春夏秋
「ねえ、この木はわたしみたい。高さや細いところがさ」
小学一年生の時、地域ボランティアの一環で河原の上に桜の木を植えたことがあった。
詩織は昔から体が弱く休みがちだったがこの日だけはムリして学校に出てきていた。
「冬樹くん、いつか大きくなったら、一緒にこの桜、見に来ようね」
「うん」
僕たちはいつまでも一緒にいられる。当時の僕はそう思ってたし、そうあるように努力していた。
しかし高校生になった年の五月。
詩織は倒れ、そして、退学した。
それから月日は流れ、僕たちは二十七歳になっていた。
詩織はまだ、退院していない。
そしてある冬の日、彼女の余命はあと一年と宣告された。
春
余命宣告を受けた詩織はそれを知っていたかのように、驚きや嘆きを見せることはなかった。
ただそれが僕には強がりだということはわかっていた。
それに今の彼女は余命宣告をされているとは思えないほど体調が優れていた。
だから僕はあの約束を果たすことにした。
「ねえ、詩織。一緒に桜を見に行こうよ」
詩織は少し難しそうな顔をしたが、それでもすぐに微笑み、頭を縦に振った。
外出の申請は思いのほかあっさりと済んでしまう。
これは残り少ない人生だから、最後ぐらいは自由にさせてあげたいという病院の心遣いがあったのかもしれない。
僕は彼女の車椅子を押し、春風が桜と舞う河原へと向かう。
「風が気持ちいい」
彼女は素直にそう言った。
「そうだね、ここら辺も変わっただろ?」
「うん、そうだね。昔とはだいぶ違う」
彼女は少し戸惑っていたが、この辺は最近都市開発が盛んだった。
「着いたよ」
目の前にそびえるのは一本のがっしりとした桜の木。
その桜はピンクを身体中にまとい、踊るようになびいていた。
「大きいね」
彼女は今と昔の桜を比べているようだった。
「ねえ、もっと近づいてみたい」
僕は無言で頷き、彼女をお姫様抱っこし、桜の前まで歩く。
木の下に着くと彼女はおもむろに木に触れる。
「温かい。生きてるんだね」
『私とは違う』そんなニュアンスがその言葉に含まれているような気がした。
「詩織だって生きてる」
僕が言えるのはそれだけだった。
「来年もまたここに来ようよ、再来年も、もっと未来も」
彼女は一拍の間を置き「うん」と頷いた。
夏
彼女の容体にはそれほどの変化は見られなかったが、ただでさえ細い身体がさらに細くなっていて、僕はふと植えたばかりの桜の木を思い出した。
「今年の夏も暑そうだね」
「そうだね」
僕は彼女の話題に頷いたり、話したりすることしか出来ない。
僕は彼女を救うことは出来ない。
その不甲斐なさが僕を襲い、自分自身が嫌いになりそうだった。
秋
彼女の容体が一気に悪化した。
これでは一年持つかもわからないと言う。
彼女は集中治療室で自分を殺しにくる死神と闘っている。
そして僕は、詩織が勝つと見守り、願うことしか出来ない。
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