『魂の盃』
他にも連載を抱えてますが、どうしても書きたくなったので投下。
かぁなぁ~りの不定期更新です。気が向かないと書かないかもしれない、というレベル。
異世界×起業×内政×抗争×ハーレム×ビジネス×経済×国家×ファンタジー×バトル
などが主な構成要素になるかと。
あとは主人公はチートではありません。
どちらかというと現実敗北者が知恵と機転を武器に、チートな人たちと一緒にがんばる話になる予定。
まったりとお付き合いいただければ幸いです。
「さあ、ダンナ。あんたはこの盃、その腹ぁん中に収める気、本当にあるの?」
年齢にそぐわない覇気を滾らせる少女が、口元に壮絶な笑みを浮かべていた。
気圧されるような威圧感を放つ、圧倒的までに美しい少女だった。
年の頃は、おそらく十六か十七そこらと見受けられる。しかし、少女纏う空気が、貫録が、その幼い印象を一切合財薙ぎ払い、暴力的なまでに殲滅し尽くしている。
目も覚めるような、鮮やかに燃え盛るような赤い髪。そして同じく紅い、まるで地獄の業火を映し出しているかのような瞳。血色の良い瑞々しい肌は、触れたら火傷させることを予感させながらも思わず手を伸ばしそうになる。
四肢はしなやかでいて、強靭なまでにしたたかだ。大の男――それも明らかに暴力の世界で長年生きてきたであろう男たちを、まるで豹のように、それでいて鷹のように、スマートかつ軽やかに圧倒的な力を見せつけて滅却せしめた体術は、今でもしかとこの目に残っている。
はっきり言って、日本の女子高生では比べる土俵にも立てない。それどころか、世界の大半の女性が裸足で逃げ出したとしても可笑しくないだろう。
圧倒的な暴力的なまでの美を放ちながら、決して無視のできないむせ返るような血の匂いがした少女。
そんな少女が、俄然から凄惨なまでの笑みを浮かべて、その瞳にこちらを移していた。
その瞳を前に、数か月前まで日本で暮らしていた宗久は、ごくり、と堪らずにつばを飲み込んだ。
狭い小部屋の中では、ランタンの頼りない灯がちろりちろりと揺れている。
前にいた世界とは明らかに違う世界――剣と魔法の、魔獣や暴力が支配する異世界。
そんな異世界のとある大国の端、腐臭とゴミ溜めが漂う血と狂気と暴力が渦巻くスラム街の一角にある小さな一室に、日本から偶然にも迷い込んだ宗久はいた。
そして、ランタンのそのおぼろげな光が映し出す影は、少女と宗久を除いて四つ。
二つは少女の背後に彼女を守るかのように立ち、一人は背後のドアに外を警戒しながら立っている。
そして最後の一つは――床に転がり、もう二度と活動することはないのは明白だった。
「今見てくれたように、これは劇薬なのよね。九割九分九厘、痛みにのた打ち回り、糞尿を垂れ流し、血反吐を吐きながら体中を掻きむしり、精液をぶっ放しながら笑い転げて無様に死に晒す――そんな劇薬」
俄然に悠然と腰かける少女は笑みを浮かべて、机の上におかれた盃を見やる。
『魂の盃』
それが目の前におかれている盃の名称だ。
外見的には底はかなり浅く代わりにふちがかなり広い。色は黒く、しかしその黒さは漆黒というよりかは、もうむしろ闇と形容した方が良いほどの濃く深い。そしてその盃の中から、こんこんとわき出てくる乳白色の液体。その一切の透過のない液体は、さながらすべてを塗りつぶす暴力的な何かと形容した方がしっくりくる代物だった。
ちらりと、今しがた目の前で果てた男の亡骸を見やる。その死に様は、あまりに――あんまりだった。
眼下の骸は、少女の言うように絶叫を上げながらのた打ち回り、這いずり回り、滂沱の涙と鼻水と涎、そしてクソとションベンをまき散らし、かと思うと自分のイチモツを摩擦で爛れさせながら扱きあげ――笑いながら少女に「ありがとうございますっ!」と言って死んで逝ったのだ。それはもはや人としての尊厳すら死に失せていく光景だった。
「これは契約なんだよ、ダンナ」
少女の声に視線を戻すと、少女はやはり笑みを浮かべていた。
「あんたの持ち出した"商談"は、あたしらの組織の命運をかけた危険なものだ。確かに勝てばあたしらは『裏』じゃ怖いもんなしの存在になれる。美味しい話さ。――けどね。だからこそ、あんたはあたしらに命を張る姿を見せなくちゃならない。特に話しに乗れば、あんたに危険がまったく及ばないところで、あたしたちは組織をあげて全面戦争を行い、あたしら団員の命を使う必要が出てくる。そこにダンナの出る幕がないのは、わざわざあたしが指摘するまでもなくダンナならわかっているはずだ。――だからこそ、まずこの提案をあたしたちに飲ませたいなら、ダンナも命を張るところを見せて欲しいのよ」
少女はたおやかな指で、艶やかに『盃』の淵を撫でた。
戦慄が背筋を駆けあがり手足があり得ないほどに冷たく凍え、身体の内側から壊死していくような錯覚を覚える。
少女の瞳は最初から変わらず、こちらを射すくめ続けており、一切ぶれることはない。
「この『魂の盃』を介して行われた契約、盟約、誓約ってのは絶対に違えることのない、魂に刻み付ける宣言となるの。故に、ダンナが神に選ばれ微かな生への綱を確かに手繰り寄せることができるってんなら、あたしはあたしの存在をすべてダンナに差し出し、約定を履行することは必定。――これは、そーいったモノよ」
「…………ああ」自分のものとは思えないほど掠れた声が漏れた。「すべて、わかっているさ」
そう言うと眼前の少女は、まるで少女のように笑った。
「なら問題はないね」
そして、少女は『魂の盃』を差し出して来て。
「さあ、選んで頂戴。これを飲み干すのか、それともここで退くのか」
生命の息吹が死滅した大地のようなのど元を、スズメの涙ほどの唾が流れ落ちた。
少女は言った。『飲むか、それとも諦めるのか』と。そして『諦め』を選ぶということは、日本で始めたビジネスが大失敗し、何の因果か異世界に迷い込んで自暴自棄になっていた自分を立ち直らせてくれた彼女を諦めるということでもある。
一度は死んだ魂だ。それが彼女によって、救済を得た。ならばこそ、この全身全霊を持ちこの魂を賭してでもこの契約は成約させなければならない。
これは自己満足で、自己中心的で、欺瞞で、偽善で、傲慢な独りよがりだ。
何故なら彼女は救いを求めておらず、平然と笑っていた。
『これも人生よねー。まあ、わたしは死ぬその寸前まで笑って謳歌してから逝くから、そんなに哀しそうな顔しないでよ」
元気でね、と彼女は笑っていた。ひらひらと手を振り、性奴隷以下の扱いしかされない、魔獣への供物として連行されて行ったのだ。
スラム街の聖女という、揶揄と親愛を一身に集めていた彼女は、他のスラムの女性たちと一緒に魔獣の進行を一時的にでも押し留める役割を国に押し付けられてしまった。
そんな彼女を、他でもない彼女にぶん殴られて無力にも見送ることしかできなかった。
彼女は最後まで平然と笑っていた。楽しそうに、綺麗なまでに純真可憐に、ある意味死よりも恐ろしい現実を前にして、一切の悲壮を漂わせることなく。
だから、これは自分のエゴだ。
自分は自分のために、彼女をこの手中に収めるべく、これから命を賭ける。
そしてもう二度と彼女を手放さないだけの暴力と経済力を得るだ。もう二度と魔獣にも、ましてや国家に屈することのない力を手に入れるのだ。
ふっ、と肩から力が抜けた。そして、いっそ清々しい気持ちで『魂の盃』を見つめることが出来た。
「いただくよ」
そして、何の気負いもなく――日本から異世界に迷い込んでしまった天城宗久は、盃を満たす乳白色の液体を飲み干したのだ。