春に向けての準備と迷子
俺の屋敷の中庭にいる鶏。
いつもは、中庭は自分たちの縄張りだと言わんばかりなのだが、冬は鶏小屋のなかで大人しくしている。
あー、俺は様子を見に来ただけだ。
俺に怒っても、雪は消えないぞ。
よしよし、水と餌は十分だな。
水入れには保温石が仕込まれているから、水が凍る心配もない。
あ、いや、この小屋のあちこちに保温石が仕込んであったな。
快適に過ごせているなら、いいんだ。
ははは、俺の足をつつくんじゃない。
もうすぐ春になる。
だから、村のあちこちで春に向けての準備が行なわれている。
俺の準備は道具の手入れかな。
冬のあいだに少しずつ手入れをしていたので、最終確認みたいな感じだけど。
「村長、水車や風車に問題はありません。
いつでも動かせます」
ハイエルフのリアが報告してくれる。
水車や風車に問題がないのは、ハイエルフたちがしっかりと手入れをしてくれているからだろう。
ありがとう。
「いえいえ、冬になる前に行なった雪対策と、ヤーたち山エルフがしっかり作ったからかと」
だとしてもだよ。
「ふふ。
では、受け取らせていただきます」
ああ。
そうそう、リリウスたちがさっき戻ってきていたぞ。
「え?
聞いてませんよ」
だろうな。
すぐに五村に戻るつもりらしいから。
「母に挨拶もなしに戻るのですか!」
挨拶もなにも、ここでも五村でも頻繁に会っているだろ?
「それでもです」
まあまあ。
子供たちが足止めしているから、まだ村にいるよ。
「!
それでは、失礼します!」
リアが慌てて部屋を出て行った。
代わりに入ってきたのが、リザードマンのダガ。
「村長、水路の確認が終わりました。
一部、ゴミが溜まっていましたが、取り除いたので問題ありません。
ただ……」
そう言いながら、ダガは持ってきた地図を広げた。
その地図に描かれているのは、大樹の村の周辺図。
正確な地図ではなく、各村のだいたいの位置関係が把握できる程度の地図だ。
「水路に問題はなかったのですが、調査中に通りかかったケンタウロス族がこのあたりで大きい魔獣を見たと言っていました」
場所は二村の北西。
近い場所ではない。
「はい。
ケンタウロス族も、遠方からわずかに確認しただけと。
放置しても大丈夫だとは思ったのですが、万が一を考えて上空を警戒していた天使族のスアルロウさまに報告し、調査してもらっています。
続報をお待ちください」
わかった。
そう返事をしたら、スアルロウがやってきた。
「ご報告します。
リザードマン、ダガからの進言で調査していた場所に大型の魔獣を発見。
敵対意思なしと判断。
これを捕縛しました」
おお、そうか。
ご苦労さま。
こちらに被害は?
「二人、口のなかに入りましたが救助しました」
え?
口のなかにって……それって、食われたってことじゃないのか?
無事なのか?
「翼と服が汚れた程度です」
おお……
よかった。
あー、でも、敵対意思がないのに食われたのか?
「動きが鈍重だからと油断して、不必要に口に近づいた愚か者がいただけです。
向こうも食べる気はなかったのでしょう。
吐き出そうとしていましたが、愚か者の翼が歯のあいだに挟まってしまったようで……」
そ、そうか。
「愚か者は、鍛えなおしておきます」
ほ、ほどほどにな。
えーっと、それでその大型の魔獣というのは?
天使族が口に入れるぐらいなんだから、かなり大きいよな。
「はい。
大きさは二階建ての家ぐらいです。
四つ足で、頭と口が大きく、目は確認できないほど小さい。
体形は……トカゲのような感じで太い尻尾があります。
体色は黒色に近い緑。
毛がなく、体液でヌメヌメとしていました」
そのまま、トカゲの魔獣かな?
いや、目が確認できないほど小さいなら……オオサンショウウオの魔獣とか?
どちらも冬に動くイメージがないけど。
まあ、捕えたのだから、様子を見に行かないといけないか。
とりあえず、村の住人や家畜に被害がなくてよかったと考えよう。
「後続がいるかもしれませんので、警戒を強めます」
わかった。
頼んだぞ。
「はっ」
ダガは、ケンタウロス族やそのあたりに近づきそうな者に警告を頼む。
春になればクロたちの動きが活発になるから、それまでだ。
「承知しました」
スアルロウとダガが下がる。
それじゃあ、俺は……
捕えた魔獣を見に行く前に、フェンリルたちを宥めに行く。
村から離れた場所だけど、先に発見できなかったことを気にするだろうから。
二村の北西。
大型の魔獣は、俺が想像した一つであるオオサンショウウオをこれでもかと大きくしたような魔獣だった。
四つ足だけど、後ろ足だけで立つこともできる。
そうすると、さらに大きく見えるな。
そして、恐竜……いや、怪獣っぽい。
このオオサンショウウオの魔獣。
知っている者がいた。
温泉地にいる死霊騎士だ。
オオサンショウウオの魔獣の話を聞いて、温泉地から駆けつけてきてくれた。
なんでも、温泉地から北西に進んだ場所にある大きな池に住んでいるオオサンショウウオの魔獣の一頭だそうだ。
ほかのオオサンショウウオの魔獣から、一頭、迷子になったから見かけたら教えてほしいと言われていたらしい。
死霊騎士が、報告が遅れたと謝っている。
まあ、それぐらいの内容だとこっちに報告はしないだろう。
本来なら、温泉地で終わる話だしな。
雑談する機会があったら出る程度の話題だ。
温泉地にいるヨルやクリム、ライオン一家、アシュラには報告して情報共有をしているので、死霊騎士の行動に問題はない。
なんにせよ、オオサンショウウオの魔獣には帰る場所があるということ。
よかったよかった。
えーっと、方向を示すだけで大丈夫かな?
厳しいよな。
方向だけで大丈夫なら、迷子になったりしない。
転移門も、この大きさだと使えないし……
ドラゴンに運んでもらうか?
俺の言葉を聞いて、ドラゴンの姿になったドライムを見たオオサンショウウオの魔獣は、少し後ずさって遠慮してきた。
あー、体液で汚しちゃうと。
さらに滑って落ちる可能性もある。
それもそうだな。
じゃあ、道案内をつけるのがベストだな。
まずは歩きで温泉地に。
そこからオオサンショウウオの魔獣が住む大きな池にとのルートとなるけど……雪はまだまだ残っている。
俺やハイエルフたちでは、寒さが厳しい。
死霊騎士は……迷子になるよな。
ここに来るまでも迷ったし。
死霊騎士は拠点防衛には向いているが、遠い場所への案内には向いていない。
天使族が空から案内するのが安全か。
オオサンショウウオの魔獣も、案内役が飛んでいるなら見失いにくい。
天使族の誰に案内役をお願いしようと思っていたところに、フェンリルの一頭が案内役に立候補した。
汚名返上、名誉挽回と意気込んでいるが……
前も言ったけど、見つけられなくても問題なかったんだからな。
気にすることないんだぞと宥めるも、意思は固いようだ。
ならばと思うが……
フェンリルの体毛は白だ。
雪景色に紛れる。
オオサンショウウオの魔獣の案内役としては、ちょっと不都合な部分もある。
どうしたものか。
フェンリルは赤いベストを着ることになった。
うん、目立つ。
案内役の目印としては、十分だろう。
しかし、なにかと戦闘になったときに目立ちすぎる気がする。
大丈夫か?
そこは数で対応?
赤いベストを着たフェンリルは一頭だけでなく、三頭。
三頭のフェンリルで案内してくれるそうだ。
おお、これなら大丈夫か。
頼んだぞ。
……
ん?
オオサンショウウオの魔獣がなにか言いたそうだけど、遠慮なく言ってくれていいんだぞ?
……目がほとんど見えないから、色はあまり関係ない?
そのかわり、気配に敏感?
ただ、口の近くに来たら、つい食べてしまうから注意と。
あー。
じゃあ、フェンリルたちに赤いベストは不要か。
そうか。
脱いでいいぞと言ったのだけど、フェンリルたちは脱がなかった。
そして、赤いベストを着たフェンリルたちとオオサンショウウオの魔獣は、まずは温泉地を目指して出発した。
後日。
オオサンショウウオの魔獣は、無事に仲間のいる池に到着した。
案内した三頭のフェンリルたちは、温泉地の転移門を使って戻ってきた。
無事でよかった。
そして、案内した三頭のフェンリルたちは、まだ赤いベストを着ている。
かなり気に入ったようだ。
かまわないけど、汚れたらアンたちに頼んで洗濯してもらうように。
あと、自慢してまわるのは控えめに。
ザブトンたちの大半はまだ冬眠しているから、新しいのを求められても対処できないんだ。
死霊魔導士 「私への報告は?」
村長 「温泉地には、ほぼ寝に戻るだけになってるだろ?」
死霊魔導士 「研究! 研究もしてます!」
村長 「研究室に篭っているから、邪魔しちゃ駄目って思われたのでは?」
死霊魔導士 「それはありがたいけど」
後日、温泉地にある死霊魔導士の研究室の扉に「在宅中、いつでも訪問どうぞ」と書かれた札がかけられるようになった。
剣「死霊魔導師さまの面倒臭い部分が出てる……」
ヤー 「こんなこともあろうかと、赤いベストを用意しております。これを目印に」
ザブトンの子(服? そ、それは僕たちのポジションなのに!)
ハイエルフ (え? ちょっと待って。こんなこともあろうかとって言った?)
獣人族 (言ってた。この事態を予想してたの?)
天使族 (……山エルフたちの輸送班が、多種多様な荷物を持って待機しているだけよ)
リザードマン「警戒はどうしよう?」
ケンタウロス「迷子で、後続はないんだろ?」
ミノタウロス「春までなら、続けていいんじゃないか? ほかが来ないとも限らない」
リザードマン「そっか。そうだな」
ケンタウロス「油断は禁物だな」
ミノタウロス「ああ」
夜、急にネットが繋がらなくなって泣きそうになった。
原因を調べたいのに調べる手段はないという……スマホに気づくのに少し時間がかかった。
それまでモデムやルーターのマニュアルと格闘してた。
不通の原因はマンションの回線を集中管理しているところだったみたいだから、無駄骨だったけど。
直ってよかった。




