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経営失敗者による異世界ギルド創業記  作者: 灯月公夜
第一章 赤豹と聖女
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01.ホワイトクリスマスの夜


 天城宗久あまぎむねひさ、二十二歳、男。

 いつしか将来は起業を志し、大学は有名私大の経済学部に進学する。しかし、『バブルなんてものは存在しない』という伝統経済学に疑問感を覚え、大学に通う意義を失い、代わりに自らビジネス書諸々を読み漁り始める。

 バイトをしながら資金を貯め、二十歳の誕生日と共に役所に事業届を出し、起業。


『俺は絶対に成功者になって、望む未来を自分の手で掴みとってみせる』


 理想と情熱を溢れんばかりに抱えた青年は、意気揚々と役所を出ていった。

 それから二年間。宗久は遮二無二働いた。働いて働いて――そして会社は倒産した。

 後に残ったのは億の借金だけ。資金繰りに四苦八苦していた時に、両親を始め親戚一同、親しい友達に金を借りまくり、結果として近しい人たちの信用は地に落ちてしまった。

 もはや、誰も救いの手を差し伸べてくれる人はいない。

 トラックが一晩中通り抜ける小さなあばら家に住み、朝から晩まで肉体労働に勤しむ毎日。それでいて、一日に使える食費は五百円程度。


「おい、あれやってこい」

「……はい」


 人間らしい会話がなくなり、単純に労働力としてのみ使われる毎日。バイト先とバイト先を往復し、その合間に眠り、食事を取る。

 顔から表情が抜け落ち、生気が消え失せ、感情は摩耗してもはや何も感じることができなかった。


「さっきのイルミネーション綺麗だったね」


 ふと、次のバイト先へ向かう最中、楽しそうな女性の声が聞こえてきた。

 宗久は光の消えた瞳で、ふと声のした方を見やった。

 そこには自分と同い年くらいの大学生の女が、彼氏と思われるやはり同い年くらいの男と腕を組み、楽しそうに笑っていた。


「意外とすごかったな」

「ねー!」


 男も楽しそうに女を見ていた。

 そして、二人は意味もなくくすくすと笑い始めた。


「わたしお腹空いちゃった。どっか食べに行かない?」

「いい加減歩き疲れたしな。せっかくだし今日くらいは奢ってやるよ。なにせクリスマスだからな!」

「本当!? じゃあね、前々から気になってたお店があるんだけど――」


 そんな会話をしながら、二人は雑踏に飲まれて消えていった。

 そこではじめて宗久は、今日がクリスマスだったのだと知る。だが、何の感情も湧き上がって来ない。

 摩耗して欠如したまま、再び宗久は雑踏の中を歩き始めた。





『人に使われる時間給と実質変わらない正社員なんかごめんだ!』


 かつての自分の声が聞こえてきた。


『普通なんてつまらない。俺は何も考えずに、ただみんなが就職するからってだけで就職を選ぶ奴らとは違う。俺は俺にしかできないことをやって、この世界に軌跡を残してやるんだ!』

『うるせえな! 俺はお前らとは違うんだよ! お前らは一生、自分の時間を切り売りしていろよ! 俺は俺が望む人生を必ず手に入れてやる! カネも女も好きなだけ手にして、欲しいものを欲しい時に欲しいだけ買って、世界中を旅して世界遺産を回って、別荘で優雅なひと時を過ごすんだ!』


 ハハッ、夢見がちなバカがいたものだ。ほんと笑っちゃうよ。このバカ誰だよ? あ、俺か! マジウケるだろっ!


「ははは……」


 無機質な声を出してみる。なんとも思わなかった。なんとも、感じることができなかった。

 もはや、すべてにおいて何も感じることができなかった。

 情熱を感じることも、夢を語ることも、大金を得たいという欲望も、数多の美女を抱きまくるという野望も、もう何も感じられない。

 本当なら二十一歳になる前に年収で五千万を超えさせといて、超絶美人の彼女で童貞を捨てて、タワーマンションの一室でシャンパンを飲んでいた。そのはずだった。そんな、計画だった。

 なぜこんな風になっていたのだろか?

 答えは明白だ。バカだった。賢いと思いあがっていた。自分ならできると根拠もなく信じ切っていた。昔から好きだったマンガやラノベに出てくる主人公のように、必ず輝かしい未来を手に入れらると思っていたのだ。

 理想という名の妄想の世界に傾倒し、現実から剥離したところで生きてしまった。

 ふと視界に白い綿毛が見えた。

 足を止めて空を仰ぎ見る。白い雪がふわりふわりと降りて来ていた。


「ホワイトクリスマスだ!」


 周りのあちらこちらから、楽しそうな歓声が上がっている。けれど、宗久にはその楽しさを感じることができなかった。

 ただ冷たいとは感じられる。だからこそ、周りが幸せに包まれている中、まるで空白地帯にぽつねんと立っているような錯覚を覚えてしょうがなかった。


「はは……」


 自然と息が出てきた。

 宗久は視線を前に戻す。そしてそのまま、瞳に何も移さないまま、再び次のバイト先に向かって歩き始めた。



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