ワイバーンに襲われた春
なんだかんだで春がきた。
冬の間中、料理ばかりしていたイメージがある。
事実、その通りだろう。
料理の腕はかなり上がったと思う。
思いたい。
ルー達は何を食べても美味いとの反応なので、実際はわからないが……
不味い時は不味いと言ってほしい。
「美味しいから美味しいって言ってるのよ」
「自信を持ってください。
本当に美味しいですから」
緊急事態とは、突然やってくる。
ザブトンからの木の警報が打ちつけられ、その音の大きさに事態が悪いと判断する。
俺がザブトンの指示する方向に向かって走り出そうとすると、ルーが止めた。
「上よ」
ルーが指差す方向の空に、大きな生物が飛んでいた。
太ったトカゲにコウモリの羽をつけたような生物。
遠いからサイズはわかりにくいが、全長は二十メートルぐらいだろうか。
「竜?」
「いえ、ワイバーンですっ!
ルーさん、防御っ!」
ティアが俺の認識を修正すると同時に、何かの魔法を使った。
ルーも同じようにする。
と、ワイバーンがこちらに向かって急接近し、止まったと思った次の瞬間、大きな炎の球をこちらに向けて吐いた。
大きな炎の球は、本当に大きかった。
直径十メートルぐらいだろうか。
吐かれた直後から温度を上げ、周囲を熱で歪ませる。
目標は、ザブトンが寝床にしている大きな木。
それを理解した俺がザブトンと叫んだ直後、大きな炎の球が何かにぶつかり砕け散った。
砕けた火の球が、家や畑に落ちる。
「消火します!」
リアたちが慌てて水を持って走り回る。
……
ルーとティアが焦った顔をしながらワイバーンを見つめている。
ここに被害を出さないのは難しい。
そんな顔をしていた。
ここを大事に思ってくれているのだなと、嬉しく思う。
同時に、俺の中に静かな怒りが生まれる。
なぜ?
どうして、ここを攻撃した?
気まぐれか?
それとも、誰かの指示か?
……
俺の手に【万能農具】が槍の形であった。
俺はそれを全力でワイバーンに向けて投げつけた。
普段の俺の腕力なら、とても届かない距離だった。
しかし、俺の投げた【万能農具】の槍は、一直線にワイバーンの片羽をもぎ取った。
ワイバーンは、俺の攻撃に困惑を見せながら下に落ちていく。
仕留め損なったか。
俺の手に、投げた【万能農具】の槍が戻る。
俺はワイバーンが落ちる前に、もう一度、【万能農具】の槍を投げた。
またもや一直線に進み、今度は身体に当たった。
大きな悲鳴が聞こえる。
しぶとい。
だが、もう終わりだろう。
いつの間にか俺の後ろに控えていたクロたちに指示を出す。
「止めを刺してきてくれ」
俺の言葉に、クロたちが一斉に駆け出した。
目指すはワイバーンの落ちた場所。
クロたちが駆け出したのを見ながら、俺はクールダウンを行う。
現状確認……
「火はどうなった?」
「大丈夫です。
全部、消しました」
「被害は?」
「家は大丈夫です。
トマト畑が少し駄目になりました。
あと、ザブトンさんたちの糸が……」
畑の上空に張り巡らしていた糸が燃えてしまったのだろう。
「そうか。
……ルー、ティア。
最初の一撃を防いでくれて助かった」
「う、うん」
「頑張りました」
……妙に余所余所しい気がするが、ひょっとして今の俺は怖い顔をしているのだろうか。
いかんな。
理不尽な攻撃を思い出し、再び怒りが湧き出してくる。
「あれは……魔王の仕業か?」
「え?
魔王?
関係無いと思うけど」
「そうなのか?」
「はい、野良のワイバーンだと思います。
誰かの支配下にあるなら、単体で運用するのは勿体無いですから」
「そうか。
野良か……ああいった存在……ワイバーンは数が居るのか?」
「居る所には居るけど、珍しいって存在かな」
「そうですね。
それに、あのサイズの火の球を吐けるワイバーンとなると、ドラゴンなみに遭遇しないと思います」
「そうか。
じゃあ、滅多にない遭遇をしたってことか」
「うん、そうじゃないかな」
ただの不運か。
……
クールダウン。
自然災害と思って、諦めよう。
「あ、クロさんたちが戻ってきました。
呼んでますよ」
俺たちはワイバーンが落ちた場所に行き、その巨体に改めて驚く。
TV番組とかで見たマッコウクジラよりもデカイか?
見た感じ、墜落した時には瀕死で、クロたちが止めを刺す必要は無かったようだ。
それなのにワイバーンの死体の上で誇らしげにしているのはどうなんだろう。
あ、見張りね。
他の魔物が近寄らないようにしていたのね。
よしよし。
しかし、大きい。
これは食べられるのだろうか。
「ワイバーンの肉は、美味と言われてます」
……
美味しく頂くことにした。
解体して持ち帰るのに一苦労だったが、その味は確かに美味かった。
冬の間に研究した調味料でさらにドン。
宴会になった。
俺は知らなかったが、ワイバーンの撃墜は色々な場所に余波があったらしい。
身近な所でルーとティア。
「ティア。
旦那様がワイバーンに放った攻撃……防げる?」
「無理です。
ルーさんは?」
「当然、無理よ」
「ですよね。
ワイバーンの張ってた三重の結界を貫通したうえ、刺さるではなく削り取ってましたからね」
「……最初にクロたちに襲われたのって、運が良かったのかな」
「かもしれませんね。
最初に旦那様と敵対していたら……」
「考えるだけで怖いわ」
「運命の出会いに感謝を」
「ついでにクロたちにもね」
「悔しいですけど」
魔王の城。
「鉄の森のワイバーンが落とされた?
冗談はよせ」
「本当だって。
偵察に出た時に見たんだ。
鉄の森のワイバーンが火の球を吐いたと思ったら、ワケのわからない攻撃で落とされてた」
「……マジか?」
「ああ。
上に報告したけど大騒ぎになってる」
「だろうな。
なにせ、アレが近くに来たら戦力を総動員する騒ぎになるんだ。
それを落とすヤツがあそこに居るってことは……」
「やべぇ。
辞職するなら今のウチか?」
「慌てるなよ。
まだそれが敵と決まったワケじゃないだろ」
「そ、そうか」
「四天王の誰かがやった可能性だってあるんだし、もう少し様子をみようぜ」
「お、おう」
南の山に住む竜
「……俺の目がどうかしているのかもしれない」
「大丈夫です。
正常です」
「本当に?」
「ええ。
私にも見えましたから」
「そうか」
「はい」
「あれ、俺に向けられたらどうなると思う?」
「綺麗に貫通するのではないでしょうか」
「だよな。
……どうしたらいい?」
「それをお決めになるのは、ご主人様です」
「そういわず、何か提案してくれ。
頼む」
「では、個人的にですが……
あの攻撃を向けられる前に、友好を結んでおくのが一番かと。
敵対は愚策と思います」
「む……むう」
余波は色々あったが、俺に影響するのは少し先の話だった。