過去というのは振り返りたくないものです
幼少期から、教えてもらっていないはずのことが出来たり、知らないはずの言葉を操ったりした。
それを大層気味悪く思った母親は私を家に閉じ込め人の目に触れないようにした。
与えられる服は一着。寝床は廊下のフローリング。困ったのは水と食料で、毎日毎日飢えと渇きに冒されていた。母親の残飯や冷蔵庫の食べても良さそうなもので食い繋いでいたら熱を出し、気が付いたら病院のベッドの上だった。遊びに来た母親の友人が倒れている私を発見し救急車を呼んでくれたらしい。
どのくらい寝ていたのかはわからない。熱が漸く引き、生まれて初めての外となる病室で見つけた鏡には、老人のような白髪と血のように赤い眼をした子供がいた。
感じたことのない感情が濁流のように溢れ、頭が膨らんだように痛み、気持ち悪過ぎて吐いた。出るものなど何もなかったから血混じりの胃液が出て痛苦しいのが追加され、気付けばまたベッドで寝ていた。以来、鏡を見るたびに酷い頭痛と吐き気が現れるので姿を反射するものは極力避けるようになった。
熱を出したせいか小学校に上がったからか、衣食住が確保されるようになった。だが色のない私の姿は誰の目にも、自分の目にも気味悪く、大きないじめはなかったが随分と忌避された。毎朝学校に来ると机の上にお札が貼ってあったりする程度だが。小学校高学年あたりから瞳の色が真っ赤から黄色になり、髪の毛が白と薄い黄色のグラデーションになった。余計気味が悪かった。
中学に上がる頃には髪の毛が全部黄色に生え変わった。瞳の色は黄色のままだ。一見すると中学デビューしちゃいました系女子になったので、デビューしちゃいました系の友達が出来た。
相変わらず姿が映るものは極力避けているが、漸く私も人らしくになったのか……と思った矢先に災難は訪れた。