獣人族の男の子の学園生活 十六日目~?
「ずるい、勝てるわけがない」
敗北したミノタウロス族の戦士の言葉に対し、魔王のおじさんは力強く頷いていた。
「わかる。
すごくよくわかる。
だが、逃げるわけにはいかない。
そうだろう」
「ま、魔王さま……」
騒いでいるのは侯爵。
「あれ、反則だろ?
そうだろ?」
決闘の見届け人であるビーゼルのおじさんに掴みかかっていた。
「いや、当事者が戦士になれないだけで、その他は自由という取り決めだから問題はない」
「しかしだな」
「侯爵。
魔王様が出てくるのは、まだ穏便なのだ」
「え?」
「お主の算段は、こうだろ。
この決闘で勝利を収めた上で謝罪し、立場と面子を守りつつ息子の起こした事件をうやむやにする」
「そ、そうだ……」
「それは魔王様も理解している。
お主の立場なら、それが一番平和的な解決であるとも。
当事者を出さないルールは、息子を守る為でもあるが、相手のことを考えてだということもだ」
「なら」
「その上で、お主の算段を潰してまで魔王様が出てくる理由があると理解してくれ」
「まさか……私が勝つのがまずいのか?」
「その理解で十分だ。
それ以上は知る必要はない。
決闘を最後まで続けろ。
悪いようにはしない」
「……し、信じますぞ」
「任せておけ」
魔王のおじさんは怒涛の四連勝。
敗者にアドバイスをする余裕もあった。
驚きだ。
あんなに強いなんて。
いや、僕たちが勝てる相手とは思っていなかったけど……
正直、かっこいい。
僕の横にいるシールやブロンも見惚れている。
村ではあんな姿を見せてくれなかったのに。
そして相手の五人目との対戦。
相手の攻撃を全て受けきった上で、一撃。
僕たちの勝利だけど、そんなことを無視したように周囲は魔王のおじさんを讃えていた。
讃えていないのは、僕たちの横にいる三人。
一人は、ランダンのおじさんから派遣してもらった王都の治安隊の隊長さん。
「私たちに出番がありませんでしたね」
一人は、グラッツのおじさんから派遣してもらった将軍。
「誰が出ても、あの相手では負けはないでしょうから……クジにはずれた段階で出番はないと信じていましたよ」
一人は、ホウのおねえさん。
「ストレスの解消ができると思ったのに」
せっかく集まってくれたのに、申し訳ない。
でも、ありがとう。
あと、もう一人。
僕たちが学園に来た時に出会った、金髪をクルクルに巻いた女の子。
いつの間にかクラブに所属していて、今回の決闘のメンバーの最後の一人。
彼女がいなければ、戦わずに負けにされる可能性もあった。
本当にありがとう。
なんだかんだあったが、決闘は僕たちの勝利で終了。
なのだが、見届け人のビーゼルのおじさんが宣言する前に、魔王のおじさんが場をまとめた。
「私の力を見せつける場を設けてくれた双方に、感謝を述べよう。
しかし、いささか演技が臭いのではないか?」
それに対し、侯爵。
「見抜かれてしまいましたか。
いやー、今回の決闘は全て魔王様の力を見せていただきたいという私の我侭。
申し訳ございません」
「ふっ。
あまり学生を苛めぬようにな。
双方に褒美を取らす」
「ははっ。
光栄の極み」
侯爵が頭を下げる。
魔王のおじさんが僕たちを見ている。
……あっ。
「ありがとうございます」
僕たちのことだった。
僕たちが頭を下げたことで、この場は解散となった。
そして、何かをする暇もなく僕たちは学園長室に連行された。
そして渡された二日前の日付の卒業証書。
「貴方たちは、二日前の段階で学園を卒業していた。
そういうことになります」
……え?
学園長の説明を聞くと、僕たちが学生の身分であるのがまずいらしい。
決闘自体はうやむやになっているけど、決闘をしたという事実と、侯爵側が負けたという事実はひっくり返らない。
決闘は公平だが、学生が侯爵に勝つのは非常にまずい。
魔王国の秩序が乱れる。
本来なら、決闘が成立したりはしない。
決闘になっても、決着が付く前に和解案が出される。
侯爵側としては、純粋に自分の息子がしでかした不祥事の尻拭いのつもりだったそうだ。
侯爵側が強く出て、僕たちが一歩引く。
その後、侯爵側からの施しという名の迷惑料を僕たちが受け取って終わりという流れ。
僕たちは負けたという形になるけど、侯爵とやりあったという箔をもらえるということになるらしい。
「侯爵は宮廷闘争のやりすぎですね。
入学したての学生にそのような流れを理解しろというほうが無茶でしょうに」
学園長のため息に、僕たちも同意。
「貴方たちも、五村の名前を背負っているので負けられないという事情は理解しますが、相手は侯爵なのですからもう少し慎重に対応してもらいたいものです」
「えーっと」
「こう言えばわかりやすいですか?
面倒な獲物を相手にするなら、入念に準備をしてから」
「あ、わかりやすい」
「ともかく。
今回は双方にミスがあります。
侯爵は貴方たちを相手に決闘を仕掛けたこと。
貴方たちは、侯爵からの決闘を受けたこと。
魔王国の秩序のため、貴方たちは卒業。
これは決定事項です」
「……わかりました」
「その上で相談ですが。
昨日より学園の教師として雇われていた。
という話に乗る気はありませんか?」
「ほう」
訳)どういうことですか?
「学園は人手不足なのです。
優秀な人材を手放すのは惜しいと考えています」
訳)貴方たちを卒業させる決定に、私は不本意です。
学園は学生を守ってこそでしょうに。
「おもしろい」
訳)あれ?
学園長の決定じゃないの?
「おもしろがっては困ります」
訳)魔王国からの指示です。
なので断れません。
ですが、私は貴方たちが学園に滞在できる手段を考えました。
それが教師として雇うということです。
「もうしわけない。
それで、その話を受けたとして……僕たちは何を教えればいい?」
訳)これまで通り?
「お任せします。
学園に新しい風を起こしてもらえることを期待します」
訳)いまやっているクラブをそのまま授業にしてしまいなさい。
それで十分です。
あと、教師でも他の教師の授業を受けることはできます。
「期待に添えるよう努力します。
学園長」
訳)一ヶ月たたずに学園から追い出されたって報告はできないから……
引き受けるしかないかな。
よろしくお願いします。
こうして、僕たちは学園の教師になった。
「ゴール先生」
くすぐったい響きだ。
シールもブロンも同じように照れている。
慣れるまで大変だ。
しかし、困った点が一つ。
僕たちが学園に通う目的の一つに、奥さん探しというのがある。
教師になってしまったので、学園にいる生徒が対象外に……
なんてこった。
「別に気にしなくていいんじゃないか?」
シールは気楽に言うが、そうはいかない。
「村長が言ってた。
教師と生徒の立場で関係を持つのは、色々と問題があるからやめておけって」
「そ、そうなのか?
じゃあ、求婚するなら卒業してからか」
「え?
なに?
ひょっとしてもう見つけているの?」
「あ、あはは……いや、まだ、そのいいなぁって感じだけど。
おっと、僕だけじゃないぞ。
ブロンの奴は、あの事務担当のお姉さんと……」
……
僕だけ出遅れている。
あ、焦る。
「いやいや、まだ僕やブロンも上手くいくかどうかわからないから。
のんびりやっていこうぜ」
「そ、そうだな。
そういえば、学園長から連絡は?
マイケルおじさんのお店は見つかったのかな?」
「もう少し時間が欲しいって。
本当にあるのかって、こっそり聞かれたんだが」
「見つかっていないのか。
残念だな。
そろそろ村に手紙を送りたいんだけど」
「商隊に頼むしかないな」
「そっちだと、確実じゃない上にすごく時間が掛かるんだよ。
最低でも三通。
確実にと考えるなら五通は出さないと駄目だって……」
「出せばいいだろ?
お金の心配か?」
「そっちの心配はしていないよ。
村長からもらったお金はまだまだあるから。
それに、教師としての授業代が入ってくる」
「払う側から貰う側になったもんな。
そう言えば、ユーリ先生が払ってくれた僕たちの学費は?」
「全額返金されたよ。
でも、それは使えないぞ。
ちゃんとユーリ先生に返さないと」
「わかってるって。
授業代が入って来るのって、いつだっけ?」
「十日後って聞いてる」
「じゃあ、その授業代が入ってきたら商隊で手紙を出そう。
それまでにマイケルおじさんのお店が見つかったら、そっちに頼むってことで」
「そうだな。
手紙はそうしよう。
よし、それじゃあ家作りを頑張るか」
「おう」
僕たちの活動はクラブから授業に替わったが、クラブはクラブで存続した。
現在、僕たちの家以外に、大きなお風呂場、野外調理場の建設が急がれている。
「大きなお風呂場に関しては、交渉して学園の施設ってことにする話はどうなったんだ?」
「学園生徒全員が入るって考えると、超巨大なお風呂場にしないと駄目だし。
水量と燃料代を考えると無理じゃないかってブロンが言ってた」
「あいつだけ事務担当のお姉さんと、仲良くなる機会が多くないか?」
「……そう言えば、お前が気にしてる相手は誰なんだ?」
「さあ、家作りを頑張ろう」
「ごまかすなよ。
参考にしたいんだ。
頼む」
「ははは。
また今度な」
教師=正式雇用(授業料+固定給料)
講師=契約雇用(授業料のみ)
ぐらいの違いで考えています。