冬の終わり頃の出来事
冬もそろそろ終わろうかという時期。
宝石猫の妊娠が発覚した。
少し前から宝石猫が猫を追いかけないなぁと思っていたら、妊娠が発覚したのだ。
めでたい。
屋敷の空き部屋の一つを宝石猫の為に開放し……扉の開閉が面倒なので、猫用のドアを扉に作ってやる。
バネが無いので布で暖簾みたいなヤツを。
普段なら部屋の上のザブトンの子供達用の通路を使って移動するが、お腹に子供がいるので危ない事は避けて欲しいというか、避けているようだ。
でもって、あまり触れられたがらない。
気も荒くなっている。
ちょっと寂しい。
猫は宝石猫の近くをウロウロ。
距離感に困っているようだ。
困惑しているのかもしれない。
その様子を思い出しながら、俺はセナの様子を見に行く。
セナの妊娠がわかった時、屋敷に住むようにと提案したのだが周囲から反対された。
出産はデリケートで、慣れた場所が一番と。
じゃあ、ハウリン村に戻るのはどうだと言いかけたが、察して止めた。
危なかった。
やんわりと言葉を濁して聞いたら、今いる場所で出産できない特殊な事情が無い限りは、それは離縁宣告だと。
気遣ったつもりなんだけどな。
ちなみに出産できない特殊な事情とは、宗教的な事情が中心であり、産婆がいないとかは理由にならないそうだ。
この世界、ハードだな。
出産第一じゃないのか?
子供、大事じゃないのか?
違うそうだ。
うーむ。
まあ、それはそれで事情があるのだろうけど、村では出産第一でお願いしたい。
お願いしたい。
だからセナ。
妊娠中なんだから力仕事は避けて……お願い。
大丈夫かもしれないけど、お腹の子と俺の平静の為に。
セナは問題なしで良いのかな。
本人にしつこく注意すると気に病むかもしれないので、やんわりと周囲に。
特に獣人の世話役を任せているラムリアスに。
頼んだぞ。
あ、これは屋敷で作ったプリンだ。
食べてくれ。
ラスティの家を訪問。
ラスティはドライムの為に作られた別荘を住居にして、そこに悪魔族のブルガ、スティファノと共に暮らしている。
屋敷に彼女の為の部屋を用意しているが、使用率は高くない。
普段であれば仕事でそれなりに顔を合わせるが、冬はどうしても疎遠になってしまう。
「問題ありません」
いつもの姿と違い、大人バージョンのラスティにはドキッとさせられる。
あ、ごめん。
いつもの姿も可愛らしいぞ。
うん、本当に。
ははは。
姿は大人でも、精神は前のままだなぁ。
ああ、干柿を持って来たぞ。
お前の為に干した分だ。
遠慮なく食べて良いからな。
現在、ドライムや悪魔族の助産婦が来ているが、ドライムは屋敷の客間に。
悪魔族の助産婦達は村の宿で寝泊りしている。
ドライムはともかく、助産婦が来るのは少し早いかもしれないが、それでフラウの出産を助けてもらったので感謝だな。
ちなみに、助産婦達はラスティの近くでお世話する班と、宿でまったりと冬を満喫する班とに分かれている。
まったりと冬を満喫する班に顔を見せに行ったら、グッチがいた。
「お久しぶりです」
彼ともなんだかんだと長い付き合いだ。
この前の武闘会で戦うところを見たけど、かなり強かった。
ひょっとしたらドライムより強いんじゃないかな、とか思ってしまったのは秘密だ。
悪魔族の助産婦達と話しに来たつもりだったが、グッチとコタツで向かい合って会話。
主に仕事の愚痴と、ラスティの思い出話。
昔のラスティはかなり暴れ……やんちゃだったようだ。
グッチはそんなラスティが母になるのを嬉しく思うとの事。
「絶対に貰い手はないと思っていたのですが……奇跡です」
村に来る事になったきっかけはあれだったけど、来てからの様子を思い出してもそんなにやんちゃだったようには思えないけどなぁ。
ミカンを食べながらチェスで対戦しつつ、長話になってしまった。
チェスの勝敗は……グッチは強かった。
いや、俺が弱いだけかな。
屋敷に戻り、フラウとフラシアの部屋を訪ねる。
ビーゼルがいた。
ずっといる気がするが、気のせいか?
フラシアをあやしている姿は、完全にお爺ちゃん。
ライメイレンを思い出す。
まあ、丁度良い。
前々から計画していた、ビーゼルの奥さん、フラウの母親に会う件を相談。
ビーゼルは転移魔法があるので、いつでもOKとの事。
奥さんの方にも連絡を入れておくと。
ノリ気じゃないのはフラウ。
「無理に会う必要はないのでは?」
「いや、挨拶は大事だろう」
「そうですけど……」
フラシアがもう少し落ち着いてからというか、半年ぐらいしてからにしましょうと提案された。
フラウは母親と仲が悪いのだろうか?
そんな事はないらしい。
「じゃあ、失礼かもしれないけど母親に来てもらうというのは……」
母親も、フラシアを見たいだろう。
俺の提案に、フラウが嫌そうな顔をする。
もう一回、聞くけど仲が悪いのか?
そうじゃない?
いや、しかしだな……
フラウが諦め、母親が来る事になった。
翌日。
「フラウレムの母、シルキーネです」
小さい美人さんがいた。
フラウの母親?
フラウの妹だろ?
若い。
超若い。
フラウよりも若くみえる。
いや、実際に仕草が若い。
言われなければ、母親とは信じられない。
「ビー君ったら、フラちゃんの事をなんでも勝手に決めるのよ。
酷いと思わない」
ビー君ってビーゼルの事かな?
だろうな。
ビーゼルが慌ててる。
「シルキーネ、外でビー君は駄目だって言ってるだろ」
「ビー君はビー君でしょ。
それよりも、私が挨拶している最中。
邪魔しないの」
「す、すまん」
「ビー君から色々と話を聞いています。
実際にお目にかかれて光栄です。
これからもフラちゃん……フラウレムの事をよろしくお願いします」
俺はシルキーネと挨拶し、軽い雑談。
挨拶が遅い事をチクッと責められた。
いや、正式に嫁いできたワケじゃなく、村で一緒に働いているうちにそういう関係になったというか……申し訳ありません。
「それでフラちゃんは?」
「フラシアに授乳中です」
「あ、そうよね。
フラちゃん、お母さんになったもんね。
思い出すなぁ」
その外見で子供を出産、育てたのか……
女体の神秘という事にしておこう。
フラシアへの授乳が終わったので、案内。
「フラちゃんの娘は私に似て美人よね。
あ、それともビー君に似て凛々しいのかな?」
「いや、似るのはフラウか村長であって私やお前では……」
仲の良い老夫婦?
中年と末娘にしか見えないのだが、気にしない。
魔族だから、外見と年齢が合わないのはよくある事らしい。
……
外見が若いって事は、魔力が凄いって事なのかな?
「ですね。
ちなみにですが、お父様よりも歳が上ですよ」
え?
あー、でも年齢で言えばルーやティア、リア、ハクレン達も凄いからなぁ。
あんまり気にしない。
「良いお母さんじゃないか?
どうして会わせたくなかったんだ?」
「わかりましたか?」
「まあな」
「……あの外見に、男はみんな騙されますから」
わからないでもない。
「でも、あのお母さんは浮気とかするタイプじゃないだろ?」
「ええ。
上手くあしらっていますね。
それで領地経営が順調ですから、文句も言い難く……」
なるほど。
そして、フラウ。
俺とシルキーネの間に常に立たなくても、俺が他人の奥さんというか母親に心を奪われる事はないぞ。
もう少し、信じて欲しい。