1-2
1-2
肉が焼ける匂い、魚をあげる匂い、香辛料の匂い、それらの匂いが一体となってルーチェの胃袋を刺激した。
広場の周りにはありとあらゆる屋台が所狭しと並んでいた。屋台はみな、木と布で簡単に組み立てられるようなものばかりだ。屋台売りの人たちは夕暮れ時になると屋台を組み立て、料理を作り客を待った。
広場の何ヶ所かで、先に来ていたプラティ族の人々が演奏したり、踊っていた。人気の演奏家や踊り手の周りには、人の輪が何重にもできていた。
「明日からやるからな。今日はたくさん食べて準備しておこうぜ」
サイラスがあちこちの屋台をキョロキョロしながら言った。
「ルーチェ、人が増えてきて危ないから肩車するよ」
ルーチェはうなずくと、父の肩に乗った。
「よく見える。提灯が近いよ」
ルーチェの足元で川の流れのように人が歩いていた。
木の枝と枝の間にロープを渡して吊り下げた提灯にも手が届きそうだ。
「提灯には触るなよ」
「うん、分かってるって」
ミロンドの注意にルーチェは答えた。
炒め麺、串焼き肉、揚げ魚、貝焼きなど、買えるだけ買って広場中央にある休憩所の椅子に座った頃には、すでに辺りは夜の闇に包まれていた。提灯の柔らかい光が照らしてくれたおかげで夜でも外で食べることができた。
「いただきます」
早速ルーチェは鳥の串焼きを頬張った。
肉は柔らかいけれどもぷりぷりとした弾力があった。噛むと表面にふった塩が肉のうま味を引き出してくれてとてもおいしかった。
「ルーチェが食べている肉、おいしそうだな」
貝焼きを食べていたミロンドが羨ましそうに見ていた。
「うん、すごくおいしいよ」
ルーチェは笑顔で答えた。
「あとで買ってくればいいのよ」
炒め麺を食べていたアイリーが笑って言った。
「そうだな。これ食べたら買ってくるか」
そう言ってミロンドは貝焼きを食べた。
「お、お前ら来てたのか」
見上げるとファウダがいた。
「ファウダ、また会っちまったのか」
エールを飲みながら、サイラスが言った。
「またとは何だよ。今回は初めてじゃないか」
「夏至祭であった時の印象が強くてな。またって感じなんだよ」
サイラスがアハハと笑った。
「最近の様子はどうだい?もらえてるか?」
ミロンドが訊いた。
「まぁ、相変わらずだな。ぼちぼちってとこ」
ファウダはテーブルに寄りかかった。
「ぼちぼちかぁ。ラーデンはそんなにお得じゃないんだよね」
サーシャは腕を組んだ。
「それはそうと。最近ガラの悪いハサナン人がいるみてぇだからな。気をつけろよ」
「ハサナン人か。絡まれたら終わりだな。タチ悪いよな」
ミロンドがため息を付いた。
「遭わねぇことを祈るだけしかないけどね。一応注意ってことで」
ファウダは目の前にあった小魚の唐揚げをばりばりと食べた。
「わざわざありがとうよ。族長さん」
ミロンドがニヤリと笑った。
「あー、だからおめーに言われると皮肉にしか聞こえないの。わざと言いやがって」
ファウダがブツブツ言う。
「んで?ファウダはこれからどうするの?まだラーデンにいるの?」
「明日からミンサルに出発する」
「ミンサルか。危険だな……」
ミロンドが顔を上げてファウダを見た。
ミンサル人とハサナン人はプラティ族が嫌いだということをルーチェは知っていた。
「チュニ族の族長が病気でやばいんだとよ。ルンカ族から薬をもらってきたから、渡しに行かねぇとな」
「……気をつけろよ」
「おう、ありがとうよ」
ファウダは立ち上がった。
「ファウダおじさん」
ルーチェが顔を上げた。
「んん?なんだい?」
ファウダが振り返ってルーチェを見た。
「……セレンは、元気?」
「ああ、毎日うるさいくらいだよ。何か?」
「元気かなぁと、思って」
「あいつは殺しても死なねぇよ」
ファウダがふふんと笑った。
「そうだね。ありがとう」
ルーチェはペコリとお辞儀した。
「じゃあ、またな」
ファウダは手を振ると、人混みの中へと消えていった。
「ハサナン人か。なんか嫌よね」
エビのスープをかき混ぜながら、ルネがぽつりと言った。
「何も抵抗しちゃ駄目なんでしょ」
サーシャが顔を上げる。
「ああ。何をされても、な」
ミロンドがそれに答えた。
ハサナン人の一言だけで、場の雰囲気がとても重いとルーチェは感じた。
「もうやめようぜ、こういう話。抵抗しちゃ駄目だっていうのは理不尽だけどよ。会ってもないのに考えて暗くなるのは良くないよ」
サイラスが軽くテーブルを叩いた。
「それもそうね。せっかくのご飯がまずくなるわね」
ルネがうなずいた。