貴族学園であることを忘れる出来事です。
やんわりと注意に向かわせた教師陣は、彼らの作った料理で懐柔されてしまいました。
どうなっているのやら。
そして、持ち込まれた寮からの食事改善要求。
たしかに、ここ数十年、寮の食事は味よりも量を求めて来ました。
近年、魔王国の食料事情が改善されつつありますから、寮の食事を改善するのは悪いことではないでしょう。
了解しました。
寮の食事は来年から改善するということで……それでは遅いと文句を言われました。
貴族学園としては、迅速な対応だと思うのですが?
え?
あの三人に料理を?
しかし、あまり彼らにばかり負担を強いるのは……
確かに、目立ち過ぎていますから、他の生徒からの攻撃を避けるには最適ですけど……
わかりました。
お願いしてみましょう。
三人は寮の食事改善を、引き受けてくれました。
かわりに、私は“マイケルおじさんのお店”を探す必要がでましたが、問題はありません。
王都には、学園の卒業生が多く働いています。
その中には、王都の商人通りを管理している者もいるのです。
彼女に頼めば、すぐに判明するでしょう。
あの三人が、ギリッジ侯爵と揉めました。
決闘騒動です。
私が知ったのは、その決闘の日の朝でした。
前日の昼、王城から緊急で呼び出しを受け、夜遅くまで会議に参加していたから事態の把握に遅れました。
というか、これってギリッジ侯爵の策ですよね?
邪魔されないように、私を王城に押し込めましたね?
さすがに切れますよ。
そう思っていたら、朝から学園にやって来ていた夫が大丈夫だと慰めてくれました。
さすが貴方。
私が望んだ時にいてくれる。
でも、どうするのです?
夫が決闘に出て、勝ちました。
…………
色々と思うことがありますが、夫が格好良かったのでよしとしましょう。
で、クローム伯。
あの三人を卒業させろと?
「ご理解下さい。
正式にはギリッジ侯爵の息子とあの三人の決闘ですが、誰もそう見ませんので」
「でしょうね。
それで、侯爵が生徒に負けたというのはよろしくないという事ですか?」
「はい。
決闘で負けるのは恥ではありませんが、学生に負けるのは好まれません」
「負けて困るなら、生徒に決闘を申し込まないようにギリッジ侯爵に伝えなさい」
「それはすでに。
今回の件の謝罪文を預かっております」
「……わかりました。
学園長としては不本意ですが、三人は卒業させましょう。
卒業後は、自由なのですね」
「はい。
卒業さえしていればいいのです」
腹立たしいけど、今回の決闘騒動を収めるには無難な策です。
三人の立場は生徒から教師に変わっただけ。
他は何も変わらない。
ですが、これは三人に教師をするだけの能力があってこその策。
そうでなければ断っていました。
クローム伯も、その辺りを理解しての要求……ああ、クローム伯も三人の推薦に名前を書いていましたね。
あの三人は、生徒よりも教師のほうが適任だと知っていたのかもしれません。
ともかくです。
生徒から教師になったからには、私の部下。
規律正しく、学園の風紀を乱さないようにお願いします。
そしてビシバシと……するのは、寮の食事改善が終わってからでいいですか。
そう言えば、“マイケルおじさんのお店”が見つかったとの報告が来ませんね。
見つからないのかしら?
三人に偉そうに言った手前、見つかりませんでしたとは言いにくい。
どうしましょう。
……
夫があの三人と知り合いみたいだから、今度、夫と顔を合わせた時にでも聞いてみましょう。
後日。
「“マイケルおじさんのお店”で“ゴロウン商会”が見つかるわけないでしょう!」
思わず叫んでしまった私がいました。
冷静に冷静に。
三人はまだ子供。
ゴロウン商会の名前を知らなかったに違いありません。
「あ、そっかゴロウン商会だ」
「前に村でやったクイズ大会で言ってたっけ」
ゴロウン商会の名前を知っていたようです。
……
今度、“マイケルおじさんのお店”を探してくれた卒業生のところに、一緒に謝りに行きましょうね。
余談。
「貴方、この毛はなんですか?
ずいぶんと手入れのされた短い毛のようですが……」
「え?
あ、ああ、それは猫の毛だ」
「猫?
王城に猫が潜り込んでいると?
それとも、何かの隠語でしょうか?」
「ち、違うぞ。
浮気はしていない。
本当だ。
この目を見てくれ」
「…………………………では、どうして貴方の身体に猫の毛がついているのですか?」
「それはもう、猫を可愛がっているからで。
ふふふ。
知っているか。
猫は気まぐれだが、それが私の膝の上に乗ってくれた時の感動というのは……」
夫は嘘をついてもすぐにバレるタイプです。
これは、嘘ではないですね。
本当に猫を愛でたからのようです。
……
それはそれで腹立たしい。
ええい、その泥棒猫を連れてきなさい!
私もモフモフします!