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資料館のパンナ嬢


 わたくしはレイワイト王国、シルバーシルク伯爵家の長女、パンナコア。


 パンナコア=シルバーシルク。


 親しみを込めてパンナとお呼びください。



 さて、資料館に来てから十日ほどが経過しました。


 私は、王子たちに頼まれたお手伝い。


 目の前にある書類を処理していきます。


 処理と言っても、サインをするだけではありません。


 書かれている文章を読み、必要な数字を抜き出し、隠された数字を見つけ、書かれていない数字を予測しなければいけません。


 文章にミスがある可能性も捨ててはいけません。


 誰だってミスはします。


 わざとミスをしている人もいます。


 ミスはある前提で文章を読まなければなりません。


 そして出た数字をまとめ、新たな書類にしていきます。


 ……


 書類に書かれているのは、レイワイト王国の人口調査みたいな内容です。


 どこそこの街に何人ぐらいいると。


 そして、その人数から、公衆トイレの設置数を考えなければなりません。


 そうです。


 トイレです。


 貴族の屋敷やそれなりにお金を持っている商人の家なら普通に設置されているのですが、平民の家にトイレがあるのは珍しいとまではいいませんが、少数です。


 トイレがない家では、公衆トイレと呼ばれる共用のトイレを利用します。


 この公衆トイレを改善する事業の資料作り、提案書作りが、私が今やっていることです。


 なぜ王子が、そんなことをしているのかは知りませんが……


 ……


 いまある公衆トイレを改善するだけでも手間です。


 王や領主の許可取り、新式のトイレに対応する上下水道の拡張計画、職人と資材の手配、排泄物の処理手順、工期の管理、公衆トイレが使えないあいだの代替公衆トイレの設置。


 一ヵ所、二ヵ所ならともかく、国中と考えると膨大な量になります。


 加えて、人口を考えての新設。


 こちらは場所の確保が必要となります。


 場所によっては、周辺住民との交渉もいるでしょう。


 さらに、トイレの改善反対派の領地はあと回し。


 順番調整。


 ……


 私の目の前には書類が溢れんばかり……というか溢れていますね。


 床の上にも積まれていますから。


 ふふ。


 気が遠くなりそうです。


 ですが、投げ出したりはできません。


 なにせ王子たちから頼まれたのですから。


 私は明るい未来のために、今日の苦難を受け入れます。


 大丈夫です。


 私は一人ではありません。


 ここには、私がここに来る目的だった、下級貴族……男爵の娘たち三人。


 ストラ、テッラ、ロシェ。


 彼女たちは現場を知っているうえに数字に強く、とても頼りになります。


 私と同じようにこの部屋まで辿りついた貴族令嬢が十人。


 伯爵令嬢一人、子爵令嬢四人、男爵令嬢五人。


 彼女たちとは親しいわけではありませんが、何度かお茶会を一緒にしたことがあるので顔は知っています。


 得意不得意はありますが、彼女たちもこの部屋まで来たのです。


 頼りになります。


 まあ、現場を知らないので、机上に偏った数字になりがちなところがありますが、それは修正すればいいだけ。


 問題ありません。


 そして、イストレ王子、ニルク王子、モンレン王子。


 ……


 もう少し勉強が必要だと思います。


 とくに計算。


 できないわけではないのですが、処理が遅いです。


 なので、私は王子たちに仕事を与え……失礼、王子たちが得意な仕事をお願いします。


 王子たちが得意な仕事。


 それは立場を利用した交渉。


「ゴドレイク伯爵家のフォカ嬢?

 彼女を連れて来ればいいのか?」


「しかし、記録によれば……彼女は君より前に資料館ここに来ているが、この部屋まで到達しなかったぞ」


「連れて来て、どうするのだ?」


 フォカさまは私より優秀です。


 あの問に答えられないはずがありません。


 つまり、この部屋に来る前に問の意図に気づき、逃げたのです。


 逃がしてはいけません。


「……わ、わかった。

 三人で行くのは先方に迷惑だろう。

 顔は知っているから、私が行ってこよう」


 イストレ王子がそう言って立ち上がったので、残る二人の王子にはべつの仕事を任せます。


「まだ資料館に来ていない者を誘う手紙を書けばよいのだな」


 そうですが、そう書いてはいけませんよ。


 下手な文章は、弱みになります。


 証拠を残してはいけません。


「つまり?」


 王子たちからの手紙ではなく、善意の情報提供者を装ってください。


 王子であることは、わずかに匂わせる程度で。


「む、むずかしいな……」


 ご安心を。


 王子のそばにいる侍従に、最後に確認をしてもらえばいいのです。


 王子につけられているのですから、かなり優秀。


 問答無用で頼れる。


 できれば王子のお世話より、こちらの書類と格闘してもらいたいのですが……


 職務を放棄しろとは言えませんからね。


 私や、貴族令嬢に同行した侍女たちも同じです。


 彼女たちは家に雇われているのであって、私たちに雇用されているわけではないのですから、勝手に新たな仕事を与えるわけにはいきません。


 ここは歯を食いしばって耐えるところです。


 あ、侍女にお茶とかは遠慮なく要求します。


 それが彼女たちの仕事ですから。



 しばらく仕事を続けていると、部屋にいい香りが漂いました。


 昼食の時間のようです。


 ふふふ。


 食事を運んでくださっているのは、私の家の恩人であるアルフレートさま。


 それと、調理手伝いの方々。


 書類だらけの机が多いなか、一つだけなにも置かれていない大きな机。


 そこに料理が並べられます。


 部屋にいた者たちは作業を中断し、静かに定められた席につきます。


 並べられたのは、鶏の肉を油で揚げたカラアゲなる料理。


 王子が小さく歓声をあげました。


 わかっています。


 かなり美味しいのでしょう。


 私は食べたことがありませんが、味は絶品であると確信しています。


 なにせ、これまで出された料理がすべてそうだったのですから。


 この食事があるからこそ、私たちは逃げずに頑張っていると言っても言い過ぎではありません。


 なので、アルフレートさまが不在のときは泣きそうになります。


 いえ、調理手伝いの方々は王家の料理人たちなので、それなりの味の料理が出るのですが……


 アルフレートさまの作る料理には敵いません。


 まったく。


 これっぽっちも。


 アルフレートさまが持ち込んだ独自の調味料。


 その味もありますが、使い方の熟練具合が違うのでしょう。


 調理手伝いの方々は、まだ使い方の研究中のようです。


 まあ、アルフレートさまの調味料はかなり高価らしいので、研究もなかなか進まないのでしょう。


 アルフレートさまは遠慮なく使っていますが。


 それと、アルフレートさまの料理に使われる素材が、レイワイト王国のものと全然違います。


 なんというか……豊かなのです。


 たとえば同じ鶏の肉でも、アルフレートさまの扱う鶏の肉に比べると、これまで食していた鶏の味が薄く感じてしまうほど。


 なんでも、アルフレートさまの故郷……いえ、アルフレートさまのお父さまが関係する村から取り寄せた鶏肉らしいのですが、詳しくは教えてもらえませんでした。


 王子たちを狙うより、アルフレートさま狙いにしたほうがいいでしょうか。


 本気で悩んでしまいます。


 ああ、美味しい。


 そういえば、フォカ嬢を確保に行ったイストレ王子のぶんは……


 館から出る前に厨房に来て、しっかりとカラアゲを持っていったそうです。


 抜かりありませんね。


 頼もしい限りです。



 午後。


 イストレ王子が戻ってきました。


「フォカ嬢は領地に戻ったらしい」


 ……


「追っ手を向かわせた。

 第三騎士団だ。

 連れて来てくれるだろう」


 さすがの決断力です。


 ですが……


 厳しいでしょう。


「そうなのか?」


 フォカ嬢は追っ手の可能性を考えているはずです。


 まっすぐ領地には向かわないかと。


「なるほど。

 となると、第三騎士団は……領地で待ち伏せて確保してくれたらいいが」


 それも無理でしょう。


 フォカ嬢は第三騎士団が撤収するまで領地に近づかなければいいだけ。


 第三騎士団は目立ちますから。


「くっ。

 第三騎士団を動かしたのは早計だったか」


 ……いえ、そうとは言い切れません。


 第三騎士団を囮にし、別の者たちでフォカ嬢を確保しましょう。


 地図を。


 ここ王都から、ゴドレイク伯爵領までに行ける場所。


 ゴドレイク伯爵領より向こうは考えなくていいでしょう。


 なんだかんだ言っても、フォカ嬢は未婚の令嬢。


 自由に動けません。


 ゴドレイク伯爵領より先に向かうのは許されないはずです。


 途中の寄り道が限度のはず。


 フォカ嬢は派手な生活はしませんが、小さな村で潜伏は……ありえませんね。


 万が一のトラブルがありますからね。


 しっかりとした宿のある、それなりに大きな街に滞在するはず。


 となると、このあたりが怪しいのですが……


「街が……七つか。

 範囲が広いな」


 そうですね。


 大きな街に宿が一軒しかないということはないでしょう。


 それに、追っ手を考えているのであれば、家名を名乗って泊っているとは思えません。


 王子の名を使っての捜索は、どうやっても目立ちます。


 一つ目の街で見つけられたらいいのですが、そうでないなら逃げられる可能性があります。


「コーリン教に応援を頼もう。

 大丈夫だ。

 フーシュさまなら協力してくれる」


 コーリン教の大司祭であるフーシュさまの協力を得られるのであれば、追っ手を増やせますね。


 できれば複数ヵ所の街を同時に……待ってください。


「どうした?」


 ……


 イストレ王子は、ゴドレイク伯爵の邸宅に行ったのですよね?


 誰が対応されました?


「最初は執事だったが、ゴドレイク伯爵がいたので伯爵が」


 ゴドレイク伯爵が邸宅にいたのですか?


「そうだが?」


 …………変ですね。


「どこがだ?」


 ゴドレイク伯爵はフォカ嬢をことのほか大事にされています。


「そうらしいな。

 噂で聞いたことがある」


 ですが、仕事も精力的に行ないます。


「それも聞いたことがある。

 いろいろと有益な施策の提案をして、文官たちを働かせていると」


 ええ。


 なので、普段のゴドレイク伯爵は王城にいます。


 昼ならなおさら。


 なのに、フォカ嬢がいない昼の邸宅で伯爵はなにを?


「…………っ!」


 フォカ嬢は邸宅にいたのです!


「私に嘘を吐いたのか!」


 そうなりますね。


 なので、王子が訪問したあとに、フォカ嬢は移動を開始したと思われます。


 それで王子に嘘を吐いたことにはなりません。


「いやいや、それは駄目だろ!」


 行動のタイミングが、ちょっと前後するだけです。


 許される範囲です。


「ぐぬぬ」


 ですが、フォカ嬢との距離は近い。


「そうだな。

 追うとしたら、近いこのあたりか?

 かなり絞られる」


 いえ、領地と反対方向に逃げます。


 ゴドレイク伯爵家の紋章を外した馬車で。


「嘘だろ?」


 私ならそうします。


 道に迷ったと言い訳をしながら。


「通じるのか?

 それ?」


 なんとでもなります。


 幸いなことに第三騎士団の動きは、こちらがフォカ嬢はゴドレイク伯爵領に向かったと考えているとのメッセージになっています。


 ならば、フォカ嬢は怪しまれないように、それほど急がないでしょう。


 そうなると……この街にいます。


 一ヵ所に絞れました。


 まだ間に合います。


 イストレ王子は動かせる者をすべて連れて、確保に向かってください。


「え?

 私も行くの?」


 王子の名が必要な場面もあるでしょう。


「いや、ここから離れると食事が……」


 ……


 私はアルフレートさまを見ます。


 アルフレートさまはわかったと頷き、イストレ王子がフォカ嬢を連れて戻ってきたら、食事のリクエストを聞くと約束してくれました。


「わかった。

 まかせろっ!」



 二日後。


 フォカ嬢を確保して、イストレ王子が戻ってきました。


 よし、勝利!


 フォカ嬢からは、すごく睨まれましたけど。


 いやー、頼りになる者はどれだけいてもいいですからね。


 ささ、こちらの椅子と机をお使いください。


 大丈夫です。


 すぐに慣れます。


 仲よくやりましょう。


 ははは、どうやってとか言わないでください。




 数日後。


 王子たちの手紙での成果はありませんでしたが、アルフレートさまの料理に魅了されたフォカ嬢の推薦で、さらに数名の貴族令嬢を確保しました。


 本当に頼りになる。


 ちなみに、イストレ王子がリクエストした料理はラーメンなる麺料理でした。


 美味しかったです。





アサムッド王家    イストレ王子

セイブール王家    ニルク王子

ダーグリン王家    モンレン王子


シルバーシルク伯爵家 パンナコア

ゴドレイク伯爵家   フォカ


男爵家        ストラ

男爵家        テッラ

男爵家        ロシェ



ミケル「あれ? 僕の出番は?」

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― 新着の感想 ―
胃袋つかまれた優秀組、移住するにならないといいけど
>フォカさまは私より優秀です >つまり、この部屋に来る前に問の意図に気づき、逃げたのです ケイルランド地域の統一王を決める戦いの時、優勝はしないように進言した文官も"先が見える有能な人材”でしたが、…
いつになるかわからんけど、協力してくれ王子や令嬢達は一回大樹の村か五村に連れて行ってあげないとあかんでアルフレートくんw
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