思案
秋。
いや、少し前から秋だったのだけど。
太陽城のお陰で、ビジュアル的に季節を知ることができる。
太陽城カレンダーはなかなか優秀だ。
時計周りじゃないのが、少し気になるけど。
収穫を開始。
村総出で頑張る。
アルフレートも手伝ってくれるのか。
よろしく頼むぞ。
でも、無理はするな。
各村でも収穫が開始された。
なかなかの収穫らしい。
ただ、一部の畑では成長がイマイチとの報告も受けている。
後でしっかりと話を聞こう。
秋の収穫が終われば、武闘会。
今年は準備から進行まで、文官娘衆に任せた。
俺は俺で、考えなければならないことがある。
ビッグルーフ・シャシャート。
いや、あの一帯の発展に関してだ。
秋の始めにシャシャートの街に行った時に見て回ったが、ビッグルーフ・シャシャートの南側が半分ぐらい牧場になっていた。
駅にするための準備なのだろう。
この辺りはマイケルさんやマーロンに任せたからな。
余計な口は出さない。
試運転というか、御者の育成のために数台の馬車がビッグルーフ・シャシャートの周囲を回っていた。
ビッグルーフ・シャシャートは、なんだかんだで大きいからな。
一周八百メートル。
各角で客を乗せるためにストップしているけど、一周は十五~二十分ほどの超安全運転だそうだ。
その、どこに行くでもない遊覧馬車が、意外に人気を集めていた。
小さな子供たちが乗りたがるのならわかるけど、多くはご近所の奥様たちだ。
街から街への移動する場合でもなければ乗る機会のない馬車に、タダで乗れるのは大きいらしい。
一回で一周までと制限をつけても、それなりの順番待ちが発生していた。
それを見てマイケルさんやマーロンは駅の成功を確信していたが……
意外と抜けているというか、なんというか。
走らせる馬車に描く広告が文字のみだった。
読み書きができる住民の少なさを考えれば、広告効果はあまり得られないだろう。
俺としては、広告は絵のつもりだったのだが認識にズレがあったようだ。
反省。
今の段階で判明してよかったと思う。
考えることの本命は、ビッグルーフ・シャシャートの東側をどうするか。
マイケルさんたちと色々と話をしているが、最終的にどうするかは俺に任せるとのこと。
いいのか?
街への滞在時間が合計で一週間もない男だぞ。
あの土地を買ったのは俺なので、俺が決めるのが当然らしい。
なるほど。
俺としては人を集める施設を作ることで、ビッグルーフ・シャシャートの収益が上がるのではないかと考えている。
パッと思いつくのが劇場。
だが、そこで何をやるのかとなると困る。
プロの劇団とかは無いらしい。
いや、あるにはあるが、貴族のお抱えで一般公開などはしていないそうだ。
プロの音楽家なども同じ。
貴族のお抱えで一般公開はしていない。
貴族のパーティーなどで披露されるだけだそうだ。
貴族のお抱えになっていない劇団や音楽家は存在するが、お抱えになっていないのではなく、なれないのが正解のアマチュア。
彼らはビッグルーフ・シャシャート内に設置した舞台で十分っぽいというか、使いこなせていない感もある。
専用の劇場を作っても、内容が伴なわないだろう。
となると、残念だが劇場は諦め……他に集客できそうな施設。
以前、南側に水族館を提案したが、魚の輸送や飼育の問題などで場所が悪いとなった。
同じように提案した学園は、商人が考えるレベルの話ではないと難色を示された。
確かに、学園となれば街なり国なりの支援が必要になるからな。
あまりスケールの大きなことは止めておこう。
俺は街長ではなく、村長だしな。
では、学園をスケールダウンして、塾なんかはどうだろう。
大掛かりなものではなく、一日に数時間の勉強みたいな。
……
教える人を集めるのが問題か。
いや、ビッグルーフ・シャシャートの従業員たちならやれるか。
うん、塾は悪くなさそうだ。
問題は、その塾だけじゃ東側の二百メートル×二百メートルの広大なスペースを埋められないってことだよな。
まあ、一つの施設に拘ることはないか。
建設費は高くなってしまうが、いくつかの建物にわけるのも悪くない。
となれば、前々からマイケルさんに提案している大浴場を採用したい。
シャシャートの街は不衛生ではなかったが、風呂が無いのは不満だ。
従業員たちの寮にある風呂は、それなりに人気だとのことだから需要はある……あるかな?
従業員はタダだから入っているわけで、金を取られるとなったら風呂を習慣にするだろうか?
……
いや、俺が街に行った時に風呂に入れないのが問題だ。
マルコスとポーラのための家には風呂があるけど、借りに行くのは恥ずかしい。
というか迷惑を掛ける。
実際、借りようと声を掛けたら、休憩中の従業員たちが一斉にマルコスの家の風呂場を洗い始めたからな。
同行していたルーやティア、ハクレンは当然という顔をしていたが、俺としては気をつかう。
風呂には気楽に入りたい。
ということで大浴場も追加。
後は……宿泊関係はどうだろう。
駅が本格的に活動を始めれば、なんだかんだと旅人が集まりやすい場所になるだろう。
その近くの宿泊施設は悪い手ではない。
宿といえば、マイケルさんに手配してもらったシャシャートの街の宿は悪くなかった。
豪華だった。
広い部屋に、ちゃんとしたベッドにテーブル、椅子。
窓もしっかりしており、カーテンも綺麗だった。
トイレは各部屋毎に。
風呂や水道はなかったけど、隣の部屋で控えているメイドやボーイに指示すれば持ってきてもらえた。
というか隣室に常にメイドやボーイが控えているって……凄いと思う。
ただ、個人的な感想は……村の宿のほうが素朴で落ち着く。
テーブルやベッド、カーテンなんかも村で使っているほうが上等なように思えるし。
愛着の差かな。
身内贔屓かもしれない。
ルーやティアからは、庶民相手の宿としては上質な部類と言っていた。
ハクレンは……ノーコメントだったな。
それもそうだろう。
シャシャートの街に行く前に、俺たちはドライムの巣で一泊した。
竜の巣だから、岩場みたいなイメージがあるがそういったのは一部だけで、ドライムたちが居住する場所は普通の家だった。
普通?
普通ではないな。
山の中を縦横無尽に拡がる家だ。
宮殿といっても良いかもしれない。
謁見の間みたいな場所もあったしな。
壁や床、天井にこれでもかと装飾が施され、敷かれた絨毯は素人目でも高級品とわかるものだった。
そこを悪魔族の執事やメイドが管理している。
俺は凄いなと思ったけど、ドースの巣やライメイレンの巣はもっと凄いらしい。
こんな場所に住んでいて村の宿とか屋敷の客室で満足してくれているのかと少し不安になったが、ドライムの部屋は八畳ぐらいの落ち着く空間だった。
多分、まだ秋なのにコタツが出ているからだろうな。
大樹の村で購入した布団も愛用してくれているらしい。
ありがとう。
俺はそんな感じの部屋でよかったのだが、用意してくれた客室は三十畳ぐらいの広さの美術館みたいな部屋だった。
なかなか寝られなかった。
ルーやティアは、その俺の横で熟睡だったな。
話を戻して。
俺が泊まったシャシャートの街の宿は豪華だった。
ただ、まだ改善点があるように俺は感じた。
しかし、ガルフの話では、あの部屋でも庶民には腰が引けるレベルらしい。
詳しく聞くと、俺が泊まった部屋は貴族が泊まっても問題がない部屋とのこと。
ちょっと信じられなかったので、ガルフに安宿を案内してもらって反省した。
安宿は……宿ですらなかった。
個室は板で仕切った空間。
扉やベッドなんて上等な物はない。
さらに下のランクになると、ただの屋根のある場所だった。
仕切りもなく、自由に雑魚寝していいだけの場所。
当然、セキュリティなんてものはないので、自己責任で守らないといけない。
正直、ここに泊まれと言われてもお断りしたい。
森で野宿のほうがまだ心が安らぐと思う。
一応、中間ぐらいの宿にも案内してもらったが、こっちは一階が食堂で二階が個室のファンタジー物によくあるスタイル。
食事は別料金が基本らしい。
部屋は狭いが、ベッドがあった。
それだけ。
寝るための部屋なんだろうな。
窓には鉄格子。
逃げるのを防ぐためらしい。
それを思い出し考える。
宿泊料金は、マイケルさんが手配してくれた豪華な宿で、食事付き一泊銀貨二枚。
中間ぐらいの宿が、食事別で一泊大銅貨三枚前後。
安宿が、一泊というか入場に中銅貨二枚。
格差が酷いな。
宿泊施設を作るとして……狙いはどこだ?
今ある宿の邪魔はしたくないから……大銅貨一枚ぐらいか、十枚ぐらい?
それとも、思い切って銀貨十枚ぐらいの宿か?
悩んでしまう。
……
場所はあるし、全部作ればいいか。
それで、駄目だった宿は潰して人気のを残せば。
うん、そうしよう。
問題は……これも人手だな。
マイケルさんやゴールディを頼れば、なんとかなるかな。
まあ、草案だ。
小さくまとまらずに、どーんとやろう。
これで、塾、大浴場、宿泊施設と……
残りは店舗だけ用意し、貸し出す方向でどうかな。
俺としては美容関係や装飾関係を扱うお店に入ってもらいたい。
狙いは女性層。
それも街に住んでいる女性ではなく、旅の女性。
馬車で駅に移動した女性客を、美容関係や装飾関係で気を引き、その近くに大浴場と宿泊施設。
でもって通りの向かいにはビッグルーフ・シャシャートの飲食関係。
うん、良いんじゃないかな。
とりあえず、草案。
ただ、マイケルさんに見せる前に村の面々に見せて反応を聞いておく。
塾の評判は悪くなかった。
好きなタイミングで通えるのが良いらしい。
リザードマンやガルフから、武器の扱いを教えましょうと言われたので採用。
大浴場は誰からも問題が出なかった。
ただ、シャシャートの街の水事情は大丈夫かと心配された。
海辺だからと水が豊富とは限らない。
綺麗な真水の確保は、大変だしな。
この辺りはマイケルさんとしっかり相談しよう。
宿泊施設は……賛否両論。
賛成意見は、安心できる宿はあって困ることはないとのこと。
否定意見で大きかったのは、客のマナー。
なるほどと思った。
ここは日本じゃない。
武器を持ち歩く人や、魔法を使う人がいる世界だ。
何かのトラブルで暴れられた時のことを考えると、高価な宿は問題だと。
宿の値段が安くなると物が減るのはそのためなのかもしれない。
となれば、高級志向が正解かな。
大銅貨一枚の宿は、カプセルホテルみたいな感じを考えていたんだけど……
うーん。
まあ、マイケルさんの意見を聞いてから最終判断としよう。
店の形や経営スタイルにはある程度は口を出すけど、実際の運用はゴロウン商会や今いる従業員たちに任せることになるだろうからな。
俺が向こうにいれば、もう少し動けるが……
うん、駄目だ。
俺は村長。
村が大事。
向こうは……軽い気持ちで始めた店が、予想以上に大きかっただけで。
反省。
金貨の価値を俺が勘違いしていたからなんだよな。
俺の考えの百倍以上だったとは……
でもって、土地の値段が予想よりも安かった。
大体十分の一から二十分の一。
そりゃ、あれだけの広さになるか。
だが、俺にも言い分がある。
金貨の価値を勘違いしていたのは、俺のせいだけじゃない。
ドースたちとのやり取りが悪かった。
村の収穫が終わると、竜たちにお裾分けを渡している。
これは代金を取っていない。
代金は、後の武闘会や祭りに来た時に、手土産としてもらっている。
この手土産、最初の頃は武具や宝飾品、魔道具だったのだが、今はお金になっている。
武具や宝飾品、魔道具では換金に困るのと、価値が高過ぎて普段使いしにくいからだ。
シャシャートの街で通貨不足の話も聞いていたからな。
それで、渡されたのが村で作った人が入れる大樽。
ワインを入れていたヤツだ。
空になったワインを入れていた大樽いっぱいに、金貨が詰められてきた。
百枚とか千枚のレベルじゃなかった。
俺はビビッたけど、竜の巣にはお金は腐るほどあるらしいとのことだ。
ドースの巣なら、この大樽を一万個用意してもまだ余るらしい。
ドライムの巣は少ないらしいが、それでも千個分ぐらいはある。
でもって、ルーたちがこれまでもらっていた武具や宝飾品をお金にしたらこれぐらいですと言ってきたら、金貨ってそれほど大したことないんだなって思うだろ。
村の住人たちも、特に驚いていなかったし。
うん、俺が馬鹿だった。
ドースは、この世界で一番上の竜だということを忘れていた。
反省。
ちなみに、村の住人たちが驚かなかったのは作物の取引で感覚が麻痺していたらしい。
穀物類や果実系は、一般の百倍から千倍の値段。
ハチミツ、調味料は天井知らず。
取引は金貨が中心だった。
これも俺の感覚がおかしくなった理由の一つ。
というか、これぐらいの価値がなければ、わざわざマイケルさんが来ることもないか。
言われて納得。
……
はぁ。
俺は世の中のことを知らなかった。
価値がわかったので、とりあえず来年からは竜族に関しては手土産は不要とした。
文化的には失礼に当たるらしいが、俺の言葉で黙った。
「娘や孫に会うのに手土産が必要なの?」
同様に、始祖さんも手土産は不要。
実際の血縁でなくても、ルーのお爺ちゃんみたいなポジションの人だしな。
魔王は……
フラウや文官娘衆では厳しいか。
でも、何かの理由をつけて手土産を断ろう。
マイケルさんも手土産は不要。
海産物の取引で十分です。
だが、俺が向こうに行った時に大量の手土産を……
え?
商人には渡す必要がない?
そうですか。
そうだよな。
これまで渡してないし。
もう少し、世の中の勉強をしよう。
余談。
冒険者によって竜の巣が攻略されると、大量の金貨が出回って金貨の価値が下がるらしい。
なるほど。
「ここ数百年、竜に勝った人間は……村長だけですけどね」