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経営失敗者による異世界ギルド創業記  作者: 灯月公夜
第一章 赤豹と聖女
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03.数時間ぶりの再会

 王都の裏社会において、新参者にして今最も力を伸ばしている組織がある。彼らは自らのことを呼称することはなかったが、その頭目の特徴から、裏社会に生きる者たちからは殺意と畏怖を込めてこう呼ばれていた。


 <紅流こうりゅう>……と。



     ●



 今最も勢いがありとナンバーワンの座に近い組織<紅流>の本拠地――その一室にて。

 そこに組織を束ねる頭目の実の娘にして、戦闘力の序列第五位の少女、<ヤーシャ>はいた。

 燃え盛るような鮮やかな赤い髪に、地獄の業火を映す鏡ようのような瞳。しなやかにして強かな肢体に、火傷覚悟で思わず触れたくなるような肌。豹のように冷たく、それでいて煮えたぎるような、まさに日本刀の刃のようにゾッとする鋭利な美貌を持つ十六歳の少女だ。

 ヤーシャは今、自室にてお気に入りの扇情的かつ真っ赤なネグリジェを着て、紅茶を片手に読書に勤しんでいた。

 まだ日が高く昇っているうちから扇情的なネグリジェを着ているのにはわけがある。

 待ち人をからかってやろうと思っていたのだ。

 その待ち人は、気まぐれにふらっとスラムを散歩している時に偶然見つけた、風変わりな若者だった。

 これまで暴力とは無縁の世界で過ごしていたのは一目見てわかった。それでいてスリの少年を庇おうと蛮勇を犯し、案の定ボコボコニされた上に身ぐるみをすべて剥がされた哀れな男だ。

 身体を観察してまず分かったのは、筋肉もほとんど発達していない点だった。市民じゃまずありえない。かと言って運動をしない貴族とも違う。そもそもこれまでの人生経験から、貴族が持つ雰囲気は大体わかるので、このノされて悔し涙を流す男が貴族ではないことはすぐにわかる。

 ならこの男はどんな奴なのだろう?

 驚き、そしてわずかに嬉しかったのは自分が<赤豹>のヤーシャだと知らなかった事だ。久々に新鮮な会話をできて、ヤーシャは気分が良かった。

 それに、あの男が怒鳴ったとある台詞――あんな言葉を吐ける男がまだいたことに、少なからず心が動いたのだ。

 だから興味が湧いた。腕力は最低値を切っているし瞳の奥が死にかけていることが気に障ったが、それでもヤーシャの女としての勘が何かを感じ取っていた。

 故に、付き人のディックとアーノルドに服を用意させ、この部屋へ通すことに決めたのだ。


「フフ」


 本を読みながら嗜虐的な笑みが零れた。

 ……さて、あの年でまだ初物であろう男の、この姿を見た時の反応が楽しみだった。

 と、不意に扉がノックされた。


「お嬢様、彼を連れて参りました」

「そう、通して」


 ヤーシャは本を閉じ、嗜虐的な笑みを深めて扉を見た。

 そして扉が開く。

 そこそこの衣類を纏ったあの若者の姿を確認し、ヤーシャはしゃなりと立ち上がった。

 が。


「どうかしたの?」


 不思議そうな顔で、ヤーシャは若者すぐ傍にいる初老の男、ヤーシャの付き人であり総合序列三位の<アーノルド>に尋ねる。

 執事然とした老紳士は、折り目正しくヤーシャの問いに応える。


「先ほどのスリの少年の死にひどくショックを受けているようです」


 その返答は、ヤーシャにしてみればひどく理解に苦しむものだった。

 思ったのは、ああやっぱり死んだんだ、仕方ないかな、ぐらいだ。

 死とはヤーシャにとって友達のようなものだ。ある意味で親友と言ってもいい。何故なら彼は生まれてこの方常に傍にいて、望んだときにはすぐにでも現れ、望まなくても顔をだし、実に表情豊かに様々な様を見せてくれているのだから。

 だからこそ、


「ちゃんと葬ってあげた?」

「はい」


 青白く焦燥しきっている例の若者の様子が理解できなかった。むしろ普段なら捨て置かれて野良犬のエサになるしかなかった亡骸を、偶然にもきちんと弔ってもらえて幸運だったのではないかとすら思う。


「だったらどうしたっていうの? ダンナは」

「ここは日本じゃないのか?」

「うん?」


 話しがまるでかみ合わず、ヤーシャは首をひねる。

 日本……ニホン……どこだろう、それは? この若者はその"日本"とかいう場所の生まれなのだろうか。だとしたら、若者が放つ空気感というか雰囲気は、そこの地域の特徴なのか?

 そんなことを考えながら、ヤーシャは甚だ不満だった。

 何せこちとらお気に入りの扇情的なネグリジェを纏っているのだ。割ときわどい感じでスケスケで、自身が経営し、そこでも自らの力でトップの座に座っている百戦錬磨の娼婦からお墨付きをもらっている格好なのだ。

 だというのに、せっかく気まぐれとはいえ初めて男に見せたというのに、この反応はなんだというのだろうか。

 ツマラナイ。もっとこう、鼻血を噴き出して真っ赤になりながら視線をせわしなく動かして挙動不審の混乱の境地に立つのが礼儀じゃないのだろうか?

 感情を隠すことなくぶすっと不満そうな顔をするヤーシャをまったく放置して、悄然とした青い表情のまま再度若者は口を開いた。


「ここは日本じゃないんだな?」

「そうだけど?」

「日本という国の名前に聞き覚えは? ジャパンとかでもいいんだけど」

「微塵もないね。むしろ日本って国名だったんだ」


 ヤーシャの言葉に、若者は目を瞑ると深く、それはもう深くため息を吐いた。

 そんな様子に首を傾げながら、ここまで一緒であったろうアーノルドへ視線を向ける。ただ、老紳士はヤーシャの視線を受け止め頷く。


「大変申し訳ないですが」


 不意に若者が口を開き、その瞳にヤーシャを映した。


「一日で構いません。なにもお返しできるものはありませんが、一晩だけ宿を貸して頂けないでしょうか?」

 急に敬語で恭しく話し始めた若者の様子に戸惑いながら、ヤーシャは返す。


「もともとそのつもりだったけど……」

「ありがとうございます。それで重ね重ねの無礼は承知しておりますが、少々混乱しておりまして、整理をつけるためにもいったんお暇させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「別にかまわないけど……」


 疑問符を飛ばしながら、ヤーシャは応える。応えながら、再びアーノルドへ視線を向け頷いてきょだを出す。


「それではご案内いたします。アマギさま、こちらでございます」

「ありがとうございます。――それでは、失礼いたします」


 老紳士に続き、若者は深くヤーシャへ頭を下げると、若干ふらつきながら部屋を後にした。

 ヤーシャはしまった部屋の扉を、しばらくの間凝視していた。


「……あの後、何かあったの?」

「まあ、あったと言えばあったな」


 ヤーシャの問いに、ふっと陰から姿を現した男が答える。ヤーシャはその男の方へ視線を向かわせずに尋ねる。


「何があったの?」

「あったことを簡潔に伝えると、ボコられていたガキが死んでた事にショックを受け、オレたちの様子に呆然とし、さっきと同じように『ここは日本じゃないのか?』と質問し、唖然としたまま黙って為すがままオレたちの後をついて来てさっきに至る、て感じだな」

「そっか」


 頷きながら、ヤーシャは先ほどの若者の瞳を思い出した。

 そこには理解の色が灯っていた。色濃い絶望と、確かな安堵と、わずかな希望。

 屍のような光を映さない瞳に、わずかに光が差し始めたように見受けられた。

 それはある種の解放感からくるものであり――微かだが、悄然とした青白い顔ではあるが、確かな火種が芽生え始めたようでもあった。

 悪くない。そう思った。


「ねえディック。男を励ましたり立ち上がらせるには、やっぱり女よね?」

「そうだが? なに、まさかお嬢がこれから向かうのか?」

「まさか」


 流石に二度顔見ただけでくれてやるほど、こちとら安売りはしていない。そもそもまだ売ったこともない。

 とはいえ、あの若者には好感を持っているのは確かだ。話しぶりから、ヤーシャのことを<赤豹>ということは知らなかったことは伺える。なので、はじめて会話した数時間前の反応は、あれが普通だったのだと思った。

 しかしヤーシャを見て、今のスケスケネグリジェを見て、欲望を滾らせる目をせず、明らかに年下の小娘にしっかりとした礼儀を見せ、屍から自らの足で立ち上がろうとする兆候を見せた。

 もしかしたら、と思った。だからここできっちりと立ち上がり、どのような生き様を見せてくれるのか見てみたくもなった。

 なによりヤーシャは自身の気まぐれから来る直感を疑ったことはない。そういったモノに助けられてきたことは数限りなくあるし、大抵そういったモノは後に大きなものになって返ってきている。


「ソルテオを呼んできて」

「はあ? まさかあんな男に、スラムの聖女を宛がうつもりなのか?」


 明らかに不満そうな声に、ヤーシャは見えないように笑みを浮かべた。

 そして悟られないように笑みを消し、もう一人の付き人である<ディック>をきちんと視界に収める。

 二十代後半の銀髪を持つ優男だ。組織の戦闘序列で四位の実力者。

 無駄な脂肪のない引き締まった体躯に、甘いマスク持ち、それに加えて明らかに強者の覇気を放っている。故に、大抵の女が放っておかずに常にと言っていいほど言い寄られている。戦闘序列四位の体力と体躯に加えて、数々の実践を経て夜の技も巧ということで、結構な頻度で貴族のご令嬢がディックの元に訪れ、少なくない報酬を得ているらしい。

 そんな男が望んでも見向きもしなかった女がいる。

 その女の名前は<ソルテオ>。ヤーシャがかつて拾ってきた、今ではこの辺で<スラムの聖女>と呼ばれている女だ。

 ソルテオはヤーシャよりも年上で、おそらく今日拾ったあの若者とほぼ同い年だろう。

 年は違えど、ヤーシャはソルテオのことを親友だと思っている。姉と慕っている二人のうちのひとりだ。

 聖女と呼ばれている女ならば、屍だった今しがた芽生え始めた男を、きちんと立ち上がらせ業火に変えてくれるだろう。


「別に会わせて会話をさせるだけよ。それ以上になるかどうかはソルテオ次第でしょう」


 少なくともあの若者がソルテオを襲うことはまずあるまい。襲おうとしても、目の前のディックですら躱す女に勝てる道理はない。まあ、ソルテオが望むならそこは本人の勝手であり、ヤーシャは関与するつもりもさらさらなかった。


「けどよ」

「なら呼びに行ったついでにソルテオを口説き落とせばいいじゃない。そしたら何の問題もないでしょ?」


 言いながら言外に色々な意味で挑発してみる。それを正しく受け取ったディックは舌打ちをすると、部屋から出て行こうとする。

 しかし立ち去る間際になって、にたりとした甘いマスクに相応しくない顔と共に振り返ってきた。


「まあ、そんな恰好しといて見向きもされなかったお嬢の顔を立てて、ソルテオを口説かず連れてくるさ」


 言うだけ言って、今度こそディックは部屋から立ち去った。

 残された部屋の中で、ヤーシャは激しくしかめ面を浮かべる。続いて怒りがふつふつと湧いてきた。

 ディックの憎まれ口にも、あの男そのものにも慣れているからそこまで怒りも感じない。だが、だからこそディックが指摘した――初物のあの男に今の自分が見向きもされなかったという事実が、激しくヤーシャのプライドを傷つけたのだ。

 十六の小娘とはいえ、そこは組織の頭目の娘にして戦闘序列第五位。

 男の下卑た獣欲も女の卑猥な思惑も、常日頃から肌で感じて知っている。

 敵対する男から幾度となくそのような視線を受けてきた。殺すな、傷つけるな、愉しめなくなるぞ、と面と向かって言われ続けてきた。

 だからこそせっかく扇情的なネグリジェを着てやったのに、あの反応にはいかんともしがたかった。


「明日の朝にでも、ダンナの寝所に行ってやろうか……」


 そうすれば今度こそ慌てふためく姿が見れるに違いない。

 とりあえず、ヤーシャはネグリジェを脱ぎ捨てて普段着に着替えると、<紅流こうりゅう>の頭目にして実の父親である男のいるところへ向けて歩き始めた。

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