獣人族の男の子の学園生活 四日目~?
ガルガルド貴族学園は王都にあるのだけど、広い敷地を必要としたので王都の外れに位置する。
なので、学園の外に買い物に出ると、王都の外周部にまず到着する。
その外周部が商人通りと呼ばれる商店が集まる場所なので、買い物はとても楽だ。
ハンマーやノコギリ、ノミなどの道具、木材、石材などを購入し、学園に運んでもらう。
学園内に部外者は入れないから、正門の所までだけど。
次に調理道具と食器を求める、最後に食材。
シールが狩りに行ったが、獲物を仕留めてもその日に食べるのは難しいだろう。
血抜き、川などに沈めて肉の温度を低下させるなどの処理を考えれば、食べられるのは明日以降。
今日の分の食材を買っておかないといけない。
昨日とは違うお店で肉を求めよう。
学園で、王都に一番近い場所が家エリアになっている。
なので正門で受け取っておいてもらった道具や木材、石材を運ぶのが楽で助かる。
まあ、何度も往復するのは面倒だけど。
運び終わったタイミングで、ブロンが契約を正式に結んだと戻ってきた。
契約に問題はなし。
「それじゃあ森に行くか。
シールが待ってる」
「ああ、待って。
防御魔法総合の授業が今日の午後に行われるんだって」
「防御魔法総合?
まだ先じゃなかったのか?」
「理由はよく知らないけど、そう伝えられたんだから変更になったんだろ」
「仕方がない。
学業優先だ。
急いでシールを呼び戻さないと」
「シールは大丈夫。
出かける前に伝えて、止めたから」
「……そりゃ、可哀想に」
「拗ねてるから、昼食は美味しいのを頼むよ」
「わかった。
そういや、この学園じゃ昼食を食べない人が多いよな」
「だから朝食と夕食の量が多いんじゃないかな」
「なるほど。
しかし、あの味はなぁ」
「やめてよ。
思い出したくない」
「ははは。
今日の昼食は、シールが好きな野菜炒めにしよう」
ガルガルド貴族学園に限らず、魔王国の学園では卒業の証を三つ持っていれば、いつでも卒業できる。
卒業の証は授業を開くことができる先生から出される課題をクリアし、もらうことになっている。
課題と言ってもそう簡単ではない。
ちゃんと授業を受け、成果を出して初めてもらえるのが卒業の証だ。
だが、審査するのが個人である以上、卒業の証をもらいやすい先生、もらいにくい先生があるのは仕方がない。
「これで三つ揃ったね。
いつでも卒業できる」
ブロンの言葉に頷きつつ、僕は手元の木札をみる。
木札の片面には“攻撃魔法総合”“防御魔法総合”“生活魔法総合”と書かれ、もう片面に卒業の証と書かれている。
同じものが、シールやブロンの手にある。
「こんなに簡単に手に入って良いのか?」
「いいんじゃないか?
くれるって言うんだから」
シールはそう言うが、僕は不満だ。
どれもこれも、まともに授業を受けていない。
授業の開始場所に集まり、先生に挨拶。
最初に個々の実力を見るからと個別に審査された後、僕たちは木札を渡されて追い出された。
今日の防御魔法総合の授業でもそうだった。
ひょっとして、気を使われてるのだろうか。
「気を使うって誰に?
僕たちにか?
それはないって」
「そうか?」
シールの気楽さが羨ましい。
「そうだって。
これは秘密なんだが……実はこっそりと他の生徒が審査される様子をみたんだ」
「お、おいっ」
「大丈夫だって。
バレてないよ」
「本当か?」
「本当だって。
で、その様子なんだが……呪文を全て詠唱していた」
「え?」
「驚くだろ。
そして理解したか?」
ああ、理解した。
なるほど。
僕たちはハクレン先生以外にも、ルー様やティア様、リアお姉ちゃんから魔法を教わっている。
呪文を全て詠唱するのは、一番最初に丁寧に教えてもらっている段階だ。
つまり、この魔法総合ってのは、初級ってことだ。
納得。
本当に納得。
僕たちは呪文の短縮どころか、その次の呪文の省略をやれる。
初級は卒業で構わないってことだ。
思い出してみれば、防御魔法総合の先生が防いでみろって言って放った魔法も貧弱だった。
そうかそうか。
初級か。
いやー、すっきり。
よかった。
まあ、ウルザやアルフレートは呪文の省略の次の段階、魔力の直接操作をやっているから調子には乗れない。
でも、村長は僕たちが魔法を使うと、メチャクチャ褒めてくれるんだよなぁ。
ふふふ。
なんにせよ、卒業の証が三枚。
最低限はクリアだ。
貴族の関係者が通う学園だから、簡単な授業を用意していたのかもしれない。
フラウ先生やユーリ先生が、僕たちが学園に行っても大丈夫って言ってたのは、こういうことだったのかな。
卒業の証を三枚集めてもすぐに卒業する必要はない。
学ぶ気があれば、いくらでも在学できる。
もちろん、学費は必要だけど。
僕たちの学費は、三年間分をユーリ先生が払ってくれた。
なので三年間は授業を自由に受けられる。
当面は魔法の総合系の授業の予定だったのだけど、それがなくなったから戦闘関連の授業を受けようかな。
「どうせなら、全部の授業の卒業の証を集めようぜ」
「シールはまた変なことを。
全部はいらないけど、僕は魔法の上級を受けたいな。
でも、授業の予定にそれっぽい名前がないんだよな」
ブロンが授業の予定が書かれた看板を見る。
上級魔法の授業を一緒に探したけど、それっぽい授業は見つからなかった。
去年ぐらいに魔法の先生が何人か辞めたって話を聞いたから、その影響かな?
授業が終わったけど、森に行くには遅すぎる。
少し早いけど僕は夕食の準備を。
シールとブロンには測量と購入した木材の加工を任せた。
「村長は簡単にやっていたけど、なかなか難しいな」
「そうだけどシール。
ナンバーを振ってるんだから無視しないでよ」
「悪い悪い。
十七番と二十九番を入れ換えるよ。
それで大丈夫だろ」
「大丈夫だけど、柱と床を交換するのはもやもやする」
「加工前なんだから、一緒だって」
「ナンバーを振った段階で僕の中では十七番が柱で、二十九番が床だったんだよ」
賑やかにやっている。
夕食。
火を囲み、串に刺した肉にタレを付けて焼く。
「ゴール。
木材が足りないのはワザと?
今ある分だと、トイレと風呂でなくなるよ」
ブロンが木板に書いた数を見せてくれる。
足りないのは知ってる。
「組合の兼ね合いで、一気に買えなかったんだ」
「組合?」
「王都木材管理組合だったかな。
そこに所属しないと、木材を大量に買えないんだって」
「なんだよそれ」
シールがそう言いながら、食べ終わった串を火の中に放り込む。
肉がイマイチだって顔をしている。
仕込んだのは自分だけど、僕もそう思う。
「だから組合だって。
習っただろ」
「うーん……確かにフラウ先生が言ってたな。
商人を使って黙らせろって部分しか覚えていない」
まあ、そこだけ覚えていれば問題ない。
「商人ってなると……やっぱりマイケルおじさんの店を探さないと駄目か。
じゃあ、明日は三人で探しに……いや、明日は森で狩りだ」
「わかってるよ。
とりあえず明日は三人で狩りをしよう。
木材に関しては、一気に買えないだけだから。
時間を掛けて集めるよ」
「家の完成が近付いたところで、木材の値段を吊り上げられたりして」
ブロンが不吉なことを言いだした。
「そんなことをする商人がいるのか?」
「文官娘衆のお姉ちゃんたちから聞かされただろ。
王都で起こった酷い事件のアラカルト」
「あー……あれか、えっと、豪邸の壁がない事件」
商人が最後の最後で壁材の値段を吊り上げ、それに怒った貴族が「じゃあ壁はいらん」と言って完成させた豪邸。
夏はよかったけど、冬は寒すぎて貴族側が折れたって結果だったそうだ。
「でも、あれって貴族の娘を商人の家に嫁がせるって約束を、貴族側が破ったからだろ?
僕はそんな約束をしていないから大丈夫だよ」
「大丈夫かもしれないけど、用心深く行こうよ。
僕たちは田舎者なんだからさ」
そうだった。
村長にも言われていた。
僕たちは常に誰かから狙われる弱者。
油断は禁物。
用心深く行動しなさいと。
僕たちが悪くなくても、悪い人が寄ってくることはあるって言ってた。
ありがとう村長。
でも、見知らぬ年上の男性から話しかけて来たら、全て詐欺師と思えってのは過激だと思う。
怪しい奴はまず殴れと言ったハクレン先生よりは穏便だけど。
翌日。
僕が木材を買いに行くと大幅に値上げされていた。
だけど僕は慌てない。
今日の僕には同行者がいる。
「店主。
この値段はどういうことだ?
木材は組合で値段が管理されているはずだが?
急に値上がりするほど木材が不足になったとの報告を私は受けていないぞ」
ビーゼルのおじさんがいれば、問題ないだろう。
用心の為、木材を買いに行く前に王城に寄ってよかった。