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妃候補

 その日の夜。センデレスと王は、昨晩まで舞踏会が開かれていた広間で、ガラスの靴の持ち主が現れるのを待っていた。

「お連れしました」

 しばらくして、従者に連れられて三人の娘が現れた。

「三人も居たのか」

「はい。条件が、あのガラスの靴が合う娘、ということでしたので」

「やはり現実はおとぎ話のようにはいかないのだな……」

 王は心底がっかりした様子を見せた。一国の王といえども、中身は夢見る少年である。

「間違いなく、あの靴は私のものですわ!」

「いいえ、私のものです」

 従者の後ろで、金髪の娘と赤い髪の娘が小声で言い争っていた。もう一人の娘は、二人のけんかをじっと眺めていた。

(あんた達、昨日靴履いてたじゃない)

 シャミューは心の中で呟き、込み上がってくる笑いをこらえた。

 広間の隅にごていねいに一足置かれていたガラスの靴は、足が疲れたシャミューが脱ぎ捨てたものだった。人間の舞踏会に参加するときのドレスは裾が長いので、足元なんか見えないと考えたのである。

 しかし、すぐに名乗りを上げてしまうと正妻になることが確定するので、しばらくの間は「ガラスの靴が合う娘の一人」として城で過ごすことにしたのだ。

(それに、せっかく見つけた獲物はお持ち帰りしなきゃ)

「シャミュー殿」

「は、はい」

 突然王に声をかけられ、慌てて返事をする。

「お父上は元気かね?」

「ええ、特に変わりはありませんが……。陛下は、私の父をご存じなのですか?」

「ああ。王位を継ぐための勉強の一環で旅をしていたころ、君の父上に剣の相手をしてもらって、仲良くなった」

「そうだったのですか」

「猫人とは実に賢くおもしろい種族だ」

「実にもったいないお言葉です」

 王と楽しそうに会話をするシャミューを見て、他の二人の娘達は動揺の色を浮かべた。

「本当は、君を次期王の妃に、と言いたいところだが、ガラスの靴が合う娘を正妻候補にするといった以上約束は守る。それに、この靴の本当の持ち主が誰なのかは、まだ分からないからな」

「そ、そうですわ」

「この靴の持ち主……いえ、殿下の正妻にふさわしいのはわたくしだということを証明して差し上げます!」

「はっはっは。元気があって結構。センデレス、気に入った娘は居たかね?」

「……今の私には判断しかねます」

 センデレスは出来る限り当たり障りのない言葉を選んで答えた。

「見ての通り生真面目な息子でな」

「そういうところも素敵です!」

(おそらく、あのガラスの靴は、猫人の娘のものなのだろうな)

 先ほどから不気味な笑み(センデレスにはそう見えた)を浮かべている猫人の娘をちらりと見て、確信した。

(なぜ主張しないのかは謎だが)

「では、センデレスが一週間以内に正妻を選べない場合」

 王は厳かな声で言った。

「そなた達三人を娶らせることとしよう」

「まあ!」

「光栄ですわ!」

「みんな仲良くハーレムってわけですね」

「父上!」

「どうした。不満があるなら言ってみなさい」

 穏やかだが、有無を言わせない父の口調に何も言い返せない。

「……わかりました」


 シャミュー以外に条件に当てはまっていたのは、舞踏会のときから積極的にアタックしてきていた二人の娘達だった。金髪の娘はエラ、赤い髪の娘はスターシャという名前だった。

「殿下、いい天気ですね」

 庭で剣のけいこをしていると、エラが話しかけてきた。

「ああ。……その、センデレスでいい」

「そんな! 恐れ多くてそんなこと」

「親しくなるために、私たちはこうして一緒に過ごしているのだろう?」

(友人からでもいいのだ。動機はどうであれ、彼女達は私のためにわざわざ来てくれたのだから)

『周りの気持ちも考えず、意固地になってる男なんて』

 シャミューに言われた言葉をきっかけに、センデレスは、なるべく相手に興味を持つように努力した。

「まあ、光栄ですわ。センデレス様」

 いつの間にかエラのそばに来ていたスターシャが言った。

「ちょっとあなた! センデレス様はわたくしに名前で呼ぶことを許可なさったのですよ!」

「いや、いいんだ。後でスターシャ嬢にも同じことを言うつもりだったから」

「やっぱり、お優しい方なのですね」

「そうよ。お優しいから本当はあなたのことなんか眼中になくても、気を遣っていらっしゃるのです」

「まあ、何ですって? いったいその自信はどこからくるのかしら」

「けんかはよくない。その、すまないが、私は稽古に戻る。居たければ、そこに居てもかまわない」

 エラとスターシャは歓声をあげた。

(とても集中できる状況じゃないな)

 相手に興味を持つように努めることにしたものの、この状況があと何日も続くことを考えると気が重かった。さらに、一週間以内に決められない場合は、三人とも妻にすることになる。

(三人の中で一番ましなのはシャミューだが……)

 彼女は妃という立場を望んでいないようだった。いや、彼女の場合はこちらが求婚すれば猫人族の長の娘として受け入れるだろう。

(やはり、割り切れる強さがないのは私だけか)

「ごきげんよう、センデレス……じゃない、殿下」

 ちょうど、シャミューがセンデレスの背後にある木の上から声をかけてきた。

「センデレスで構わない。……木の上なんかに座ってどうした? テーブルならあそこにあるぞ」

「猫人はここのほうが落ち着くのよ」

 シャミューはいたずらっぽく笑った。ちょうどそのとき、荷物を持ったフェーリが庭を横切って行くのが見えた。

「君は変わっている」

「そうかしら?」

「まるで、あのメイドのようだ」

「あの人は、あなたの付き人なの?」

「そうだ。付き人であり、友人だ」

「友人ねえ。女性としては見てない? なかなか可愛い方じゃない?」

「女性として……」

「つまりね、あんたあんなにたくさんの女の子から言い寄られても全然なびかないから、もしかして私みたいに他に好きな人がいて、それがあのメイドさんなのかなって」

「それは」

 言いかけたとき、エラとスターシャが全速力でかけてきた。

「ちょっと! 猫娘の分際で抜け駆けなんて許しませんわよ!」

「そうよ! 王様と親しげに話したり、調子に乗るんじゃないわよ!」

「おっと、悪気はなかったの。ごめんなさいね。じゃ、ごゆっくり!」

 シャミューはそう言ってにっこり笑うと、木から飛び降り、林の中へかけていった。


「ごきげんよう」

「……あなたは」

「パーティーのときはごめんなさい。やっぱり人違いだったみたい」

「いえ、お気になさらず。センデレス王子のお妃候補になられたシャミュー様ですね?」

「そうよ。おもしろい話があるんだけど、聞きたい?」

「……」

 フェーリは微笑を浮かべながら、何も答えなかった。

「あのガラスの靴は猫人族の秘宝なの。もし、あたしがあれを作った職人をここに呼び出して、さらにパパに一筆書いてもらって、あの靴があたしのだってことを証明したらどうする?」

「もちろん、祝福します」

「そう……。ま、やらないけどね」

「どうしてです? 王子もシャミュー様には心を開かれているようですが」

「そうかしら? 正直、迷ってるのよねー。あんまりタイプじゃないっていうか」

「きっと、もっと長いこと一緒にお過ごしになれば、良さをお分かりいただけるかと思います。お茶を持ってこさせますので、少々お待ちください」

 フェーリはそう言って、近くのテーブルにシャミューを案内し、いそいそと支度をしに向かった。

(やっぱりあたしのこと避けてる……)

 さっきまで居た方向からの風にのって、王子に詰め寄る二人の女と、それに困り果てる王子のやり取りが聞こえてきた。

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