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ガット


 俺の名はガット。


 ハウリン村の村長の息子であり、次期村長候補だった。


 そう、だった。


 人間の村から妻を娶ったのが、駄目だったのだろうか?


 そんなことはない。


 ナーシィは人間だが、素敵な女性だ。


 ただ、不運にも鉱山咳を出しただけだ。


 ナーシィと別れることが決まった日の夜は、泣いて寝られなかったぐらいには愛していた。


 その後、色々とあったがナーシィとまた一緒になることができた。


 別れている間にナーシィが子供を産んでいたのは知らなかった。


 どうみても俺の子供だ。


 かなり大きい。


 四歳だそうだ。


 あの時、村長の息子という立場を捨ててナーシィについていくべきだったと悔やんでしまう。


 だが、子供は素直に嬉しい。


 娘のナートは、俺が絶対に守る。


 いや、もちろん、ナーシィもだ。


 なにせこれからはずっと一緒なのだから。




 俺は今、ハウリン村が色々とお世話になっている大樹の村にいる。


 客ではなく、この村の一員として。


 ……


 正直、怖い。


 死の森は、子供の頃から近づいちゃいけないと言われていた場所だ。


 ハウリン村で一番の戦士であるガルフでさえ、油断すれば死ぬと言ってる場所だ。


 そんな森のど真ん中。


 さらに、インフェルノウルフにデーモンスパイダー……


 出会ったら死を覚悟とかではなく、他の人を巻き込まないように村とは逆方向に逃げろと命じられている魔獣、魔物。


 それがいっぱい。


 うん、数えられないぐらい。


 大丈夫。


 頑張れる。


 俺は頑張れる。


 怯える俺に対し、ナーシィは村の一員として馴染もうと積極的に行動している。


 ナートは……インフェルノウルフに乗って遊んでいる。


 が、頑張れ、俺。




 世の中。


 飯と酒が美味ければ、大抵の事は上手くいく。


 俺は立ち直った。


 いつまでも引き篭もってはいられない。


 妹のセナも頑張っているんだ。


 俺も頑張らないとな。



 まず、俺と妻が大樹の村で気をつけないといけないのが先行して移住しているセナたちとの関係だ。


 ハウリン村では俺の方が立場が上だったが、ここでは違う。


 俺がセナの下。


 まずはこれを自身に言い聞かせる。


 妹ではあるが、先輩だ。


 大丈夫だ。


 セナや他の獣人族の者たちの働きぶりを見れば、素直に頭を下げることができる。


 セナたちのやっている仕事を手伝ったが、どれも大変だった。


 また、セナに関しては女の戦いもしっかりやっていた。


 会わない間に成長しているのだと感心し、同時に自分の成長の無さに悲しくなる。


 いや、成長していないわけじゃない。


 鍛冶の腕はハウリン村で一、二を争うと自負している。


 だが、それはこの大樹の村では役に立た……あれ?


 鉄を叩く音?


 え?



 ハイエルフたちが窯を持って、鉄の加工をしていた。


 ハウリン村の窯よりは小さく、粗末な窯だった。


 だが、俺には輝いて見えた。


 ハイエルフたちに頭を下げ、窯を使わせてもらう。


 ハイエルフたちの鍛冶は数人が趣味の範囲でやっているもの。


 技術的には俺の方が上だった。


 自然と、俺は大樹の村の鍛冶師として働くことになった。


 といっても専従は厳しいだろう。


 窯の規模から、鉄製品の修理か、クギやヤジリなどの小さい物しか作れないからだ。


 だが、それでも良い。


 自分に合った仕事ができるのだから。







 怯えていたインフェルノウルフやデーモンスパイダーたちと朝の挨拶をするぐらいには馴染んだ春。


 大樹の村の西にある一村いちのむらに人間が住むことになった。


 新たな移住者だ。


 彼らに色々と教えてやってくれと言われたので、俺は鍛冶を教えることにした。


 技術は秘匿するものというのが職人の考えだが、全ての技術を曝け出しても返せないぐらいに大樹の村には恩を感じていたからだ。


 教えるぐらいなんでもない。


 また、教えられたからと即座に鍛冶師になれるわけではない。


 一人前になるには最低でも五年。


 俺に追いつくには毎日鍛冶場に来ても、二十年はかかるだろうという余裕もあった。



 さて、教えるのはかまわないが……どうやって教えよう?


 やはり窯の傍でないと教え難い。


 大樹の村に来てもらうか?


 考えている俺に、鍛冶仲間のハイエルフが呟いた。


 一村に鍛冶場を作れば良いのでは?


 ……


 ナイスアイディア。


 採用。


 俺は一村に立派な窯を作った。


 ハイエルフたちの建設技術は凄い。


 本来なら何ヶ月も掛けて作る窯が、十日ほどで完成した。


 魔法による乾燥も効果が大きい。


 立派な窯だ。


 ハウリン村にあるのに負けないぐらい。


 おっといけない。


 目的は移住者たちに鍛冶を教えること。


 全力で教えようじゃないか!


 と、意気込んでも怯えさせるだけ。


 知っている。


 ハウリン村で鍛冶をしたがるヤツは多いが、実際に鍛冶をするのは限られている。


 やっている俺が言うのもなんだが、大変だからだ。


 季節に関係なく熱される職場。


 重労働。


 振り返れば、なぜ俺はやっているのだろうか?


 完成した時の達成感、作った物を使ってもらえる喜びのためだ。


 それを感じてもらえれば早いのだが……いきなり鉄を叩くのは無理だからな。


 まずは作業の見学だ。


 後は下働きを頼もう。




 誰もついてこられなかった。


 一人、頑張る男がいたが、熱にやられて倒れてしまった。


 もっと注意深く見てやるべきだった。


 反省。



 だが、作った窯は有効利用させてもらおう。


 新しい鍛冶場だしな。


 うん。


 大樹の村にある窯よりも使いやすい。


 しかし、こうなると鉄を溶かす専用の窯、いや炉が欲しくなる。


 ……


 いやいや。


 まずはこの新しい鍛冶場で頑張ろう。


 ここだと夜も遠慮なく叩けるしな。


 鍛冶の最後の方の作業はどうしても火の温度が重要で、火の温度は色で判断する。


 だから日中では色が見え難く、夜にやるのが普通だ。


 だが、大樹の村では騒音が大きいとして注意された。


 窯が居住エリアに近いというか、居住エリアの中にあるからな。


 注意されるのも当然と夜の作業は諦めたが、ここでなら!


 ……


 ここでも注意された。


 残念。




 夜の作業に関して村長に相談。


 ハイエルフたちも混じり、大樹の村の離れに新しい窯を作ることになった。


 さらに、ハイエルフたちが褒賞メダルを五枚出し、施設の増強を願った。


 俺も……すまない、一枚しか残っていないがこれで!


 残りは妻と娘にプレゼントする品と交換してしまったんだ。




 立派な炉が三基。


 これまでの経験で色々と工夫がされている。


 さらに広い作業場。


 作品を展示する場所もある。


 ハウリン村の残っている鍛冶仲間が見たら、こっちに移住したいと言い出してもおかしくない鍛冶場だ。


 感動。


 最初の火入れを行い……


 鍛冶場の守り神である火の神様を作る。


 一村の鍛冶場を作った時も作ったが、やはり緊張する。


 火の神様の次に作る品が、初めての品となる。


 村長に尋ねた。


「じゃあ、刀……剣で」


 剣?


 驚いた。


 村長のことだから、農具だと予想していたのだが……


 剣。


 ひょっとして俺が得意とする物を知ってくれていたのだろうか?


 いや、一村の移住者のためかもしれないな。


 彼らに少しでも良い武器を。


 それなら槍の方が喜ばれるが……


 純粋にシンボル?


 大樹の村なら、農具の方が似合うと思うな。


 そういえばウルザが剣を持って遊んでいたな。


 立派な剣だった。


 あんな剣を目指してみるか。


 幸い、この村には特殊素材は山のようにある。


「駄目か?」


 おっと、考え過ぎたようだ。


 頭を下げる。


「わかりました。

 剣を打たせてもらいます」


 名剣と呼ばれる剣を。







 後日。


 新しい鍛冶場ができたことで、ハウリン村との取引に関して村長に相談された。


 ハウリン村から鉄製品の購入量が減ることに対する補填をって……


 俺よりもハウリン村のことを考えてくれている。


 ……反省。


 そうだよな。


 ハウリン村にとって、大樹の村は鉄製品の大得意様だった。


 俺が大樹の村で本格的に鍛冶をやると、ハウリン村のライバルになる。


 作る品は、なるべく被らないようにしよう。


 ハウリン村のために何かしていただけるなら、採掘した鉱石の買い取り量の安定と……


 向こうにおいてきた弟子がいるので、こっちに呼んでもいいですか?


 二人です。


 性別?


 男と女ですけど……はい、鍛冶師として一人前になったら結婚するそうです。


 村長は弟子を呼ぶことを認めてくれた。




 なぜ弟子を呼ぶか。


 それは俺はここで鍛冶を諦めるつもりはないからだ。


 俺がここで鍛冶をやれば、どうやってもハウリン村から鉄製品を購入する量は減る。


 つまり、向こうで鍛冶師が余る。


 となれば、腕の悪い者や未熟な者から廃業となってしまう……たぶん、最有力はおいてきた弟子二人だろう。


 弟子ということもあるが、鍛冶の楽しさを知っている者はできるだけ守りたい。


 弟子の二人なら、この鍛冶場を見れば喜ぶだろう。


 俺が打った剣も見せてやりたい。


 まあ、それより先にインフェルノウルフやデーモンスパイダーたちと仲良くする方法を教えてやらないと駄目かな。


 俺はこの村に来たばかりの自分を思い出し、笑った。




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― 新着の感想 ―
弟子達には、俺達を生贄にするつもりだ、と思われるたろうなぁ…
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