表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人のシルシ  作者: 森林
2/2

冬桜


 彼女は死神に勝った。

 しかしそれは一時的なもので、次にこのようなことがあれば、命はないと言う。

 それでも彼女は集中治療室から出て、一般の病室に戻っていた。

 

 死神に勝った代償は視力だった。

 彼女はもう何も見ることが出来ない。

 それでも彼女は気丈に振舞っていた。

「ねえ、桜はまだ咲いていないのかしら?」

 彼女は冗談と諦め交じりでそう言った。

「あともうちょっとだから、頑張ろうよ」

 僕は彼女の手を取り、温もりを与える。

 すると彼女も少し安心したような吐息を吐く。


 それからほどなくして、最悪の事態が起こった。

 死神がまたやってきたのだ。

 詩織の主治医はもうダメだと言った。

 ここで安らかに眠ってもらうしかないと。

 僕は混乱する頭で考え、そして僕にできることを探した。

 すると昏睡状態の彼女の口から「……さくら」とこぼれた。


 僕は彼女を抱きかかえ、病院を出た。

 主治医も誰も僕を止めることはしなかった。


 雪が降っていた。

 僕は街灯がある道ではなく、光も何もない路地裏を走った。こっちが近道なのだ。

 何度も雪に足を取られながらも、詩織を落とさないように離さないように大事に、必死に抱いて走った。


 そして僕は桜の前に辿りついた。

「詩織っ、詩織、着いたよ。桜の前だ」

 詩織はかろうじて頭を上げ桜の場所を探した。

 僕は彼女の顔を桜の方に向けた。

「ねえ、桜は綺麗に咲いてる? さっきから……私の身体に…………何かパラパラと当たってるんだけど……」

「ああ、満開だよ。とっても綺麗だ。わかるだろ」

 彼女は目を閉じて

「ええ、わかるわ。……とっても綺麗ね」

 僕の目からは涙か雪がポロポロと落ちていく。

「うぇ……ぅ……あぁ」

「泣い……てるの?」

 詩織はそっと僕の顔を撫でる。

「泣くことないよ。……私とはここで…………お別れかもしれない。でも私は桜の木になるの。……そして冬樹くんをずっと見守ってるわ……覚えてる? 昔、『この木はわたしみたい』って……言ったこと」

「もっ……もちろん、覚えて……いるよ」

 声はかすれかすれで、それでも詩織に返事をかえす。

「だから、泣かないで……私はいつも…………いつでも……そばにいるから、ここにいるから」

「ん……うぁ…………う」

 もう涙で彼女が見えない。

 それでも彼女の瞳が僕を見つめていることがわかった。

「二十八年間、言えなかっ……たことを、いうね

 ――好き、愛してる」

「ぼっ……僕も詩織のっ……ことがっ……好きだ!」

「…………うれしい。ねえ、この木に……私……たちが、愛し合った……シルシを残さない?」

「……そうだね」

 僕は彼女に車のカギを持たせ、手を重ねる。

 

 木にしるした二つの名前。

 

     冬樹 

     詩織


「これで……私たち、ずっと……一緒ね。

 昔も、今も……未来も…………」

「詩織っ、しっかりしろっ、詩織っ」

 彼女の目がそっと閉じられていく。

「私、あなたがいてくれて、幸せだった

 ありがとう、私を見守ってくれて……

 今度は私が見守る番。…………だから安心……して……

 また……ね…………」

 詩織の中から生気が失われていく。

 天に昇っていくのがわかった。

 僕は必死で天に手を伸ばすが、その手がなにかを掴むことはなかった。




 その桜には二つの名前が刻まれていた。

 それは永遠のシルシ。

 二人の愛のシルシ。

 

お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ