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女達と猫耳娘

 翌日も、センデレスは仕方なく娘達と踊ったり話したりした。

 センデレスが用を足し終えて廊下に出ると、金髪の髪を高い位置で結いあげた娘が、押し倒しそうな勢いで抱きついてきた。

「殿下ぁ~~~!」

「あの、すまない。ホールに戻りたいのだが」

「また照れちゃって~。少しだけならいいではないですか~」

 センデレスの顔を見れば照れてなどいないことは一目瞭然なのだが、娘の目には現実は見えていないようだった。

(昨日、会ったかもしれない)

 冷めた頭に、何人もの娘の顔が浮かんだ。

「ちょっとあなた! どこのどなたか存じませんが、殿下がお困りのようですよ」

 センデレスが金髪の娘を振り切ろうと躍起になっていると、鋭い声が聞こえた。振り向くと、赤い髪にピンク色のリボンをつけた娘が近付いてくるところだった。

「あら、殿下は奥ゆかしいお方だから、これくらい積極的にお近づきになったほうがよろしいかと。今時の乙女は幸せは自分でつかみ取らなくては」

「積極的なのと、下品なのは違うと思いますけど」

「な、何ですって? 私が下品だと言いたいのですか? それにあなたこそ、どうして男性用のお手洗いの周りをうろついているのです?」

「それは、お城は広いから、迷っていたのですわ!」

 センデレスは、これ幸いと言い争いをする二人の間をすり抜けて駈け出した。

「お待ちになって!」

「殿下は、品の良い女がお好みなのですよね!」

「すまない! 幸せになりたければ他を当たってくれ!!」

 センデレスは、後ろを振り返らずに叫んだ。

(幸せは自分でつかむ、か。これだけ王子である私と結ばれることにこだわっているくせに)

 心の中で呟いて、冷笑を浮かべた。ところが、広間に続く廊下の曲がり角にも数人の女達が黄色い声を上げながら待ち伏せしていた。


「殿下~!」

「センデレス王子~!」

「ちょっと、あの冷たい笑顔、素敵!」

「ひきつった顔も可愛いわ~」

 センデレスは、観念したように立ち止った。

「……はあ」

 溜息をつくと、乙女達はまた歓声を上げた。

「ちょっと、あんた達!」

 歓声を大きな声が遮った。

「こんなむすっとした男のどこがいいのよ?」

 声を上げたのは、短い銀髪で、アーモンド型の青い目が印象的な娘だった。頭には、人間のものとは違う耳が生えている。

「何よあなた? ああ、獣人に人間の王子の良さが分かるわけないものね。お城で飼ってもらえたらいいわね」

 女達はクスクスと笑った。

「ふん、どうせあたしは小さな村から出てきた獣人よ。人間のよさなんか分からない。でも、王子とあんた達のためにひとこと言わせてちょうだい。あんた達はこのままじゃ幸せにはなれない」

「猫に何が分かるって言うの?」

 獣人の少女の耳がぴくりと動く。

「猫人の勘よ」

 少女はきっぱりと言う。

「あなた達は、幸せになりたいとか言いながら王子と結ばれることに執着してる。王子と結ばれることと幸せになることは別なの。それに」

 ちらりと王子の方に青い目を向けてため息をつく。

「王子も、幸せな恋や結婚とは縁遠そう」

 センデレスは目を見開いたが、すぐに頷いた。

「この女の子の言う通り。君はそこらの人間より勘がいいようだ」

「まあね」

「殿下、それってどういうことなんですの?」

「そうです! 幸せな恋や結婚と縁遠いなんて言われて、どうしてお怒りにならないのですか?」

「そんなこと、君達には関係ないだろう」

「王子、こんなところにおられたのですか?」

 センデレスが娘達に背を向けて歩き出そうとしたとき、広間のほうからフェーリが駈けてきた。娘達のほうにちらりと目をやる。

「楽しむのは結構ですが、マナーはわきまえていただきたいです」

「申し訳ございません」

「はい」

「かしこまりました」

 銀髪の娘をのぞき、センデレスを取り囲んでいた十名ほどの娘達は、すごすごと広間に戻って行った。

「……ありがとう、フェーリ」

「王子も、お戻りください。王様とお妃様が心配しておられます」

 フェーリにうながされ、重い足取りで広間に戻った。

「フェーリ、久しぶりね!」

 センデレスが去ったあと、銀髪の娘が嬉しそうに言った。声をかけられたフェーリは一瞬目を見開いたが、すぐに堅い表情に戻った。

「まさかあたしのこと忘れちゃったの?」

「失礼ですが、私はあなたのことは存じ上げておりません。きっと、人違いです。仕事がありますので、失礼します。あなたもなるべく早く広間にお戻りください」

「あ、ちょっと! 冷たいわね」

 フェーリはなるべく彼女の方を見ないようにしながら駈け出した。


 舞踏会最後の夜がやってきた。

 まだ踊っていない娘も残すところ一人となり、センデレスは心底ほっとしていた。

「シャミュー・カッツェーラ」

 名前を呼ばれて出てきたのは、あの気の強い猫耳娘だった。

「……君は」

「あら、覚えてたの?」

「もちろん」

「それは光栄だわ」

 シャミューは、少し小馬鹿にしたように笑った。

「君は、私達を馬鹿にしているのに、なぜここに来た? 時間の無駄じゃないのか?」

「言ったでしょう、お父様の言いつけだって」

「ああ」

「あたしの父は、猫人族の長なの。でも、とんでもない人間びいきでね。『これからは猫人と人間は一緒に生きていくべきだ』なんてことを言い出したの」

 シャミューと呼ばれた娘は、少し苦笑いをした。

「そのとっかかりとして、あたしが王子のもとに嫁ぐことを期待しているみたい」

「そうか。その、友人としてじゃ駄目なのか?」

「友達ねえ。あたしとしても、それくらい気楽なつながりが理想だけど、分かりやすい印がほしいんだと思う」

「なるほど」

「でもあたしはごめんだけどね。あんたみたいに、周りの気持ちも考えず、意固地になってる男なんて」

 シャミューの言葉を聞き、センデレスは真剣な表情になった。

「君に何が分かるっていうんだ」

 三拍子の曲は、クライマックスにさしかかっていた。

「周りから、興味もない女との恋愛だの結婚だのの話を持ちかけられて、期待にこたえようとしてもそのような感情が湧かない私の気持ちなんか、分からないだろう!」

「少し、言いすぎたわね。ごめんなさい。でも」

「でも、何だ」

「言わせてもらうけど、あたしだって猫人の長の娘として、いろんなことを我慢してきた。好きな人のことだって」

 シャミューの言葉は、音楽の最後の盛りあがりにかき消された。

「……すまない」

 センデレスが言い終わる前に、シャミューは一礼して急いで去って行った。センデレスは、シャミューが後ろを向く直前にとても悲しそうな遠い目をしていたのを思い出した。

(私は、とても悪いことを言ったのかもしれない)

 どうして、自分は、人を好きになるという感情が分からないのだろう。

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