職業見学
春の終わりごろ。
畑に作物が実っている。
【万能農具】のお陰で、季節を無視して収穫できるのはとてもありがたい。
季節感が少しおかしくなるのだけが難点だ。
まあ、文句を言ってはいけない。
そのお陰で、俺たちは食に困らないわけだしな。
手の空いている村の住人たちと一緒に収穫をする。
普段は部屋に篭って研究したりしているルーやティアも、手伝ってくれている。
とても助かる。
……
ところで、手伝ってくれるのは嬉しいのだが……ティアはゴーレムを出さないのか?
前は大量のゴーレムを出して収穫作業をしてくれていたと思うんだが?
「出しません」
ティアは笑顔でそう言って、収穫作業を続ける。
?
俺が頭を傾げていると、ルーがこっそり教えてくれた。
以前、ゴーレムを出して収穫したとき、俺がゴーレムばかり褒めてティアをあまり褒めなかったからだそうだ。
いやいや、ティアもちゃんと褒めたと思うが?
ティアを褒めるのを一だとすると、ゴーレムは三だった?
そ、そんなことはないと思うが?
それに、複数体いたゴーレムを個々に褒めていた?
それはそうだな。
頑張ってくれていたから。
ゴーレムを召喚したのはティアだから、せめてゴーレムたちと同じぐらいにティアも褒めるべき?
な、なるほど。
気をつけるようにしよう。
とりあえず、いまは収穫。
……
いや、さきにティアに謝っておくべきだよな。
本人は怒っていないと言うだろうけど。
俺の配慮が足りなかった。
そして、翌日にはティアが再びゴーレムを召喚してくれるようになった。
よかった。
収穫でいろいろと忙しい大樹の村だが、珍しくその村にアンがいない。
五村に行っているからだ。
その五村では現在、王都にあるガルガルド貴族学園が企画した集団職業見学が行なわれている。
見学とあるが、その内容は生徒たちの就職活動だ。
就職活動は本来、個人で行なうべきもので集団では行なわれない。
なにせ学園は学びを与えるところであって、働く場所を与える場所ではないから。
さらに言えば、貴族学園の生徒は就職先に困らない。
生徒は貴族関係者が大半だし、そうでなくても貴族学園に通わせるだけの資金や伝手、能力があるわけだから。
だけど、その就職活動が行なわれた。
それも集団で。
なぜか?
それを説明する前に聞いてほしいことがある。
貴族学園に通う生徒と通った生徒の事情だ。
貴族学園は学びを与える場所ではあるが、そこに通う生徒の目的は派閥を見極め、入ることだ。
とくに地方の貴族はその傾向が強い。
魔王国は広く、場所によって入手できる情報の質や量に大きな違いがある。
また、種族の違いや文化の違いによる対立や断絶もある。
魔王国という大きな枠組みのなかで、無難に一族を守ろうとすると、どうしても政治の中心である王都の情報や伝手が必要となる。
そこで派閥だ。
派閥に入り、その一員として活動することで、王都から離れた地元に戻ったあとも継続して情報のやり取りができる。
王都や王城での権力争いに興味はなくても、情報は知っておいて損はない。
さらに王都で働く者に伝手があれば、訴えや陳情がしやすくなる。
その派閥は、後継者は親と同一であってほしいが、それ以外は同一である必要はない。
違う派閥のほうが情報の入手経路が増えるし、万が一のことを考えると別系統の窓口があるのは安心だ。
地方の貴族や有力者はそう考え、自身の子や有望な家臣の子を貴族学園に送りこんでいる。
もちろん、学園での学びにも期待しているし、婚約者がない者は伴侶探しもしてもらいたいという期待もある。
そういった期待を背負った地方の生徒たちだが……
半分……いや、四割……三割……
ぐ、具体的な数字はわからないけど、二割ぐらいは卒業後にちゃんと地元に戻り、期待通りに活躍しているらしい。
ただ、それ以外の者は、卒業しても地元に戻らない。
戻りたくないと逃げている。
その原因が、地方と王都の生活水準の差。
とくに食事やトイレ事情。
学園も、そのあたりは理解するのだが……卒業生が働きもせずに王都に滞在を続けるのは、いろいろとよろしくない。
そう、地元に戻らない者たちは働いていない。
なぜなら、就職先に困らないのは地元に戻るのが前提の話。
戻らないなら就職先はない。
さらに問題なのは、子が戻らない事情を理解できない地方の親が、学園は子を返さないと武力行使に訴える可能性があること。
実際、二件ほどあったそうだ。
あ、十二件ね。
学園長が嘆いていた。
そして学園が考えたのが、今回の職業見学という名の集団就職活動。
戻る戻らないは個人の問題として、卒業生が働いていない状況を改善するために、学園がなにかしらの働き口を与えようという試み。
卒業生たちも、王都での暮らしが快適だから帰らないと主張するよりは、ちゃんとしたところで働いているので帰れないと言ったほうが、親たちを説得しやすい。
説得してくれたら武力行使も減る。
その程度で説得されないところが大半だろうけど、やらないよりはマシ。
なんにせよ、卒業生がちゃんと働いているのは悪いことではない。
この職業見学は、地元に戻らない卒業生たちに歓迎された。
そして、卒業を控えた生徒たちにも受け入れられた。
なので、少なくない生徒や元生徒である卒業生が、職業見学に参加している。
ちなみに、なぜ素直に就職活動と言わないのかというと、就職活動に失敗した場合を考えてだ。
貴族学園に通うのは貴族の関係者。
それなりの体面が必要。
そこを踏まえて職業見学となった。
見学なら就職できなくても問題はない。
就職できた場合は、見学に行ったら才能を見込まれてぜひにと頼まれたと、周囲に説明するそうだ。
実際は頼み込んで働かせてもらう形だけど……
言及はしないでおこう。
職業見学は、王都、シャシャートの街、五村で行なわれている。
王都には文官仕事が得意な者たちが。
シャシャートの街には交易などに興味がある者たちが。
五村には農作業や魔物、魔獣退治ができる者たちが集まっているらしい。
各地で十日から三十日ほどの職業見学予定。
実質、見学は一日で、残りは体験だそうだ。
参加する生徒たちは王都の学園から職業見学の現場に通う。
転移門があるので、王都以外でも問題なく通える。
問題なく通えないのは、卒業生。
卒業してしまっているので学園の寮や家は使えない。
それゆえ、卒業生の住んでいる場所はバラバラ。
場合によっては野宿している者もいる。
これでは集団行動がしにくく、いろいろとトラブルが起きる。
そこで学園は臨時に予算を組み、各地に臨時の宿舎の建設を計画。
五村にも正式に建設を依頼した。
学園長は魔王と一緒に大樹の村にやってきて、俺に根回しまでしてきた。
まあ、根回しをされなくても、五村の麓の南側なら土地はあるので、五村は宿舎の建設の許可を出すだろう。
実際、俺が口を出す前に、許可を出した。
そして、リアたちハイエルフの手により、かなり短期間で大型の宿舎が建った。
ただ、体の大きい種族のことを考えつつも、学園から貴族関係者が利用することはあまり考えなくていいと言われているので、部屋のサイズは一般的。
装飾もほぼない。
それでも、余裕を持って二百人ぐらいが泊れるそうだ。
ベッドなどの家具さえ用意できたら。
さすがに家具などは、すぐには用意できない。
五村でも不足しがちなのだ。
そのあたりは泊まる者が自作するらしく、頑張っているらしい。
そして、リアたちが建築に関わったのでトイレまわりは完璧。
宿舎を利用する者たちを喜ばせた。
食事に関しては宿舎である程度、出す予定で学園は食材を確保したのだが……
料理人がいない。
ただ、五村に職業見学に来た者の大半が、トラインがまとめている派閥の者たち。
つまり、元々はアルフレートやウルザ、ティゼルの派閥の者たち。
彼らはアルフレートたちに鍛えられたので、それなりに料理ができる。
できるのだが、自分の食べる食事を作るだけでなく宿泊者全体の食事を用意するとなると、全体を見て指揮をする者が必要。
派閥関係者が多いことから卒業生たちはトラインを頼り、トラインはその指揮をする者を大樹の村から派遣してほしいと俺に頼ってきた。
トラインからの頼みなので、母親のアンが仕方がありませんねと言いながら立候補。
周囲の者も空気を読んだことで、アンを宿舎の臨時管理人として派遣することが決定した。
期間は職業見学中だけ。
泊まりではなく、村からの通いだ。
アンなら問題はないだろう。
行って数日で、寮ではないのに寮母さんと呼ばれて馴染んだようだしな。
あと、職業見学者のなかから宿舎の管理をする仕事を希望する者もいるらしく、アンの手伝いをしながら勉強しているそうだ。
アンからの報告では、現状ではまだまだだけど、将来性はあるとのこと。
学園長は、職業見学が終わったあとも、宿舎は維持して学園関係者が利用できる施設にしたいと言っていた。
当面は、就職できた者やできなかった者の宿にするのだろうけど。
余談だが。
アンが初めて五村の宿舎に行ったとき、魔王と四天王であるビーゼル、グラッツ、ホウ、ランダン、それに学園長が揃って同行し、宿舎の利用者に対して訓示を行なったそうだ。
内容は教えてもらえなかったけど、かなり真剣だった様子。
貴族学園の卒業生が地方に戻らないことは、かなり大きな問題だったのかもしれない。
お待たせしました。




