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経営失敗者による異世界ギルド創業記  作者: 灯月公夜
第一章 赤豹と聖女
3/9

02.まず出会ったのは

     ●



 ふと気づくと、路地裏のような場所で倒れていた。

 痛む節々を無視してゆっくりと起き上がる。疲労により身体はめちゃくちゃ重たいが、しかし倒れた時の衝撃でけがなどはしていなかった。

 最後の最後に残っている商売道具だ。破損してなくて、本当に良かった。修理に出すカネもないし。

 うつろな思考のまま、辺りを見渡す。見たことのない場所だ。まるで都心から離れた工業地区にある、薄汚れた住宅街のようなところに思われる。こんなところ、今向かっているバイト先の近くにあっただろうか?

 そこでようやく、今が夜ではなく昼間であることに気づく。


「あ、バイト……」


 中古で購入した時代遅れすぎるガラケーを開く。着信履歴十三件。どれもバイト先からだ。やっちまった。

 思わず盛大にため息が漏れる。けれど次のバイト先に向かう途中で倒れるだなんて、ここ最近では別に珍しくもなんともない。またバイト先の店長に頭を下げる必要がある。

 宗久は特に思考することもなく、無感動に無断欠席をしてしまったバイト先に電話を掛ける。


『おかけになった番号は電波の届かないところにあるか、電源が――』


 ゆっくりとガラケーを耳から離す。よく画面を見ると電波が一つも立っていなかった。

 さてはまた通信を止められたか。まるで息するようにため息が漏れた。

 のろりのろりと裏道のような場所を、あてどなく歩きはじめる。ともかくシャワーを浴びて、次のバイトに向かわなくちゃいけない。


「おらぁ、待てやクソガキッ!」

「ぶっ殺すぞゴラァ!」


 不意に怒声が宗久の耳朶を打った。次の瞬間、前の通りを小学校低学年くらいのみすぼらしい格好をした少年が横切り、続いて十人余りの少年よりはマシな格好をした男たちが荒々しく走り抜けていった。

 と思ったら、少年の悲鳴が聞こえてきて、続いて激しい打撃音が聞こえてくる。

 宗久は訳が分からないまま、ひとまず悲鳴と殴打の音が聞こえてくる方へ視線を向ける。

 そこには少年を囲み、無茶苦茶に暴力を加える十人ほどの男たちの姿があった。

 宗久の思考は完全に停止する。凍りついたようにその場から動けなくなり、男たちの暴挙をただ眺めてしまった。

 そうこうしている間にも、明らかに手加減抜きな暴力を、男たちは寄ってたかって少年に行っている。小学校低学年くらいの男の子に、大の大人が十数人で囲って蹴る殴るの応酬。既に少年は悲鳴を上げることなく、ぐったりとなっていた。

 このままじゃ死んじまう!

 ようやくここに至って、宗久は弾かれたように少年の元へ駆けだしていた。

 これまでだったら、こんな現場に助けに入ろうだなんて思わなかっただろう。いや、思っても恐怖に竦んで動けなかったに違いない。断言できる。

 けれどあいにくと、今は生きた屍も同然の己だ。今さら恐れるものなど何もない。むしろここで殺されたっていいとすらどこかで思っている。むしろせめて最後に人助けをして死なせてくれと無意識に願った。――有体に言って、宗久はもう完全に自暴自棄に陥っていた。


「待て!」


 久々に出す大声は、掠れて割れていた。喉が痛い。それでも未だに暴行を繰り返す男のひとりの肩を掴んだ。


「それ以上やったら、その子死んじまうぞ!」

「あぁん?」


 男が振り返る。


「誰だあんちゃん。邪魔すんじゃねえよ」


 振り返りざまに血走った目で、射抜くように男は宗久を睨んだ。

 一瞬気圧される宗久。それでも自棄を起こしている彼は蛮勇にも怒鳴り返した。


「いくらなんでもやりすぎだ! これじゃあこの子が死んじまう!」


 突如現れた宗久に、男たちはようやく少年への暴行を止める。見ると少年は全身に痣を作り、血をながらぐったりと身じろぎひとつしていなかった。


「あんたらはだって殺人犯になりたくないだろ? 今ならまだ間に合うかもしれないんだから、早く救急車を呼んでくれ! 俺がここに残って倒れていたこの子を見つけたと証言するからさ!」


 宗久の怒鳴り声に、少年を囲っていた男たちが今度は宗久を囲い始めた。


「おいおいあんちゃん、意味不明なこと言ってあんまり粋がるなよ。このガキはな、俺たちから食料を奪い取ろうとしたコソ泥なんだよ。窃盗は重罪。詰所に突き出したら一生豚箱の中なのを、俺たちはこの程度で許してやろうとしているんだよ」

「確かに盗みは罪だが、刑務所に一生入るわけないだろ! 何言ってんだ! しかもたかが食料程度でここまで酷い仕打ちをするなんて、あんまりだ!」


 宗久の怒鳴り声に、男たちはきょとんとした表情を浮かべた。そして互いにアイコンタクトをし合い、宗久の姿を上から下まで確認する。

 その探るような、訝しむような、憎しみ渦巻くような、煮えたぎる怒りを内包したかのような視線に、宗久は思わずたじろぐ。


「な、なんだよ」

「あなた様はひょっとして貴族さまですか?――いや、ここにいる時点で、てめえは貴族ってところか?」

「は?」


 宗久はぽかんとした表情を浮かべる。貴族? 元? 全然意味が分からない。日本で人から「お前は貴族か?」と冗談抜きで尋ねられる奇妙さに、宗久は間抜けな声を出す。


 しかし、そんな宗久を置いて、男たちがじりじりと逃げられないように周りを囲んだ。


「よく見るとコイツ、かなり上等そうな服着てんな」

「ああ、こいつを売りゃ、そこそこのカネになるに違いねえ」

「上手くいけば、ここから抜け出せるかもしれねえな。なんてったって、元貴族の着ている服なんだからよ」

「ちょ、何言ってんだよあんたら!」


 囲まれたことで、また男たちの纏う雰囲気に流石に宗久も命の危機を強く認識させられる。堪らず声が裏返ってしまった。

 そんな宗久を男たちは、まるで人間以外のモノとして見るかのような目で告げた。


「今着てるモン、全部この場でおいて行け」

「は?」

「早くしろやッ!」

「グッ!」


 不意に鳩尾に一撃喰らう。猛烈な痛みに、宗久は膝を折り、地面に四つん這いになる。

 しかし、ここで終わらなかった。四方からあられのように拳や蹴りが降ってくる。為す術もなく宗久は暴力の嵐に飲まれ、のたうち回り始めた。

 そして朦朧した頭で、男たちに衣類のすべてをはぎ取られていくのを感じていた。上着を取られ、シャツを奪われ、ジーンズを脱がされ、そして靴下や靴、トランクスに至るすべてを略奪される。

 痛みに呻きながら、宗久は土の上で局部を隠す余裕もなく仰向けに寝ころぶ。

 一瞬の間に急変した現実に、まったく理解が出来なかった。

 ただそれでも理解できたのは、体中が痛いのと、土が冷たいのと――最後の私服を紛失したという喪失感だけだ。

 自嘲の笑みすらもう出なかった。人助けをしようとしたざまがこれだ。身体という最後の商売道具が傷つき、外に出るために必要な衣類すらすべて失せてしまった。

 ――ああ、ここが底辺か。

 涙が滲んできた。すべてを失った日から絶えず流し続け、いつの間にか溢れることのなかった涙が頬を伝い冷たい地面に吸い込まれていく。

 無様だ。愚かだ。なんて、バカなのだろう。救いようのない。本当に、救いようのない底辺の畜生だ。


「なんでこうなっちゃったんだろうなぁ……」


 自分はどこで間違えたのだろうか。

 ただ夢を追い、そこに全力を費やした。なりふり構わず目指した。

 だから、ダメだったのだろうか。

 やはり他の人々と同じく、同じように就職して、同じように働いて、同じような生き方をすべきだったのだろうか。

 俺はただ、この世界に生まれてきた意味を残したかっただけなのに。


「――なんでって、ダンナに力がなかったからじゃないの?」


 不意に寝ころんだ足元から、若い女の声が聞こえてきた。

 なんとか頭を起こし、声の下方向へ視線を向けた。

 そこには燃えるような真っ赤な髪をたなびかせる、ぞっとするほど美しい少女がいた。少女はしゃがんで、まるで地獄の業火を映す鏡のような瞳でこちらを見ていた。――可愛いのにずいぶんとイッちゃってる、良く言ってファンキーなコスプレ少女だなという言葉が脳裏をよぎった。

 年のころは、おそらく十六かそこら。さっき聞こえた声の感じから、たぶん成人はしていないだろうと思われる。

 そんな燃えるような美少女が、真っ裸で仰向けに倒れている宗久の股の間にしゃがみ込み、宗久の全身をじろじろと無遠慮に観察していた。

 少女の視線が、宗久の股間の間のところで一度止まり、ふーんと小さく呟いた。

 次の瞬間、考えるよりも早く、宗久は起き上がり、局部を隠しながら少女から離れる。痛みなんて一瞬で吹っ飛んでしまった。顔や一部に猛烈な勢いで血が巡り、真っ赤になって汗が噴き出してきた。

 そんな様子の宗久に、少女は紅蓮の瞳を大きくぱちくりさせた。その表情はまるで幼く、少女の力強い美貌には似つかわしくない、だからこそ余計に可愛らしく見えた。


「なっ、だっ、誰だよお前!」


 恥ずかしさのあまり宗久は叫んだ。

 そんな宗久を見て、少女はにたりと三日月に口元を開いた。


「へぇ、ダンナはあたしのこと知らないんだ。へぇ。それで王都にいるの? それも本拠地のスラムに? へぇ。最近はなかったからなんだか新鮮な反応だね。それに女を見てその反応…………一度も女で愉しんだこともなさそうだね。ダンナの年では考えられないほどの天然ものじゃん」

「なっ、なっ、なっ……!」


 嗜虐的な笑みを浮かべた、あけすけな少女の言葉に一気に血が上り、まともに言葉を発することもできなくなった。


「お、お、お前みたいなビッチとは違うんだよ! それに俺には夢があって、それを叶えるのが第一だったんだ!」


 たまらず声を荒げる宗久を見て、少女は嗜虐的にくすくすと笑った。


「そんなに怒らないでよ。あたしはむしろ褒めてんだからさ。ダンナは十分立派だよ、二つくらいの意味で」


 そう言ってまたあからさまな視線を、宗久が隠す股間に注ぐ。


「――――ッ!」


 羞恥、怒り、劣等感……様々な感情が渦を巻き、ついにまともに声を上げることもできなくなる。


「ディック、アーノルド」


 そんな宗久を置いて、少女は誰かの名前を呼んだ。


「ダンナにひとまず着せるものを与えてあげて。最低でも隠すもん隠さないとこの場からダンナ動けなさそうだし」


 言うなり、少女はすくっと立ち上がる。そのままさっさとどこかへ歩き始めた。


「お、おい……」


 思わず情けない声が漏れた。

 その声に少女は振り向き、年齢には似つかわしくない妖艶で嗜虐的、そして力強く快活な笑みを浮かべた。


「そんな捨てられる子犬みたいな声と顔をしないでよ――いじめたくなるでしょ?」


 言って、再び少女はどこかへ向けて歩き始めた。


「また後で会いましょう」


 そして手をひらひらと振りながら、路地裏の暗闇へと消えていった。


「いったいなんだってんだよ……」


 消えた少女の後ろ姿を追いながら、万感の想い込めて宗久は呟かざるを得なかった。

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