08.少ないからこそ
新年あけましておめでとうございます。
今年最初の更新です。
今後も気まぐれ不定期更新でまったり進んでいきます。
よろしくお願いいたします。
「それでアーノルド。パパはどこに行ったの?」
朝食のパンをちぎって口に運びながら、ヤーシャは傍らに立ち給仕をしている老紳士に尋ねた。
「昨夜襲ってきた者共のアジトがわかったとか。それでうちの若い者を連れて潰しに行かれました」
「ああ、昨日の連中の。あたしもむしゃくしゃしてたから、つい全員殺しちゃったのよね。よく生き残りがいたわね」
ヘレーネが令嬢もかくやという所作でスープを口に運びながら答える。
「みんな死んでたわよ。でも、そのうちのひとりが私のお得意様だったの。そこそこ上手かったし、いっぱいお金を落としてくれてた上客だったのに惜しいわぁ」
「それは悪かったわね」
ヤーシャがつまらなそうに鼻を鳴らす。そんなヤーシャの様子にヘレーネもまたさらりとしていた。
「まぁ、いつもの事よ。私は一体何人、ヤーシャちゃんに上客を殺されるのかしらね?」
「知らないっての。あっちが勝手に向かってくるのよ。パパ曰く、『犯られる前に殺れ』がうちの家訓らしいし」
蠱惑的な毒花が咲き誇るような会話に、ソルテオのカラカラとした清純な風が吹いた。
「ヤーシャちゃんは可愛いけど、みんなデリカシーがないよね。きちんとアプローチできない男の人は、わたしは人として嫌だなぁ」
「鬱陶しいったらありゃしないのよ。ディックやアーノルドといてもなんでかあたしの割合が多くなるし。……で、セレーネ。どうやって相手のアジトを割り出したの?」
「それは当然、寝物語で教えてくれたのよ」
セレーネが真っ赤な唇を艶やかに歪める。
そんなセレーネに、ヤーシャは侮蔑を込めて言い切る。
「セレーネを買えるくらいなんだから、向こうも幹部クラスでしょ? なんでそんな男が寝物語でアジトの場所ばらすのよ。バカなの?」
「それはもちろん、私が何度も天国に連れて行ってあげて、じっくりねっとりと関係を構築したからね。ヤーシャちゃんにもちゃんと術を教えてあげる」
「えー、あたしは教えられてもその術を使う機会がないと思うんだけど」
「でも知ってて損はないでしょ? うちの娘たちにも『オトコを骨抜きにして貢がせるのがより簡単に確実に、効果も大きくなった!』って好評なのよ?」
フフフと怪しい笑みを浮かべて、セーレネがあからさまな目線を宗久に送る。
当然それに気付いたヤーシャは、これまた当然のように気づかないふりをする。
「……ふーん。まあ、興味がないと言ったら嘘になるわね」
「ふふふ、わかったわ」
そしてセレーネは蠱惑的な笑みを浮かべた。
客観的に見聞きしても、キラキラと爽やかな朝日が差す穏やかな朝食の場で話される会話ではないと思った。
端で会話を聞いていた宗久は、その会話のあまりの生々しさに食事も喉を通らずに頭を抱える。
そして確信する。ここは日本で言うところのヤクザの本拠地で、ここのメンツは誰もがナチュラルに裏社会の人間だということに。
パッと見は美人・美少女・美女の華やかで穏やかな朝食風景なのに、血とか色とかその他諸々のニオイが充満してかなりヤバかった。
「それで、あなたはこれからどうするの?」
不意にセレーネにより、話の矛先が宗久へと向く。あまりについていけない会話の隙間を縫うように放たれた言葉に、宗久は思考が数秒間真っ白になる。
その間にヤーシャとソルテオが、宗久の顔へとまじまじと注がれた。
「あー……」
なんとか思考を再起動させるべく、無意味に時間を埋める無意味な声が漏れた。
そして、ちらりとヤーシャへと視線を向ける。
「その、助けて頂いた上に一晩の宿を頂いた分際で申し上げるのは、大変心苦しいのですが……実は私は現在無一文でして……」
「そんなの見ればわかるって。で?」
バッサリと鋭すぎる言葉でヤーシャに切って落とされ、宗久は堪らず言葉に詰まる。が、なんとか気を取り直すと続けた。
「仕事が欲しいです。何か仕事を任しては頂けないでしょうか?」
「フーン」
宗久の言葉に、ヤーシャがいつぞやと同じように無遠慮な視線で、じろじろと宗久の身体を見やる。
「でもダンナって、これまでヤッたこともないんでしょ?」
「え?」
「だから、人を殺したことないんでしょ?」
ヤーシャに昨日の天気を尋ねるような気軽さで問われ、宗久は思わず絶句した。
そんな宗久の様子に構う様子なく、ヤーシャが続ける。
「うちの組織って、結構王都のスラム街じゃ新参者でさ。今は多少勢力争い的にも基盤が出来てきたから、昔ほど襲撃の回数は減ってんだけど、うちの男どもは基本戦闘要員だから、ダンナみたいなモヤシがうちの男どもと同じ『仕事』をするのはキツイんじゃないかな?」
「……まぁ、それは否定しませんが」
「かといってここはスラム街だから、ここでの仕事って言ったら、ドブ攫いとか病にかかった牛とか鳥の畜生どもの処分とかになるし――」
ヤーシャの話を聞きながら、宗久は「冗談じゃない!」と胸中で叫んだ。異世界であるここで、そんな病原菌がうようよしまくっているところに行けるわけがない。原因不明の病であっという間に死んでしまうじゃないか!
「――ディックの伝手で貴族連中へ紹介もできなくはないけど、宗久って別に貴族の血とかは流れてないでしょ? 普通に門前払いされるし、良くて最下級の下男ってとこね。それでも貴族の気まぐれで拷問の上殺さる可能性もあるけど」
涼しい顔でさらりと告げる年下の少女が、宗久にはとても怖く見え始めていた。
ヤーシャがにこりとした笑みを浮かべる。
「それでもよければ貴族を紹介してあげるけど?」
「…………お、追々、準備が整ってから、ということで」
無い袖は振れないように、カネはカネを持っているところから引っ張ってくのが定石。貴族もお家のさらなる繁栄のためにカネを稼げると分かれば宗久を支援してくれるだろうが、信頼も信用も実績もない宗久のスポンサーになってくれる確率が、現状から言えば限りなくゼロだ。流石に今すぐ貴族への伝手は早すぎる。……まぁ、その伝手が使えるというのがぶっちゃけあり得ない手段なのだが。
「あなた、面白いわね」
ヤーシャに思いっ切り引いていた宗久を見て、セレーネがからかうような笑みを浮かべた。
「仕事を『紹介して欲しい』んじゃなくて、『任せて欲しい』。殺される可能性が大でよくて最下級の下男にしかなれないと聞いたのに、貴族への紹介は『追々準備ができてから』して欲しいって」
そのルビーのような瞳がきらりと光った。
「ふふふ、なんでそんな言い回しができるのかしらね?」
そう言って、愉しそうにセレーネは笑みを浮かべた。
「えーと……」
その男を手のひらで転がす術を知りつくし、すべてを見透かすようなセレーネの目線に当てられ、宗久は思わず視線を彷徨わせる。
そして誤魔化すように、ヤーシャへと尋ねる。
「そ、そうだ! その、ヤーシャおじょ……さん、の組織って、主にどんなことをしているんですか?」
ヤーシャお嬢様とついい言いかけて、ヤーシャから鋭い眼光を浴びせられ、宗久は慌てて言い直す。しかし年下の女の子をいきなり呼び捨てにするのも、ましてやちゃん付けするのもはばかられた結果、たどたどしい感じで無難にさん付けになってしまった。
そんな宗久の言葉にヤーシャは不機嫌そうに眉を見初めたが、宗久を咎めず質問に答えた。
「そうね……まずは娼館運営ね。ヘレーネが長を務めてるわ」
「うふふ」
ヤーシャの言葉を受けて、怪しげな笑みを浮かべる。
「それから物資の運搬警護。合法非合法問わず、魔獣から物資を守ってる」
「ま、魔獣!?」
さらりと増えた新ワードに宗久の心臓が嫌な感じでドキリとした。流石異世界、やっぱりそんなモンスター系が跋扈しているのか。
「そ、魔獣。魔獣を狩れるだけの実力を持った連中は、基本的に国軍に士官するし、毎日のようにあっちこっちで出てくる魔獣に対処するのは無理だからね。<魔獣狩り>って言われる傭兵もいるみたいだけど、そいつらは各々が勝手に仕事を請け負って適当にあちらこちらにいるから、都合のいい時に見つけるのは困難だし。だからと言って物資を運ぶ際に毎回軍の士官クラスを派遣するのもバカらしいでしょ? だからうちが肩代わりしているの」
「な、なるほど……」
「あとは人身売買で攫われた連中を攫いかえして元いたところに売ったり、他組織の賭博の胴元とかクスリの販売経路とか諸々を奪って管理したりかな」
「お、おう……」
想像はしていたがなかなかにエグいビジネスをしていらっしゃるようで……と宗久は自身の顔がどんどん引きつっていくことを自覚せずにはいられなかった。
「ご覧のように、うちの組織に暴力はつきものなの。だからダンナがうちで仕事をするなんて無理なんじゃないかな」
言って話は終わりとばかりにヤーシャが朝食を再開する。
宗久は考える。これまで喧嘩すらまともにしたことがない。借金取りに追われて身の危険を感じたことはあるが、かといって宗久が直接暴力を振るう立場に立ったことは一度足りとてない。
ましてやここは異世界。日本と違って法権社会ではない。それは異世界に迷い込んだ初日に、幼い子供が当たり前のように殺され身ぐるみを剥がされたことからも明白だった。
普通に考えたら宗久ができる仕事はない。そもそもやれと言われても無理だ。異世界云々を抜きにしても、現代日本でいきなりヤクザの仕事をするなんて無理に決まっている。
とはいえ、ここは日本ではない。異世界だ。日本だったら極道へ足を踏み入れずとも生活できるだけの糧を得られるが、この世界ではそもそもまっとうな仕事にありつける可能性すら限りなく低い。つまり、人道に反してようとなんだろうと、宗久が生きる上でヤーシャの組織に関わるのがもっとも勝率が高いと言わざるを得ないのだ。
もちろん、ヤーシャたちが嘘を言っている可能性はある。選択肢がそもそもないし、情報が皆無だということもある。
けれど選択し決断しなければならない。
いつだって数少ない手札からわずかな選択肢を選ばなければならないのだ。
情報社会であった日本において、情報があるからこそ選択肢が増えていたというのは一つの事実だ。そして選択肢があるから迷うというのも歴然とした事実。
ならばこそ、選択肢がほとんどない今は迷う理由がない分、その選択肢を選ぶのに抵抗は少ない。
少なくとも理性において宗久はそう判断する。判断して思い込む。良心の呵責やこの選択肢を選ぶことによる未来の恐怖や不安も、そう思い込むことによってなんとか呑み込もうとする。
そもそも、だ。
今宗久がこうして朝食を当たり前のように取れていることのすべての理由が、隣にいるヤーシャの気まぐれに他ならないのだ。
気まぐれで助けられたということは、気まぐれで見捨てられるということ。
宗久には明日の朝もこうやって朝食を食べられるどころか、下手したら朝食後放り出される可能性だって決して低くはない。
だから迷っている暇など、未来に不安を抱く余裕などない。『今』生き残れなければ明日はないのだ。
緊張で喉がからからと渇く。すぅっと頭の芯が冷たく張りつめてくる。
これは、この場は、華やかな朝食の場ではない。ましてや美少女・美人・美女に囲まれての団欒ではない。
ここは"商談の場"だ。
食事は人の心を和ませる効力がある。だからこそ人は古来より大事な商談の席では食事を取り、歓談しながら行ってきた。これらにはきちんとした理由があり、別に金持ちが自分たちのステイタスに優越感を浸るためにしていた行為ではないのだ。食事を一緒に取ることで心に余裕を持たせ、親密感を生みだし、穏やかに話を進めることができる。
そして、今こそが宗久の今後の人生を左右する最初の商談なのだ。
つまり、この商談の如何により、宗久の生死が決まると言っても過言ではない。
確かに宗久には人を屈服させる力はない。暴力なんてふるったこともなければ格闘技を習ったこともない。
しかし、力は何も暴力だけではない。
情報も知識も、地位も立場も、金も性差だって『力』だ。
宗久は静かに唇を湿らせる。
自分の手札を思い浮かべる。この手にあるのは数百年にもおよぶ『経済戦争』によって培われた手法・知識、そしてそれを実際に駆使した経験、そして『異世界知識』だ。
これはこの世界における、宗久が持つ絶対にして唯一の『力』だ。
宗久は、優雅に・艶やかに・快活に朝食を食べる三人を見やる。
選び、決断した。
「俺がこの組織で仕事ができないなんて、決めつけるのは早いと思うんですよね」
宗久の言葉を受けて、ヤーシャが怪訝そうな顔で、セレーネが深い笑みを浮かべて、ソルテオが穏やかな笑みを浮かべた。
そして宗久はこの場でもっとも強い『力』を持つ少女の目をしっかりと見る。
「暴力が必須な組織だからこそ、重要になってくる『仕事』があるとは思いませんか?」
さあ、ビジネスの話をしよう――。