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プラティズ レコード  作者: 荒屋敷ハコ
第一章 ~ルーチェ~
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 宿に戻りシャワーを浴びると、もう後は眠るしかなくなった。

 相変わらず窓の外では提灯が煌々と輝き、人の波は耐えることなく流れていった。

「そろそろ寝なさい」

「うん、もうちょっと」

 アイリーが声をかけても、ルーチェは窓から離れることはなかった。

 何か物を一生懸命売っている女の人、酔って人に絡んでいる老人……。ずっと眺めていても飽きが来ない。

「ルーチェ!」

 しびれを切らしたアイリーが、ルーチェのそばに歩み寄った。

「ねぇ、今日母さんと寝ていい?」

 母の口が開く前に、ルーチェはアイリーに抱きついた。

「ルーチェ、あなたもう9歳でしょ」

 アイリーは呆れたように言った。

「だって、母さんっと寝るのが良いんだもん」

「ルーチェは寝相悪いから。いつも蹴られるのよ」

 ぶつぶつとつぶやく母の表情は、ほんの少しだけ嬉しそうだ。

「やった。決まり!!」

 ルーチェはそう言うと、寝る準備をするために立ち上がった。

『コンコン』

 ドアをノックする音が聞こえた。

「誰だろう?」

 ルーチェはドアの方を見て、首を傾げた。

 武器の手入れをしていたミロンドが立ち上がり、ドアを開けた。

「ミロンドおじさん」

 フェルセだった。

 フェルセは寝間着姿で立っていた。足には何も履いていない。

「どうした?」

「今日、こっちで寝ていい?」

 ソルシェの声は震えていた。

「ルネか?」

 ミロンドの問いかけに、フェルセは小さくうなずいた。

「良いよ。入っておいで」

 ミロンドはフェルセを招き入れると、ドアを閉めた。

 ありがとうとフェルセは消え入りそうな声で礼を言うと、部屋の中に入った。

「フェルセ、大丈夫?」

 ルーチェは駆け寄った。

「ありがとう。いつものことだから」

 細く、切れ長な瞳は涙で潤んでいた。

「まったく、困っちゃうわね。ルネには。もう、大丈夫よ」

 アイリーはフェルセを優しく抱きしめた。

 フェルセはアイリーに顔をうずめた。母親を独り占めにしたかったルーチェはほんの少し妬いたが、友人のことを考えると仕方がないと諦めた。

「フェルセ、今日はルーチェと寝なさいな」

 フェルセが落ち着きを取り戻した頃、アイリーが言った。

「ありがとう」

 フェルセは礼を言った。

「ということで、フェルセ。今日はソルシェと寝るのよ」

 アイリーは顔を上げてルーチェに告げた。

「分かった」

 母親と一緒に寝られないのは寂しいけど、フェルセとならばいい。

「フェルセ、寝ようか」

 ルーチェは自分のベッドへソルシェを誘った。

「うん」

 フェルセは小さく返事すると、ルーチェと同じベッドに入った。

「母さんは、ぼくを畏れているんだ」

 ベッドに入って一息ついた後、フェルセが言った。

「それはやっぱり、君がサピドゥル様の子だから?」

「そう」

 フェルセは短く答えた。

 フェルセの母、ルネはオーレンを産んでしばらくたった頃、サピドゥル様と結ばれた。

 サピドゥル様とは、この世界にいる9人の『神』と呼ばれる者達の一人だった。火・風・水・地の一般魔法を管理していて、知恵の象徴とされている。

『昼寝をしていたらサピドゥル様が現れて、宮殿へ行ってきた』

 当時、ルネの言葉を信じる人は誰もいなかった。夢を見ていたんじゃないかと、皆が笑って言った。

 しかし、ルネの妊娠が分かり生まれてきた子を見て、誰もがルネの話を信じるようになった。子どもの顔はプラティ族よりもサピドゥル人に似ていたし、何よりもその魔法の力はとてつもなく強かったからだ。

「母さんは兄さんのような普通の子どもは好きだけど、僕のような少し変わった子どもは嫌いなんだ」

 フェルセの声は寂しそうだ。

「僕はフェルセが大好きだよ。いろんなことを知っているし、僕が慌てても、フェルセはちゃんと見ていてくれて、話してくれるんだもん。すごく頼りになるよ」

「そうかな。ぼくはとても普通なことをしていると思うんだ。でも、ありがとう、ルーチェ。ぼくにとって大切な友だちだよ」

 フェルセの表情は暗くて良く分からなかったけど、その口調はとても嬉しそうだった。

「10歳になったら、修行へ行くの?」

 ルーチェが訊いた。

『子どもが10歳になったら、こっちによこしてくれ』

 サピドゥル様は、ルネにそう告げたという。

「行くよ。ちょっと楽しみなんだ。もっと強い魔法を使いたいし。それに、サピドゥル様ってどんなお方なのか、どんな宮殿に住んでいるか、この目で確かめたいもの」

 サピドゥル様が描かれている絵は、裁判所や図書館、大学などに飾られている。

 絵で描かれるサピドゥル様は老爺だが、ルネが見たサピドゥル様は若い男の姿だったという。

『あの絵を若返らせた感じ。格好良かったわ』

 サピドゥル様の絵を見て、ルネが言っていた。

 しかし、ルーチェにはどうしても想像がつかなかった。

「いいなぁ、僕も見てみたいよ。それに、フェルセがいない間はすっごく寂しくなるよ」

「18歳になったら、帰ってくるよ。また一緒に旅をすればいいじゃないか」

 ふてくされる友人を、フェルセがなだめた。

「18歳か……。それまでにもっともっと、アーディンが上手に弾けるよう、練習しておくよ」

 修行から戻ってきたフェルセに笑われないよう、頑張らなければ。

「きっと大丈夫だよ。ルーチェは良い弾き手になるよ」

 お互い頑張ろう。

 そう言い合うと、なんだか本当にできる気がしてきた。


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