1-4
1-4
次の日の朝、ルーチェは達は昨日屋台が立ち並んでいた広場にいた。ルーチェの隣には、アーディンを抱えたアイリーがいたし、サーシャは露出度の高い踊り子の衣装を身にまとっていた。
広場は昨日のような人出はなかったが、親子連れの観光客や体操をしている老人の集団などがいて、なかなかの賑わいを見せていた。
「ラーデンの人たちは、昼間暑すぎて家の中にいるからな。狙い目は朝か夕方だ」
おひねりの器を置いたり、ゴミを取り除いたりして会場作りをしながら、サイラスが言った。
「ひと踊りしてから、シャワーを浴びて昼寝したいわ」
サーシャは準備体操をしていた。
「ルーチェ、大丈夫?準備できた?」
音色の最終確認をしながら、アイリーは心配そうにルーチェを見た。
「大丈夫だよ、ばっちり」
ルーチェは笑顔で答えた。
「いくわよ」
アイリーはサーシャを見た。
サーシャは大きくうなずいた。
アイリーはひとつ深呼吸をすると、最初の1音を弾いた。
それを合図に、サーシャは身体をくねらせた。時に激しく、時に優しくゆるやかに。音楽のまま、感情のままに手足をくねらせる。
ルーチェも負けじと、アイリーについていく。
まだまだ母のつむぎ出す音に付いて行くだけで精一杯だった。それでも、この時は楽しく、この時は静かにゆったりとだとか、少しくらいは感情を込めることができた。
サーシャの情熱的なダンスが終わると、今度はサイラスが舞台に立った。
サイラスの合図で、アイリーとルーチェは大きな流れのような曲を奏ではじめた。それをサイラスは朗々と唄い上げた。
1曲終わるごとに、見物客の輪は幾重にも重なっていった。今回予定していた曲を全て弾き終える頃には、人混みに囲まれて周りが見えなくなっていた。
「本日は我々の演奏や踊りを観に来ていただき、ありがとうございました」
サイラスは礼を言うと、周りから拍手がわき起こった。
ミロンドやオーレン達は、袋をもって歩き回っていた。あれにおひねりを入れるのだ。ルーチェは知っている。たくさんもらえれば、それだけ自分たちの旅は楽になる。たくさんもらうためには、人に立ち止まって聴いてもらえるような演奏をしなくてはいけない。このことはアイリーからいつも強く言われていた。
「今回は結構いい額になっているかもね」
後片付けをしながら、サーシャがほくそ笑んだ。
「意外にも人が集まっていたわね」
アイリーも嬉しそうだ。
「今日はこれで、パァーッと飲みに行こうぜ」
「あなた!!」
サイラスがはしゃぐと、ルネがたしなめた。
「ねぇ、あのさぁ、俺達ハサナンから来たんだけど、そこで楽器弾いてたおねえさん、気に入っちゃったんだよね」
いきなり、男が3人、輪の中に入り込んできた。
ハサナンと言う言葉を聞いた瞬間、周りに緊張の糸が走った。
「何のようですか」
ミロンドがアイリーをかばうようにして立った。
「分からない?これだからなぁ、ノマドの連中は。そこの楽器弾いてたおねえちゃんと楽しいこと、したいの」
ミロンドとそう変わらない身長の男が、ニヤニヤとしたバカにしたような笑いを向けた。
指名されたアイリーは、血の気の引いた顔でがたがたと震えていた。そんなアイリーを2人の男が取り囲む。
ただならぬ雰囲気に、ルーチェは立ち尽くすことしかできなかった。
「ねえ、旅行者さんたち。お楽しみなら私としない?」
サーシャが猫なで声で誘った。
「おねえさんもセクシーだけど、俺達このおねえさんとやるって決めたから、悪いね」
男たちは見向きもしなかった。
サーシャはそんな男たちの後ろ姿をキッと睨みつける。
「さっ、行こうぜ」
アイリーは2人の男に両脇をはさまれ、奥の防風林へと歩き出した。
「いいねぇ、その青い顔」
リーダーらしき男がアイリーの顎を指でつまんで、舌なめずりをする。
思わずアイリーが顔を背けようと抵抗すると、男はアイリーの顔を平手打ちにした。
「母さんに、何をするんだよ!」
たまらず、ルーチェは駆け出し、男に飛びついた。
と思った瞬間、激痛が稲妻のように走り、世界が回った。
「ノマドのガキが」
ルーチェは前髪をつかまれ、首から上だけ起こされた。
男は舌打ちすると、ルーチェの顔につばを飛ばした。
「どう?このガキに母親がイイコトされているところを見せてやろうか?」
アイリーの脇を持っていた男が言った。
リーダーの男は一瞬目を輝かせたが、ミロンドやサイラスが剣の柄を握り締めているのをちらりと見ると、
「さっさと行けや、クソガキが!!」
男は吐き捨てるように言うと、ルーチェを投げ飛ばした。
「ルーチェ!」
みんなが口々にルーチェの名を呼びながら駆け寄ってきた。
ルーチェは全身に痛みを感じていた。
だが、それ以上に大切なものが音を立てて崩れ去っていくような心の痛みのほうが強かった。ここは南国ラーデンで、もうすぐ正午だ。とても暑い時間帯なはずなのに、体の内側から湧き上がってくるような寒気が止まらなかった。
男たちがアイリーを連れ去った後、誰も何も言わなかった。ルネとサーシャが無言で傷の手当をしてくれた。幸い骨は折れていなさそうだが、今はそんなことなど関係がなかった。
あの3人組、アーディンを弾くルーチェの視線の片隅にいた。音楽を聴くわけでもなく、踊りを見るわけでもなく、自分たちの事を指さしながら笑っていた。ちょっと嫌な感じがしたのを覚えている。
「ごめんなさい、ミロンドさん。私がラーデンに行きたいって、言わなければ……!」
ルーチェの傷を手当をしている途中で、サーシャは両手で顔をおおった。
肩が震えている。泣いているのだろうか。ルーチェはそんなサーシャをじっと見ていた。
「そんなこと、関係ないよ。もし、リーベに居続けたとしても、吹雪で遭難したというのもあるだろ。その時はラーデンに行けば良かったと後悔するよ。いくら後悔しても、いくら責めても、起きてしまったことは元に戻せないんだ」
ミロンドはアイリーが消えていった防風林のほうを見つめていた。