天使族の試練
「さてだ」
風呂に入り、食事をしてかなり落ち着いたキアービットに声を掛ける。
「な、なに?」
「警戒するな。
別に俺の敵じゃないんだろ」
「そ、そうね。
敵じゃないわよ。
それで、なに?」
「単刀直入にいこう。
天使族の試練を言ってくれ」
「……どういうこと?」
「俺が天使族の試練をクリアすれば、ティアとのことを認めるんだろ?」
「そ、そうね。
でも、貴方がクリアできるとは思えないけど」
「そうか?」
「そうよ」
「まあ、とりあえず聞かせてくれ。
試練は長一族が言うんだろ?」
グランマリアは大丈夫と言ってくれるが、少し不安になる。
「天使族の試練は、全部で五つ」
「五つもあるのか?」
「そうよ。
腰が引けたかしら」
「面倒だと思っただけだ。
一つ目を聞かせてくれ」
「ふふ。
一つ、財力!
金、七百七十七枚を天使族に寄付すること」
「金?」
「この辺りならガルガルド金貨で良いわよ」
「金貨か……物納は?」
「構わないわよ」
「グランマリア、適当にそれぐらいの価値のある物を倉庫から持ってきて……ああ、もう持ってきてるのね」
「ゴルゴー石?
この大きさ?
え?
金貨千枚以上の価値?」
前にドースが送ってくれたお礼の一つだな。
「これでいいか?」
「え、あ、う、うん。
じゃあ、二つ目よ」
「二つ目は知力。
ちょっと小石を二十個、用意してちょうだい」
言われるがままに二十個の小石を用意する。
「これは天使族で親しまれているゲーム。
私と貴方で勝負し、貴方が勝てば突破よ」
「わかったが。
どんなルールだ?」
「交互に石を取り合い、最後の一つを取った方が負け。
一回に取れるのは一つから三つまで。
自分の番には必ず取らないといけない。
理解できた?」
「ああ」
あれか。
「じゃあ、スタートよ。
先攻、後攻、好きに選ばせてあげる」
「わかった」
場に石は二十個。
最後の石を取っては駄目なルール。
つまり、取っていい石は十九個。
一回に取れる最大値は三つ。
相手がいくつ取るかわからないから……
ああ、違う。
考え方を変更。
二十個目を取ったら負けではなく、十九個目を取った方が勝ちだ。
相手がいくつ取っても、大丈夫なようにこっちで数を調整する。
つまり……
相手が三つ取れば、こっちは一つ。
相手が二つ取れば、こっちは二つ。
相手が一つ取れば、こっちは三つ。
これで、一回の交代で四つ減る。
十九個だと、四×四で十六で余り三。
先手で、余りの三つ取れば必勝。
「先手で行く。
まず三つだ」
「そう。
じゃあ、私は一つ」
「三つだ」
……
勝った!
「も、もう一回」
「いいけど、どっちが先攻かは選ばせてもらうぞ」
「いいわよ。
じゃあ、小石を一つ追加で」
余りが無くなったから……
「そっちの先攻で」
……
勝った。
「もう一回!」
「いや、次の試練を頼む」
天使族で親しまれているゲーム。
つまり、ティアやグランマリアも知っているし、俺と楽しむ機会もあった。
そのうえで、俺は前の世界で似たゲームを知っていた。
先攻、後攻を選ばせてもらえるなら必勝である。
「三つ目の試練は武力」
「武力か?
それは困るな……」
「ふふふ。
苦手なようね」
「まあな。
で、どうやって武力を見るんだ?」
「こっちの指定する相手と戦って、生き残ればいいだけよ」
「勝たなくていいのか?」
「ええ」
「むう……」
俺はグランマリアを見る。
さすがに戦うのとか無理そうなんだが?
そう訴えたが、大丈夫と親指を突き出された。
本当かなぁ。
「わかった。
相手は誰だ?」
「ふふふ。
聞いて驚きなさい!
世間を賑わせた吸血姫、ルールーシーよ!」
「……」
「相当、驚いたようね。
そうよね。
あのティアでさえ勝てなかった相手。
貴方如きが戦って生き残れるはずがないわ!」
「あ、いや、その」
俺が困ってグランマリアを見たら、笑いを堪えながらうずくまっていた。
「えーっと、奥さんです」
「こんにちは。
これでいいの?」
「ああ。
すまなかったな」
「いいわよ。
それより、お祭りの準備とかしないと駄目なんでしょ?
あまり余裕がないわよ」
「わかった。
急ぐよ」
ルーが軽く挨拶して去った後、呆然としているキアービットに声を掛ける。
反応を返してくれるまで、少し時間が掛かった。
「……奥さん?」
「ああ」
「彼女が抱いていたの、お子さん?」
「ああ。
かなり大きいんだが、まだまだ甘えん坊でな」
「えーっと……」
「生き残ったということでいいか?」
「え、えっと……えー……」
「次の試練を頼む」
「あ、う、うん。
次は交渉力」
「交渉力?」
「そうよ。
財力、知力、武力の後は交渉力」
「誰と何を交渉すればいいんだ?」
「ちょっと待って」
キアービットは深呼吸をして、気合を入れなおす。
「第四の試練!
求めるは交渉力!
相手は会話不可能と言われるグルグラント山の王……」
キアービットがポーズを決めているところで邪魔が入った。
「また祭りをやるんだろう。
今年も見物させてもらうぞ」
「まだ先の話だぞ」
「ははは。
今日は娘に会いに来ただけだ。
二日ほど滞在する」
そう答えながら、俺はオチがわかった。
「ところでドライム。
住んでいる山の名前は?」
「んー?
確か、周辺に住んでいる者たちはグルグラント山とか呼んでいたな」
「わかった。
ありがとう」
ドライムはドラゴンの姿で乱入し、人の姿で宿に向かった。
確か、ドライムは凄く人見知りだと出会った頃に言ってた気がする。
それで会話不可能か。
まあ、ドラゴン姿は怖いからなぁ。
さて……
「大丈夫か?」
キアービットは気絶していた。
なぜかお風呂に入りなおしたキアービットは、少し赤面しながら俺の前でポーズを決めた。
「最後の試練よ!」
「お、おう」
財力、知力、武力、交渉力ときたからには……最後はなんだ?
「運よ」
「運?」
「そう、運。
貴方がコインを弾き、表が出たらOKよ」
「なるほど」
「コインはこのメダルを使ってもらうわ。
片面が天使族、もう片面が盾と剣。
天使族が表よ」
「わかったが……」
俺はコインを受け取り、裏表を確認する。
特に仕掛けもなさそうだし、表裏でバランスが違いそうにもない。
完全に運任せだな。
俺はグランマリアを見る。
グランマリアは大丈夫だとまたも親指を突き出してくる。
いや、運はどうしようもないぞ。
俺、運が良いとは思わないのだが……
両手で挟むように受け止め、表が上になるように調整?
「弾いた後、貴方が触れるのは無しよ。
そのまま地面に落としなさい」
「わかったわかった。
卑怯な真似はしない」
どうしようもない。
俺は素直にコインを上に弾き、地面に落下させた。
コインは、表向きだった。
が、それをキアービットが持って引っくり返した。
「え?」
「ふふふ。
ふははははははははははははははっ!
残念ね。
これで貴方の試練は失敗よ!」
「ちょっとお前、それは酷いんじゃないのか?」
「貴方が触れるのは禁止だけど、それ以外が触れちゃ駄目ってルールはないわ。
コインが完全に止まる前に私に当たっただけよ」
ドヤ顔を決めるキアービットにムカついたが、すぐに収まった。
キアービットの後頭部を、いつの間にかやってきたティアが思いっきり殴ったからだ。
「な、な、何をするのよ!」
「馬鹿なことをしてるからですよ」
ティアは地面のコインを表向きにし、そのまま踏み込んで地面にメリ込ませた。
「これで最終試練、突破。
キアービットも私と村長の仲を認めてくれますね」
「なにを言ってるのよ!」
「駄目ならもう一回。
今度は顔を殴りますよ」
「ひっ」
「認めてくれますね?」
「う、うう……」
「認めなさい」
「み、認めます」
「ありがとう。
貴女も祝福してくれると嬉しいです」
「むう……」
「長一族の気分で難易度が変化するから、試練を守らない者が出るんです。
もう少し考えなさい」
「うう」
ともかく、俺は天使族の試練をクリアしたようだ。
ちなみに、地面にメリ込んだコインを取り出すキアービットの姿は少し寂しそうだったので手伝ってやった。
「ティアが出てこなかったのは、試練のことがあったからか?」
「はい。
私が前に出るとキアービットは対抗して意地になりますから」
「ティアの前で弱い所を見せられないと?」
「それもありますが……まあ、その、先に子供を産んだことに対して」
「試練の難易度を長一族が決めるなら、相手を選び放題なんじゃないのか?」
「それがですね……」
なんでも現在の長、キアービットの母親の相手が顔だけの男だったらしい。
キアービットの母親が惚れ、低い難易度で試練を突破させ、産まれたのが娘のキアービット。
キアービットは顔だけの父親に対して、かなりコンプレックスを持った。
「他の父親はそれなりの試練を突破した優秀な男性ばかりでしたから」
「あー」
「キアービットにはそれなりに求婚があったのですが、キツい試練を与えて追い返してしまい……
最近はめっきり求婚もなくといった状態のところ、同類と思っていた私が試練をクリアしていない相手の子供を産んだとなれば」
「同類?」
「私は、その……なぜか怖いと評判になってしまい、求婚自体がありませんでしたので……」
「こんなに可愛いのにな」
「も、もう。
からかわないでください」
俺とティアがイチャイチャしていると、ジトッとした視線を感じた。
その視線の元はキアービット。
「どうした?」
天使族とハーピー族は人数が多いので宿に入りきらず、一村で宿泊することになった。
ただ、一村には何も無いので寝具などの必要な物を集めるために色々とやっていると思っていたが……
「い、一応、その正式な謝罪とお礼を言おうと思っただけよ。
あと、ちゃんと話もしたかったから」
「……」
「なによ」
「頭に血が上らなければまともだな」
「失礼ね!」
「まあまあ。
ティアがいるが構わないか?」
「ええ」
俺とティア、キアービットは宿の食堂でテーブルを囲んだ。
夕食にはまだ少し早いが、軽くお酒を飲む。
会話をスムーズに進めるためになのだが……
「あはははははははっ」
思った以上に、キアービットはお酒に弱かった。
「えっと……」
「うーーーーん、こっちのお酒の方が美味しいわね。
もう一杯!
あはははははははっ」
「お嬢ちゃん、酒の味がわかるみたいだな。
こっちも飲んでみろ」
客が来たから宴会になるかもと期待したドワーフたちが乱入してきて、さらに話にならない状態。
「今日は……駄目だな」
「ですね」
「他の者も呼ぼう」
俺とティアはキアービットとの会話を諦め、ドワーフたちの希望通りに宴会になった。