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経営失敗者による異世界ギルド創業記  作者: 灯月公夜
第一章 赤豹と聖女
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04.そして次に出会ったのが


 ここは日本じゃない、異世界だ。

 宗久は宛がわれた一室のベッドの上で、虚空を見つめながら何十回となる独白を胸中で洩らした。

 すでに日は落ちはじめ、綺麗な夕日が姿を見せている。

 そうなるまでの間、宗久は身じろぎもろくにせずベッドの上に寝そべり、天井のシミを見つめ続けていた。

 ここは日本じゃない、異世界だ。

 何度となく、その言葉を繰り返す。異世界、なんと甘美な響きだろう。もう日本のあれこれに煩わされることはない。借金地獄に苦しまなくていい。宗久を知る人間はすべて失せ、あれほど望んだ新たな人生が始まる。

 それがたとえ異世界で、子供が食うものに困って窃盗し、ばれて掴まれば大人に寄ってたかって殺されるまで暴力を振るわれる世界であろうとそれは変わらなかった。

 脳裏をよぎるのは、今日出会う前に死んでしまったスリの少年だ。

 あの赤髪の美少女が去ってふと我に返った宗久は少年の元へ駆け寄った。


『おい、大丈夫か? しっかりし、ろ……』


 痩せこけた頬、血で浅黒くなった幼い顔――ひどく軽い身体。

 宗久は少年の身体を抱え、彼がもう息をしていないことにすぐに気づいた。

 それは日本で育ち生きてきた宗久の常識を粉々に破壊した。なんでこんな小学校低学年くらいの子が、こんなになるまで……。

 怒りは抱けなかった。ただなんだかとても虚しさを感じてしまった。

 そしてうすぼんやりと、過去に見聞きした話を思い出した。

 世界中では飢餓に苦しんでいる人がごまんといる。

 毎日どこかで子供が餓死している。それも一人や二人ではなく、数万人単位で、だ。

 だが、どこかで現実感がなかった。何というか、一枚ガラスを隔てた先の場所とでも言えばいいのか。

 知っているつもりで、全然知っていなかった。

 これに比べて自分はどうだろうか?

 確かに億単位の借金は背負った。両親や友人たちの信用は消え失せ、完全に縁も切られた。

 それでも生きている。この子と比べて上等な服を着てたし、頬がこけるほど食い物に困っているわけではない。

 しかも倒れれば救急車を呼んでくれる人はいるし、バイト先でご飯をくれた人もいた。

 みな、見ず知らずの他人に施しをする余裕があるのだ。

 それに比べて、この少年はどうだったのだろう。一体、どれだけの温もりを感じられたのだろう。生まれてきて後悔したことは、どれだけあったのだろう……?


『ガキが死んだだぁ? そんなの日常茶飯だろ。ここらでは珍しくもなんともない』


 ディックと名乗った銀髪のイケメンは感情を滲ませることなく、日常の些末事を話すような口調だった。


『ひとまず弔ってあげましょう。このままでは野犬に喰われてしまいますから』


 アーノルドと名乗った老紳士の発言もまた、年を重ねているだけの哀愁を漂わせながら、しかしこの光景が日常的な、宗久を気遣ったものだった。

 そもそも、突然男たちに暴行されて身ぐるみをはがされたことに関して、あの赤髪の美少女もディックもアーノルドも何一つコメントしなかったのだ。

 これがこの世界の普通、常識、当たり前なんだ。

 暴力と死がとても身近な世界。

 けれど、誰も宗久を知らない新たな世界。

 幸か不幸か、宗久は異世界に迷い込んだのだ。


「明日からどうすっかなぁ……とにかく金を稼ぐ手段を聞かないと……」


 天井を見つめながら、しかしどこも見ていない瞳でぼやく。

 ともかく生きるためには金が要る。自分には身を守るための力も術もない。だからこそ、金を早急に得る必要がある。

 暴力が分かりやすい力であると同じように、カネもまた分かりやすい力だと身に染みて覚えている。

 宗久だって、最初から借金を抱えていたわけではない。一時期は月収三百万を超えていたこともあった。

 だからカネは力だということを、身に染みて知っていた。

 それまでの常識を打ち破ったところにブレイクスルーは起こる。ブレイクスルーが起こるということは、新たな市場が生まれ、その先駆者パイオニアはひと財産を稼げる。

 最先端技術を国に持ち込んだだけで億万長者になった例は過去に枚挙がない。ましてやここは暴力が平然と横行する異世界だ。日本で培った技術や知識は、この世界よりもきっと先に進んでいるはずだ。なら、それが着ていた服さえ失った宗久が持つ、最強にして最後の武器だ。

 もう頼れるものはない。頼れるのは自分だけ。この二本の足でもう一度立ち上がれ。どんなに苦しくても踏ん張れ。

 ここは日本じゃない、異世界だ!

 もう日本の時のように失敗しない。いや、失敗しても死んだ屍のようになったりはするもんか。転んでもただで起き上がってなるものか。もう本当の意味で独りなんだ。歯を食いしばって、それでも立ち上がれ。

 死がありふれている異世界だろうと、ここは待ち望んでいたチャンスなんだ。

 今度こそ掴み取ってやる。理想の望みを。一人で、この二本の足で立ち、世界に軌跡を刻み付けてやるんだ!

 ふと宗久の目じりから雫が零れ落ちた。だが、宗久はそれに気づかない。

 その涙は歓喜によるものなのか、それともそれ以外か。

 夕日が沈み世界が夜の帳に包まれるように、ゆっくりと宗久は眠りに落ちていった。



     ●



 ふと廊下の軋みにはっとなり目覚める。しかし身構えるよりも早く、トントンと扉が叩かれ声がした。


「開けてもいいかな?」


 若い女性の声がした。あの赤髪の美少女とはまた違う声だ。


「どうぞ……」


 警戒を滲ませながら、それでも施しを受けている最中だ。来客を無下にすることなんてできない。


「じゃあ失礼するねー」


 言って、扉の向こうの女性が扉を開く。

 宗久は思わず大きく目を見開いた。

 そこには女神がいた。カラスの濡れ羽色と称すれば良いのか、それとも透き通った夜空色と称すればいいのか。黒いながらも光沢を放つ長い黒髪が、しゃなりと揺らいでいた。肌は白く、唇は桜色。そのかんばせは柔和で優しげで、それでいて目を疑いたくなるほど神秘的だった。

 体躯は一言で言えば、非常に女性的だった。有体に言って豊満であり、思わず生唾を飲んでしまうほど艶めかしい。

 そんな女性が、ろうそくを手に持ちながら、朝陽のような天真爛漫な笑みを浮かべていた。


「寝てたみたいだね、起こしてごめんね」

「い、いえ……」


 不意に汗がにじみ出てきた。挙動がおかしくなる。

 夜の女神のような女性は、ちろりちろりと揺れるろうそくを手に、宗久が横になっていたベッドの傍にあった椅子に腰かけた。


「えっと……」

「はじめまして。わたしは<ソルテオ>っていうの。あなたのお名前は?」

「あ、天城、宗久……です」

「アマギムネヒサ? はじめて聞く語感だね」

「まあ、でしょうね……」


 何せ宗久は別世界の人間の出身なのだから。


「でも、アマギムネヒサって長いからちょっと呼びにくいかな。ねえ、周りからはなんて呼ばれていたの? 愛称とかないのかな?」

「え……?」


 一瞬何を尋ねられているのかわからなかった。愛称とは要するにあだ名だということは理解できるが、おそらく彼女――ソルテオは宗久の名前について大きな勘違いをしている。


「ええっと……俺の名前は『アマギムネヒサ』じゃなくて、いやそうなんだけど……えーと、『天城』は苗字で、『宗久』が名前なんだけど……」


 言うと、ソルテオはぱちくりとした目をして宗久を見つめてきた。

 そしてこてんと首を傾げる。思わず鼓動が早くなった。


「えーと、つまりあなたは貴族なの?」


 その問いかけに、宗久は一瞬考え込む。

 そして浮かんだ仮説の確証を得るためにソルテオに尋ねた。


「この国で苗字を持っているのは、普通貴族だけ?」


 ソルテオは何を尋ねられているのかわからない、と言った様子で今度は反対側にこてんと首を傾げる。

 慌てて宗久は告げる。


「すみません、この国に来たばかりで、ちょっと常識が足りないんですよ、ハハハハ……」


 空しい笑い声が出てしまう。しかし、宗久は自分が異世界から来たかもしれない、とは言うつもりがなかった。

 言ったら可哀そうな人を見る目で見られそうだし、何よりあの赤髪の美少女の関係者であろうソルテオにどこまで情報を開示すればいいのか憚られるのだ。

 常識がない、というのは非常に危険なのだ。

 宗久も実際にビジネスをするまでは知らなかったのだが、常識というのはきちんと認知しなければ食いつぶされてしまうのだ。

 そこは世界のビジネスの理の一つ――仕掛ける側と仕掛けられる側の違いは、その常識を認知している上で跳び越えられるか否かなのだ。

 常識とは即ち思考のフレームだ。そして思考とは、あまねく人類のスタートだ。思考があり、はじめて行動を起こす。

 例えば現代日本において、中卒というのはバカにされる傾向がある。

 それは何故かというと、「日本人はみんな大学に行くものだし、最低でも高校は卒業している」という思考が常識的に・・・・存在しているからだ。

 だから常識外・・・の存在を理解できないものとして、無意識に見下し蔑視する。それが文明人というものであり、常識外の存在は野蛮人だと無意識に思ってしまうからだ。

 故に、常識はなくてはならない。

 例えば、故人は家族が食すものだ、むしろ食さないなんて故人が可哀そう……という常識が仮にあったとして、それを現代の日本人はどう思うのか。

 間違いなく忌避する。カニバリズムだと蔑視し、ネット上で騒がれまくるだろう。

 それは「日本人」としての常識では「常軌を逸している行為」なのだ。

 しかし、それはあくまで「日本人の常識」でしかないことを忘れてはならない。何故なら、彼らもまた、彼らの常識で言わせれば「日本人という民族は常軌を逸した存在」であると思われているのだ。

 サルの脳みそが珍味だと言われていたり、犬を食べることを野蛮だキチガイだと騒ぎ立てる時も同じだ。思考のフレームが、つまり『常識』が違う故に侮蔑の対象になるのだ。

 それを強く知るからこそ、宗久は悟られないように神経を注ぐ。すぐには身につけられないだろうが、早くこの世界の常識を手に入れ、順応しなくてはならない。でなければ待つのは死だと感じていた。

 だからこそ、異世界から迷い込んだかも、などとは口が裂けても言えないだろう。


「……そうなんだね」


 宗久の苦しい言葉に、しかしソルテオは優しい華やかな笑みを浮かべた。


「んー、自身の名前以外の名前を持つ人は、ほぼ貴族かな。偉い人だともうすっごい長くなって覚えるのも一苦労になっちゃうよ。で、忘れたり言い間違えたりするともう大変なことになって、本当に大変なんだー」


 そして、明らかにおかしい言動をしたはずの宗久にさらりと説明しながら、そこには深く触れずに話題を転換させる。


「実はわたし、ヤーシャちゃんに頼まれて宗久に会いに来たの?」

「『ヤーシャちゃん』?」

「そう、あの真っ赤な綺麗な髪をした可愛い女の子」

「ああ……」


 燃えるような髪をした、宗久にここを貸してくれた美少女か。そう言えば名前を聞いていなかったな、と今さらながら思いいたる。


「でも、なんでわざわざ会いに……?」

「さあ? 『独りで寂しく処理をしているだろうから、癒してあげて』って」

「なっ……!」


 女神のような愛らしく神秘的な女性から、軽い調子でぽんとそんな言葉が出てきて仰天した。

 思わず柔和な安らぐ笑みを浮かべたソルテオから視線を逸らす。


「あのクソビッチ……」


 と思わず悪態をついてしまう。どうもこちらの女性というのは、その性質柄わりと性に対してオープンというかあけすけなようだ。

 とはいえ、年下の女の子にからかわれるというのは、男として非常に情けなく落ち込むと言わざるを得ない。

 そしてふと気づく。ソルテオは『癒してあげて』と言われて、夜の――借りているとはいえ――男の寝床にやってきたということに。

 つまりそれは、そういうことなのか……?

 思わずこの後を想像して赤面し、ごくりと生唾を飲込んだ。


「ねえ、宗久」


 ソルテオに名前を呼ばれて、思わずびくっとなる。

 そして、


「わたしが癒しになれるかわからないけど、とりあえずしよっか」


 その言葉に、宗久は声も出せずに絶叫したのだった。

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