王子の憂鬱
「はあ……」
シンダーラッド王国の王子・センデレスは、そのときが刻一刻と近付くごとに憂鬱になっていた。そして、センデレスの気持ちと反比例するように、城の者達はそわそわしていた。一人のメイドを除いて。
「面倒くさい」
「仕方ないでしょう、あなたは王子なのですから」
主にセンデレスの身の回りの世話をしているメイドのフェーリは、素っ気なく言った。
「もうちょっと同情してくれてもいいんじゃないのか」
「はいはい、おかわいそうに」
フェーリは、一年前にこの城にやってきた若いメイドである。決して古株ではないのだが、「同じ年頃の娘がそばに居れば、王子も結婚のことを真剣に考えるだろう」という王や大臣らのもくろみから、半年で王子付きの世話係に昇格した。もちろん、容姿、立ち居振る舞い、賢さ、どれをとっても申しぶんない。しかし、二人の間に特に進展はなかった。
「やはり、正妻を決めなければいけないんだろうか」
「なんだかんだと理由をつけて先延ばししても、いずれ決めなければならないでしょうね」
「……そうだな」
フェーリの冷静な言葉が胸に突き刺さる。
「結婚か……。私は王位も妻もいらないのだが」
「そう言われましても、私にはどうすることもできません」
センデレスには妹がいるため、やむを得ない理由があれば妹に継承権が渡る。しかし、第一王子が不治の病にかかっている、死亡している、行方不明になっているといういずれかの条件を満たしていなければ、継承権を放棄する理由として認められない。
「不治の病ということにして、継承権を放棄できないのか?」
「以前、お医者様の診断を受けた際に体の異常は見当たらなかったので、難しいでしょうね」
「そうか」
センデレスははじめて、自分が健康体であることを悔いた。
とうとう、その日は来た。
「我が国の淑女諸君、シンダーラッド王国王子にして我が息子・センデレス・シンダーラッドのために集まってくれたこと、誠に感謝しておる」
普段よりも豪華に飾り付けられた城の大広間の玉座に座り、父王がおごそかに訓辞を述べた。それはそれは長い訓辞で、三メートルの巻物を三時間かけて読み上げたのだった。内容は、王子の誕生から生い立ち、生真面目な性格で剣の稽古ばかりしていて女性との関わりが希薄であるなどという、とてもプライベートなものだった。
「あのお馬鹿父上め! オタンコナス! おハゲ! 将来おボケになっても面倒見てやるもんか!」
「王子、もうそれくらいに」
フェーリは苦笑いをして、毒気のない悪口を呟く自分の主をたしなめる。
「陛下、そろそろ舞踏会をはじめましょう」
「おお、これは失礼した。ーーこれより、王子の嫁候補を選出する舞踏会をはじめる」
王は、側近の大臣の指摘を受け、ようやく舞踏会の開会の意を表明した。
「ミニコ・プッチーニ・ミニッコ」
「スレーヌ・トール・トール・ビギー」
娘達は、一人ずつ名前を呼ばれ、センデレスと踊る。
「殿下は、その、どんな女性がお好みなんですか?」
(またその質問か……)
踊りの相手が変わるたびに同じことを質問され、センデレスはうんざりしていた。
「ーーまだよく分からない」
「そうですか。では、わたくしも対象外ではないということですね?」
「……さあ」
金色の髪を高い位置で結い上げた娘は、目をぎらつかせて問いかけてくるが、答えようがなかった。興味がないどころか、恐怖すらおぼえるなどとは口が裂けても言えない。
「殿下は、恥ずかしがり屋さんなのですね!」
次の娘の名が呼ばれ、パートナーを交代するときになると、娘は名残惜しそうにセンデレスにハグをしてそんなことを言う。甘ったるいにおいが鼻をかすめる。フェーリはこんなにべたべたしてこないのに。これが普通の女なのだろうか。
一日目の舞踏会が終わった。センデレスは数えきれないほどの娘と踊った。部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「これがあと二日続くのか……」
甘ったるいにおいが、体にまとわりついているような気がして気分が悪かった。
「お疲れですか?」
「ああ。なんであの娘達はあんなにギラギラした目をしているんだ」
「それは、もし王子に気に入っていただければ、正妻にはなれなくてもいい暮らしができるし故郷の親も鼻が高いからでしょう」
「やはり、そういうことか。世の中の奴らは、本当に異性に愛情なんか持ってるんだろうか……」
「さあ、それは人それぞれでしょうね。でも、王子はお顔立ちも美しいですし、真面目でシャイなところに母性本能といいますか……そういった感情をくすぐられる娘は多いようです。だから、権力がほしいだけではないと思いますよ」
「そうか」
(それならなおさら、私の本性を知れば悲しむのだろうな)
センデレスは深いため息をついた。
「もしかして、フェーリも、私に対してそういう感情持ってるのか?」
「いいえ。もちろん、主として尊敬はしておりますが」
フェーリは、いつものように落ち着いた調子で答えた。
「そうか。ありがとう」
普通は落胆するところなのだろうが、センデレスはとても安心した気持になった。
(こいつは、いつもこんな調子だから信用できる)




