情報部?
ビーゼルが久しぶりに来たので話をした。
「ケンタウロス族の者たちは、問題なくやっていますか?」
「ああ。
それで頼みがある」
「なんでしょう?」
「ここにあるリストの者がいたら、声を掛けてほしい」
俺は一枚の紙をビーゼルに渡す。
そこには百人以上の名前が書かれてた。
三村に住むケンタウロスたちの夫や親族、知り合いだ。
「あの辺りの戦火は収まりつつあります。
見計らって探してみます」
「助かる」
「いえ、彼女たちを受け入れてもらい助かったのはこちらです」
ついでに、一村に住んでもらう移住者を探してもらう。
「移住者に関してだが、街にいないのか?
その……言い方は悪いが、孤児とか?」
「いますが、その辺りは勧誘が厳しいですね」
「そうなのか?」
「ええ。
魔王領では孤児は全て孤児院で育て、そこを卒院した後は各所で働きます。
それが何十年、何百年と続いていますので、孤児だからと低くみられることは少ないので」
「なるほど。
すまない、変なことを言った」
「いえ、魔王領がマシなだけで他の国では酷いところもありますからね」
「そういった場所から呼ぶのは無理なのか?」
「他国ですから難しいですね。
たとえ善意でも、誘拐だなんだと騒がれたら戦争の火種になります」
「そうか」
「それに、可能だとしても、そういった場所で勧誘すると女性ばかり集まりますよ」
「……そうなのか?」
「男性は労働力として重宝されますからね。
未来への投資として育てる人や組織はありますが、女性は……」
「女性が働く店とかが将来を見越して育てたりしないのか?」
「余裕がある店はそうするかもしれませんが、余裕のない小さな店ではそうもいかないようで」
「将来の商売敵をわざわざ育てないってことか」
「ええ」
「……」
暗い話を聞いてしまった。
しかし、俺の手には限界がある。
世界中の不幸な人を全て救うなどとても言えないし、そんな志もない。
俺ができるのは、目の前で困っている人を可能な範囲で助けることだけだ。
最優先は俺の家族。
次に村の住人。
その次に村の外の知り合い。
他国の不幸な女性のことを知っても、できることはない。
……
なんとかしたいが、手がない。
ないだろうか?
他国だしな。
普通は無理だ。
無理だが……
「話は変わるが……他国で、情報収集する組織を作ったりはしていないのか?」
「どういうことでしょう」
「他国の情報を集める組織だ。
現地で生活し、重要な情報を得た時に報告する」
「ああ、なるほど。
残念ながら我らは魔族。
見た目は人間と変わらない者もいますが、見る人が見ればすぐにバレてしまいますから。
なかなか、そういったのは厳しいですね」
「全員が全員、魔族ってわけじゃないだろ?
シャシャートの街や、ハウリン村の東にある村なんかは人間の街や村だと聞いているが?」
「街や村の代表が人間なだけで、住んでいる者が全員人間というわけではありませんよ。
まあ、人間が多いのは確かですが」
住んでいる人間は、基本的には人間と魔族の融和派。
それに、魔王領で働く人間は、あまり危険なことをしたがらないとのこと。
「なるほど。
だったら、現地の人間を使うのが一番だよな」
「現地の人間がそうそう私たちに協力など……あっ」
ここで先程の話と繋がる。
そう、現地の人間の雇用。
雇用した後、それがどう活用されるかは別問題。
俺としては、金を渡す口実があれば良い。
「小額だが……寄付しよう。
可能な範囲で頼む」
「わかりました。
協力、感謝します」
俺ができるのはこれぐらい。
余裕は無いが、聞いてしまったのだから仕方が無い。
村の資金のいくらかと……
「ハクレン」
「なに?」
「昨日、鱗を剥いだろ?
あれを売っていいか?」
「村長がそんなことを言うなんて珍しいわねー。
いいわよー」
ということでハクレンの鱗、十枚。
「現物で悪いけど」
「え、あ、いえ、あの、え?」
偽善と言われようが、これが俺のできる精一杯。
ビーゼルはハクレンの鱗を大事そうに持って帰った。
数年後 魔王城
「どうだ?」
「各地の変化が、ほぼ速報で入ってきます。
凄いですよ」
「そうか。
クローム伯の計画通りだな。
さすがだ」
「ですね。
最初は俺も他国の人を使っての情報収集なんて役に立たないと思っていましたが……」
「ははは。
俺もだ。
まさか、各地に孤児院を作って情報を集めさせるのが、これほど効果的とは」
「その情報も日記や日報といった形ですからね。
疑われることもないでしょう」
「まったくだ。
しかし、あの数の孤児院を建てる資金をクローム伯はどこから手に入れたんだ?」
「噂では、とある資産家が出したとかどうとか」
「それは俺も聞いたことがあるが……
名前が出てこないからなぁ」
「まあ、誰でも良いじゃないですか。
ちゃんと支払われているわけですし」
「そうだな。
よーし、とりあえず情報をまとめて各所に報告だ。
特に勇者の位置情報をしっかりとな」
「うーっす」
魔王軍情報部が稼動を始めた。
「グラッツ。
どうですか?」
「驚いた。
各地の物価情報まであるから、相手の動きが丸見えだ。
防衛戦になら負ける気がしないな」
「ですね。
私もここまでの情報が集まるとは思っていませんでした」
「これを期待しての活動だったのではないのか?」
「ははは。
慈善活動が本命です。
ですので、この情報を持って攻めると色々と困るので止めてくださいね」
「攻めるなんて面倒なこと、私がするわけないだろう」
「ですよね。
気になる情報や集めてほしい情報があれば伝えてください」
「ああ、それならさっそくだが……このチェスの指し手の情報を頼む。
私に似た雰囲気があるから、敵の指揮官とかになられると面倒だ」
「なるほど。
こちら側に引き込みますか?」
「そうだな。
それが最善だが無理するな。
敵にならなければ良い」
「承知しました」
「あー……お前たち。
魔王である私を放置して、賢そうな会話をするのは止めてくれないかな。
私の存在意義が……」
「どうしろと?」
「私を含めて今の会話をもう一回。
できれば娘が聞いていそうな場所で」
「……」
魔王軍は平和だった。
「最近、ガキを見なくなったな?」
「ん?
ガキはいるだろ。
ほれ、そこにも」
「いや、そういったガキじゃなくてな」
「ああ。
道で寝ていた奴らか。
あれなら街外れにでかい建物ができただろ、あそこだ」
「ん?
少し前に大工連中が張り切ってたヤツか?」
「そうそれ。
孤児院だってさ」
「へぇ。
うちの領主様がよく金を出したな」
「ははは。
それが領主様じゃなくて、別の街のでっかい商会が金を出したんだとよ」
「んー?
商会が?
そんなことして金になるのか?」
「さあな。
でかい商会の考えることは、庶民の俺たちにはわからんよ」
「だな。
まあ、汚いガキ共の姿を見なくていいのは気分がいいぜ」
「ははは。
たまにその汚いガキ共に食い物を渡してたくせに。
気になるなら会いに行ってやれよ。
ボランティア募集してたぞ」
「べ、別に気にしてなんかいねぇよ。
ただ、まあ、その……なんだ」
「一緒に行ってやるよ。
俺も気になるし」
「俺は気にしてないが、お前が気になるってなら仕方がねぇな」
「はいはい」
各地の孤児院は好意的に受け止められていた。