創造神話
創造神は大いなる意思に従い、世界を作らねばならなかった。
まず、時の神を作り出した。
あまりの出来の良さに、そのまま妻とした。
そして妻となった時の神は、太陽神、月神、大地神を生んだ。
月神は双子。
それゆえ、夜空には二つの月がある。
創造神は、時の神と四人の子と協力し、世界を作り出した。
「これが世界の始まりなのです」
始祖さんが壇上で延々と語ってくれる。
たぶん、物凄くありがたい話なのだろうけど……ほとんどの者は聞いていない。
酒や食事に夢中だ。
俺も片耳で聞きながらなので要所ぐらいしかわからない。
太陽神が光神、炎神を。
月神たちは闇神、水神を生み出した。
大地神は色々やったけど失敗続き。
だけど愛着があるので捨てずに大事に取っておいた。
それが今、大地に生きる者たち。
とかなんとか……
そっかー、俺たちは失敗作かー。
そう思ったら、その時は神には届かなかっただけで、大地神は我々に成長するということを教えてくれたとかなんとか……
今度、真面目に聞こう。
ともかく、今は酒と料理だ。
宴会が始まった理由は簡単。
不満解消だ。
始祖さんたちによる黒い大きい岩の発掘、発見と、俺による加工作業。
一日一つのペースで行われ、五日ほど続いた。
正七角形の配置は正しかったということだ。
いや、始祖さんの計測術の方を褒めるべきなのかな?
ともかく、一番の被害者は……始祖さんに動員されたルー、フローラ、ティア、グランマリア。
硬い大地を相手に、二百メートルの掘削作業。
もちろん、素手ではなく魔法を使ってなのだが、その疲労は大変なものらしい。
それを連続で五日。
最終日付近では、ルーが始祖さんをどうやったら仕留められるか考えていたし、フローラは薬瓶を見ながら不気味に微笑んでいた。
ティアは目が据わって、グランマリアは無言でランスみたいな武器を研いでいた。
四人掛かりで襲ったけど、駄目だったみたいだ。
俺としてもそこまで急がなくても……とか思ったのだけど、あの黒い大きな岩を見ると不安な気持ちになるので黙って従った。
神様の像を彫れば、黒いのが白くなっていくのだから何か漂白されたというか悪いモノが落ちた感じがして気持ちが良い。
そして、五つ目、創造神の像から数えて七つ目の作業が終わった後の爽快感。
スッキリ。
やりとげたぞーと叫んでしまった。
そして疲労困憊の四人。
始祖さんも同じように作業していたのに、大丈夫っぽい。
……
前にハクレンと一緒に行動した時、思いっきり疲れていたのはなんなのだろう?
あの時の方が疲れるのかな?
四人を慰撫するため、宴会がセッティングされた。
会場は俺の屋敷のホール。
もちろん、他の村の住人も巻き込んで。
そうでないと始祖さんに対する呪詛を聞く場になってしまうから。
「ドラゴンは、創造神が浮気をした時に時の神が生み出した神獣です。
だから神様相手だって一歩も引かないんですよ」
「へー」
始祖さんは、神話に対しての質問に答えている。
質問しているのは、獣人族の娘たち。
「ハウリン村にはああいったことを教えてくれる人はいなかったからなぁ」
ガルフがそれを見ながら呟く。
「教会みたいなのはあるんだろ?」
「ハウリン村は移動するって言わなかったか?
教会は最初にあった場所だけさ」
「結婚式はどうしてたんだ?」
「村で勝手に」
「なるほど」
「魔王国と教会は敵対関係ではありませんが、勢力が強くないので……
あれば利用する程度の考え方でしょう」
ビーゼルが入ってきた。
ずいぶん長くこっちにいるけど、大丈夫か?
魔王が怒ってたりしないだろうな。
会場の隅では、イチャイチャするグラッツとロナーナ。
ずいぶんと仲が良くなっている。
四天王の二人がここに居て、本当に大丈夫なのか?
「大丈夫ですよ。
こっちに来る前に大仕事を終えましたし」
「大仕事?」
「ええ。
魔王国も一枚岩ではなく、色々な派閥があります。
その中の一派が急に改心したんですよ」
「え?」
「憑き物が落ちたような感じで、これまでの悪事をベラベラと……
注目していなかった一派だったので、大騒ぎでした。
魔王様暗殺、四天王総取替え、王姫様を囲い込んで祭り上げ、フルハルト王国への侵攻と……計画は壮大でしたが、まだまだ準備段階で。
それらを把握し、計画に参加している者を捕まえてと……
冬の間、のんびりできるのはそのご褒美です」
「へー……」
タイミング的には、俺が温泉調査隊で外に出ていた時らしい。
別の場所では別の事件が起きているものだ。
「グラッツも?」
「軍の内部にも手が伸びていたみたいなので……
責任を取って引退。
引退が駄目なら当分は自宅謹慎すると言ってこちらに」
「いいのか?」
「冬の間は大きな争いにはなりませんから」
そんなものか。
俺とビーゼル、ガルフは何かに乾杯し、酒を飲んだ。
会場が騒がしくなったと思ったら、ラスティが帰ってきた。
「私の歓迎会……じゃないわよね」
「久しぶりだな。
大丈夫だったか?」
「ええ」
ラスティの後ろには、ブルガとスティファノもいる。
「里帰りはどうだった?」
俺は三人に聞いたが、三人の表情は悪かった。
話を聞くと……
「散々でした」
とのことらしい。
まずラスティ。
ドースがドラゴン族の長ではあるが、従わないドラゴンもいたりする。
暗黒竜ギラルを筆頭にした一族。
それが急に頭を下げてきたので、ドースは対応に困ったとのこと。
「これまでゴメンね。
これから仲良くしてよ」
「うん、わかったー」
このように仲直りができれば良いのだが、そこそこ大人になると面子があるのでできない。
ドースは最初、ギラルが攻め込んできたかと思ってライメイレンを救援に呼んだぐらいだ。
その後、色々と話し合いが行われ、ギラルと仲直り……人質というか竜質みたいなのがドースの下に送られた。
それで話が終われば良かったのだが、なぜか話題が俺のことに。
「自慢の娘さん、人間の所に嫁いだんだって?
どんなヤツ?
凄いの?」
ギラルと仲直りはしたけど、一応はまだ警戒しているので村には連れていけない。
そこで、俺の話をギラルに聞かせるため、ハクレン、ラスティを呼び戻したらしい。
最悪の場合、戦力アップにもなるしと。
「暗黒竜ギラルと言えば、お爺様の永遠のライバルと言われるドラゴン。
それが会ってみれば、普通の酔っ払いのお爺さんで……」
延々と話し相手をさせられたらしい。
ちなみに飲んでる酒は大樹の村産で、できれば取引をお願いしたいと言付かってきているそうだ。
うちの酒が気に入ってもらえて何より。
「暗黒竜ギラルって、神話に出てきた竜じゃなかったっけ?」
「さっき、ルーさんのお爺ちゃんがそう言ってましたよね。
創造神様の足を噛んだって」
「ギラルの名は襲名なので、神話の本人じゃないですよ。
七代目らしいです」
ラスティの話を横で聞いてた獣人族の娘たちの疑問に、ラスティが答えていた。
神話の登場人物の子孫ってだけで凄くない?
ともかく、ラスティはそのまま宴会に加わった。
ブルガとスティファノもラスティと同じように疲れていた。
「里に帰ったら大騒動でした」
なんでも、里の有力者一派が急に暴れだしたそうだ。
その暴れている最中に戻ってしまい、鎮圧のお手伝い。
「理由を聞いたら、神の声が聞こえなくなったって……意味不明ですよ」
里帰り中、後始末に追われて休むことができなかったらしい。
「大変でした」
さらに、お土産として持ち帰った物が問題を生んだ。
人気がありすぎて揉め事になったそうだ。
人気があるのは嬉しいが、揉め事は困るな。
後で追加を送りたい?
構わないが輸送手段が問題だな。
まあ、それは考えよう。
今日はのんびりしろと、ブルガとスティファノを宴会に加える。
なんだかんだあったが、見知った顔が揃うのは良いことだ。
「キアービットも、もう少しこっちにいたら良かったのに……」
キアービットは温泉調査隊が解散された後、ガーレット王国に戻った。
あの時は始祖さんに送ってもらって恐縮してたな。
その始祖さんが、俺の所にやってきた。
「今回は本当にすみませんでした」
「いや、俺も悪い気配を感じたからな。
あれは早くなんとかして良かったと思うよ」
それは正直な気持ち。
「ですね。
ところで……先ほどから気になっていたのですが、その膝にいるのはなんです?」
「猫だ」
「猫なのはわかりますが、そんなのいましたっけ?」
いなかった。
猫と知り合ったのはついさっき。
宴会を始める前。
大樹の木の傍の社の前で、真っ黒な猫は驚いた顔をしていた。
なぜここにいるのか分かっていない顔だった。
しかし、少しずつそれを噛み砕き、俺の姿を見て少し考え、全てを悟った顔をして仰向けに寝転がった。
好きにしろ。
全身でそうアピールしていた。
だから、村に招いた。
猫は農家の味方。
ネズミを取る動物だからな。
まあ……この猫にアースラットは退治できないだろうけど。
ははは。
悟った顔が気に入ったのもある。
シンパシーというヤツかな。
仲良くしていこう。
っと思ったら、猫は俺の膝から立ち上がり、テーブルの下に潜り込んだ。
気まぐれなのが猫の良い所だ。
始祖さんも離れた。
ははは。
さてと……
俺の近くに、四人の気配。
ルー、フローラ、ティア、グランマリア。
うん、四人じゃないな。
その後ろにフラウやアン、リアたちもいる。
あー、ハクレン、ラスティも?
凄いな。
俺って達人みたい。
……
テーブルの下から猫が顔をこちらに向ける。
凄く悟った顔。
たぶん、今の俺は同じ顔をしていると思う。