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美食家シャイフル


 僕の名はシャイフル。


 魔王国にあるリーグ男爵家の嫡男だ。


 男爵家と言っても、伝統も歴史もない。


 ここ五十年ぐらいの活躍で貴族になった新興もいいところ。


 正直、商売が上手くいっているので貴族になんぞなりたくないのが我が家の本音だ。


 しかし、とある侯爵家の領地が食料難で困っている時に多くの食料を運び込んだことを評価され、貴族となった。


 貴族にさせられたというのが正しい。


 侯爵家は、我が家が持ち込んだ食料の代金が支払えなかったからだ。


 代わりにもらったのが男爵の位。


 これがあるのとないのでは、商売のやりやすさは確かに違う。


 だが、金で貴族の地位を買ったと陰で言われ続けるのだ。


 まったく忌々しい。


 忌々しいが……そんなことを欠片も気にしない友人も手に入れたので、良かったのかもしれない。


 現在、その友人を恋人にクラスチェンジしようと鋭意努力中だ。


 ……まあ、先は長いだろうけど。




 さて、そんな僕だが……


 一つの趣味というか悪癖がある。


 美食だ。


 僕は美味しい物が大好き。


 家で雇っているシェフは、僕がわざわざ王都の有名飲食店で働いていた者を引き抜いた。


 彼の作る料理は最高だ。


 僕はそう信じていた。


 それが揺らいだのが、シャシャートの街に寄った時。


 街で一番のホテルに泊まり、そこで出された料理を食べた時だ。


 前々からシャシャートの街の料理の噂は聞いていた。


 曰く、凄いぞ、美味しいぞ。


 真の料理を食べたことが無い者は、大袈裟に言うなぁと心の中で笑っていた。


 真の料理を食べたことが無いのは僕でした。


 世の中、上には上があると知った。


 思わずこのホテルのシェフを引き抜きたいと思ってしまったが、行動には移さなかった。


 僕の友人が言っていたのだ。


「お金だけじゃなく、敬意を払いなさい」


 僕は、料理人に対しての最大の賛辞は金を出して雇うことだと思っていた。


 残念ながらそれは間違いだった。


 料理人に対しての最大の賛辞は、また食べに来ることだ。


 僕は後二日はこの街にいる。


 もう少し滞在すれば、この街で大きな武闘会が開かれるそうだ。


 うん、武闘会を見物することを理由にもう少し、この街に滞在しよう。


 お父様もそう怒ったりはしないだろう。




 その日、僕の世界は変革した、というのだろうか。


 僕はホテルで一番高い料理を楽しんでいた。


 色々と食べたが、これが一番美味しいと思ったからだ。


 隣の席に座った獣人族の男も同じ料理だ。


 わかっているじゃないか。


 んー……


 メインのお肉が、僕の皿よりも大きくないか?


 おいおいホテルのシェフよ。


 客によって差をつけるのはよろしくないことではないか?


 いや、つけるなと言っているのではない。


 つけるとしたら僕のお皿のほうが大きくないとおかしくないかな?


 ……


 いけない、いけない。


 これじゃ悪い貴族だ。


 クールに。


 そう、クールに考えろ。


 ここでそれなりに食べているが、同じ料理は同じ量で出てきた。


 つまり、ここのシェフが意図して差をつけたワケだ。


 ……


 ひょっとして肉の質がイマイチで、それを謝罪するために気持ち量が増えた?


 どうだろう。


 ありえるのではないだろうか。


 獣人族の男が一口食べて、眉を下げていた。


 僕の推理が正解だとすると、肉の質の悪さに気付いたのかな。


 なかなかの美食家じゃないか。


 ……


 ん?


 何を取り出した?


 何を付けて食べている?


 ……


 メチャクチャ美味そうな顔で食べてるっ!


 なんだ、何を付けた?


 それはなんだ!


「そ、それを……」


 僕に売ってくれ!


 違う!


 そうじゃない!


「僕にも一口!」


 頼む!



 交渉の末に少しだけ譲ってもらった何かが付けられたお肉。


 それを味わった時。


 衝撃だった。


 これまで味わっていた物はなんだったのだ?


 最高の味と思っていた物が、薄っぺらく感じる。


 平坦な味だ。


 だが、この調味料がその平坦な味を立体にしている。


 味が重なっている。


 凄い。


 凄すぎる。


 実は、美味しい料理に出会った時に何かアクションをしようと考えていた。


 手を叩く、服を脱ぐ、ジャンプする。


 ああ、僕はなんてマヌケなことを考えていたんだ。


 本当に美味しいと、人はただ食べることに夢中になる。


 はっ!


 もう肉がない!


 いつの間に!


 誰かが盗ったのか!


 誰だ、ぶっ殺してやる!


 ……


 僕か。


 僕が食べたのか。


 ふう……


 頭を冷やせ。


 クールに。


 そう、クールにだ。


 獣人族の男は……まだ、いるな。


 よし。


「もうちょっと、もうちょっとだけ!」




 獣人族の男は良い奴だ。


 彼が持っていた三つの調味料を少しずつだが分けてもらった。


 醤油、味噌、マヨネーズ。


 ああ、どれも美味い。


 おっと、舐めるのは駄目だ。


 すぐに無くなる。


 大事にしなければ。


 そして、毎晩の食事で僕は獣人族の彼と語らうことが日課になった。


 向こうは多少迷惑そうだが、この感動を伝えるには彼しかいない。




 うかつ。


 自分がこんなにもうかつ者だとは思わなかった。


 獣人族の彼は冒険者なのだろう。


 シャシャートの街で行われる武闘会に出場し、優勝したようだ。


 凄い。


 一緒に食事をしている時は、そんな風には感じさせなかった。


 そして、彼が目的……武闘会が終わったら別の場所に移動する可能性があることは、考えたら誰だってわかることだ。


 僕は考えていなかった。


 僕は馬鹿か。




 それから彼を捜した。


 目的は彼の持つ調味料だけど、彼にも用はある。


 タダであれだけの調味料を譲ってくれたのだ。


 感謝の言葉は何百回と述べたが、何か渡さねば気がすまない。


 ええい、まだ見つからないのか。


 冒険者ギルドにも依頼を出せ。




 あれからどれだけの月日が流れたか……


 調味料に関しては、魔王国上層部で一部流通しているとの話をキャッチし、交渉に入った。


 派閥的に中立のクローム伯が中心なので、とても助かる。


 食事会にはできるだけ参加で。


 うむ。


 お父様の許可はもらっている。


 レグ家も購入しているらしい。


 そっちの食事会にも出るぞ。





 僕は衝撃を受けた。


 シャシャートの街でだ。


 ここには縁がある。


 ああ、本当に。


 僕の前に出された料理。


 カレー。


 小さな器に入ったスープを、パンで食べる。


 ……


 美味い。


 美味すぎる。


 僕は泣いていた。


 ああ……


 感動していたら、店が大騒動だった。


 そこからは怒涛の展開。



 要点だけ言おう。


 獣人族の彼、ガルフとの再会。


 カラアゲは美味い。


 マヨネーズ最高。


 ああ、レモンも悪くない。


 胡椒……胡椒?


 それを無造作に?


 ああ、買い占めたい。


 無粋な貴族の乱入に、ちょっと魔法で援護。


 ボウリング、良いね。


 輪投げ……なかなか難しい。


 射的……ふっ。


 僕に弓の才能はないようだ。



 そしてこの店のまかない飯は至高だった。


 カレーの具やスパイスの配合を変えた試作品は当然として、コロッケ、カツ、天ぷら、煮付け……


 そうそう。


 報告が遅くなった。


 僕はカレー屋マルーラで働いている。


「マルコス店長代理。

 本日の仕込み、終わりました。

 チェックをお願いします」


「うん……良い腕だな。

 OKだ。

 次は鍋を見てくれ」


「はい」


 貴族?


 ああ、貴族の彼は死んだ。


 ここにいるのは生まれ変わった男だ。


 友人には手紙で知らせよう。


 貴族じゃなくなった僕には興味が無いかな?


 それでも、この店に食べに来てほしい。


 僕の作ったカレー……は、未熟だからお客様に出せない。


 僕の作った賄い飯を。


 カレーを食べた後で構わないから。





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― 新着の感想 ―
カレーは貴族様の人生も変えるのかwww
[一言] 家で雇った料理人どうした?
[気になる点] マルーラのカレーは、オリジナルは、村長が作って、鬼人族メイドが一般流通している材料でも作れる様に改良して、マルーラでシャシャートの街でも食べてもらえるように、さらに大量生産向けに何度も…
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