ハウリン村のトラブル
俺はガルフから少し離れ、フラウに説明を受けた。
「結婚だからややこしいので、置物で例えます」
「友好を結びたいと置物を贈ったら、村に合わないと突っ返された。
どう思います?」
「そりゃ……仲良くする気はないのかなと」
「ですよね。
そういうことです」
「だが、置物じゃなくて人だぞ。
ハウリン村としては村で無理に生活をさせて死なせては困るだろう」
「そこです。
それが間違いです」
「え?」
「友好の証の置物を、村に置いておいたら腐らせるから返す。
そういうことですよね」
「だな」
「仲良くする気があるなら、返しちゃ駄目なんです」
「え?」
「置物を腐らせないようにしっかりと管理し、大事にする。
これをやって仲良くする意思があるということでしょう」
「そうだが……」
「後で確認しますが、普通に嫁ぎに来た女として扱ったのではないかと」
「……つまり、結婚に対する認識がヒュマ村とハウリン村で違ったと」
「そういうことです。
しかも、それに領主が絡んでいます」
「結婚式に参加したか?」
「はい。
つまりは、その結婚を領主が歓迎したということです。
なのに出戻らされた……領主の顔にドロを塗った形になります」
「しかしだな」
「深読みすると……その出戻った娘、領主の庶子の可能性もあります」
「え?」
「領民とはいえ個人の結婚式に、領主が出席するのは破格ですから」
「つまり……」
「領主がヒュマ村で産ませた子を嫁がせたら、大事にされずに出戻らされた……
領主がハウリン村に軍を進めないのが不思議です」
「えーっと……」
ガルフにフラウから聞いた話をした。
「確かに普通の妻として扱っていたな。
しかし、それで不満そうな顔はしていなかったぞ」
手間取るので、フラウに横にいてもらう。
「当然です。
嫁ぎに来て、不満そうな顔なんてできません」
「つまり、普通の妻として扱ったのが悪かったと?」
「それで体調を崩さないのであれば、問題はなかったのですが……」
「しかしだな……鉱山咳をしたのだぞ。
返さねばほどなく死んでいた」
「そこは死なせない……鉱山咳?」
「鉱山咳だ」
「すみません。
その鉱山咳とは?」
「死ぬ病の予兆だ。
鉱山咳をした者は、即座に鉱山から離さねば死ぬ」
「……どうあっても?」
「鉱山の近くにいてはな。
だから、まだ若い娘が苦しむのは見てられんと、無理矢理に返したのだが……」
「その鉱山咳のこと、ヒュマ村に伝えましたか?」
「鉱山から離れれば治るといっても、病だからな。
下手に触れ回って、娘の再婚の阻害になってはいかんと厳重に口止めされたぞ」
「コミュニケーション不足」
「え?」
「コミュニケーション不足です!!
こんちくしょうっ!!」
その後、フラウが小型ワイバーン便でビーゼルを呼び出し、ハウリン村とヒュマ村を往復。
領主にも話をつけて決着した。
「まあ、すぐに元通りとはならないでしょうが、これでハウリン村とヒュマ村の仲は修復に向かうでしょう。
向かわねば、私がキレますと言っておきました」
「ご、ご苦労だったな。
あと、ビーゼルも」
「い、いえ、領主が話のわかる方で良かった。
フラウレム。
本来は越権行為ですからね」
「魔王様から言われるよりはマシだと思いますけど」
「ええ、ですので協力しましたが……今後は派閥や系列をもう少し考えるように」
「今回の件ですと、誰になるのですか?」
「プギャル伯爵」
「あー……すみません。
お父様。
もう少し、楽な道がありました」
「いや、久しぶりに娘に頼られて、悪い気はしていない」
ビーゼルは夕食とお風呂を楽しんだ後、帰った。
「楽な道?」
「プギャル伯爵の娘が村にいますので」
文官娘衆の一人か。
「その伯爵だと意見を言いやすいのか?」
寄親とか寄子などの単語が出てきて色々とややこしいが、簡単に言えばその伯爵が縄張りの親分らしい。
で、ビーゼルは別の縄張りの親分なので、口を出すのは筋違いとなって面倒。
最悪、揉める。
今回はビーゼルと領主の間で話を終わらせ、非公式という扱いらしい。
それでも、一応はプギャル伯爵に挨拶には行かないと駄目。
じゃないと後でバレた時に大きく揉めるからと。
「本当に面倒だな」
「ええ。
つい、カッとなって動いてしまいました。
反省します」
「まあ、それでもトラブルを一つ解決したんだ。
よしとしよう」
「はい。
それで、その……」
「ああ」
今回の件の大元である一組の男女が改めて結婚した。
ハウリン村の村長の息子と、ヒュマ村の村長の親戚の娘。
フラウの読み通り、領主の庶子だった。
彼女はヒュマ村に戻った後に出産していて……どうみても獣人族の子。
ヒュマ村としては、娘のためになんとかハウリン村に頭を下げてもらい、再婚の流れをと願っていたが上手くいかなかった。
どこかで腹を割って話せばここまで揉めなかったのにと思うが……
ヒュマ村からすれば友好の結婚を壊された形、ハウリン村からすればヒュマ村から来た娘だからと大事にした結果なのにヒュマ村から扱いが悪くなったので、互いに自分から頭を下げ難かったのだろう。
武力衝突に発展せず、本当によかった。
で、改めて結婚したのだが……鉱山咳が再発する危険があるのでハウリン村には住めない。
ヒュマ村に旦那が住むのがベストなのだが、それだとハウリン村がヒュマ村に屈した形になってしまい、反発を生む。
本当に面倒臭い。
結果、二人とその子は大樹の村に移住してきた。
ハウリン村として次期村長を外に出すことになるが、ヒュマ村に行くよりは良いとのことだ。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
「よろちくおねがいちます」
ハウリン村の村長の息子、獣人族のガット。
その妻、ナーシィ。
その二人の娘、ナート。
「わかっていると思うが……」
「はい。
村長の息子であったことは忘れ、一人の村人としてこの村に馴染んでいきたいと思います。
セナとは兄妹ですが、セナに頭を下げ従います」
「そ、そうか」
物分りが良過ぎる気がするが……まあ、良い分には問題ないか。
セナもなんだかんだと喜んでいるしな。
「妻と子を大事にな」
「はい」
ナートは、生まれてから四年と少し。
アルフレートよりも大きいので、良い姉になってくれれば助かる。
これにて一件落着。
と思ったが……
「改めて結婚ということは新婚ですよね。
新居を建てましょう」
「この村で過ごすのです。
ここでも結婚式をすべきでは?」
ハイエルフたちが提案し、さらに山エルフたちが追加する。
「ここに偉い神官がいますよ」
それに乗っかる、ずっと滞在している始祖さん。
「宴会だな」
酒を飲むタイミングを計っていた者たちが集まり、盛大に祝われた。
細かいことはまた今度、考えよう。
ちなみに、ガット一家はクロやザブトンを見て、派手に気絶した。
……そんなに怖くないからね。
気絶はしなかったが、酒作りを手伝うラミア族を見て悲鳴を上げていた。
見た目が珍しいけど、悪い人たちじゃないからね。
ナートは数日で慣れ、クロの子供の背中に乗って走り回っていた。
ナーシィさんはまだ少し怖がっているが、セナたちに助けられながら生活を始めた。
ガットは……数日、引き篭ったが、酒と料理の美味さでなんとか回復、立ち直っている最中である。
「が、頑張れ、俺」
余談ではあるが、ガルフはガットの様子を見守るために今年の冬は大樹の村に滞在する予定だ。
「いいのか?
ハウリン村に奥さんがいるんだろ?」
「ちゃんと説明しているから大丈夫だよ。
それに妻からも頼まれたからな」
「ん?」
「娘がこっちにいるから」
「ああ、なるほど」
ガルフは宿で寝泊りする。
その宿の庭にダガやウノ、マクラが集まって模擬戦っぽいことをよくやっている。
構わないが、本来の仕事を忘れないように。
リア。
参加したいのはわかるが、まだ安静に。