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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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駅伝部

 しかしヤバイことになっちまった。まさか朝陽が駅伝部の副顧問になるなんて。まぁ養護教諭って結構忙しいから顔を合わせることはあんまりないんだろうけど。

練習後のこと。職員室で明日の授業の準備に終われていた。多忙の中だったが、ふと休憩しながらぼんやり朝陽について考えていた。

 大体確認しなかった俺も俺だ。母校だからほとんど知ってる先生ばかりだし教員名簿も確認しなかったのがいけなかったな。朝陽が出てきて、しかも駅伝部の副顧問になると聞いたときは文字どおり本当に言葉が出なかった。いや、出てたけど。

 でも少し引っ掛かることがある。

 たしか、朝陽は「校長に頼まれたから」って言って駅伝部の副顧問になったな。俺も「駅伝部を強くしたいから」って言う理由で歓迎されてこの学校の教師になった。要するに校長は駅伝部の増強を歓迎していた。

 でもでも、それでは少しおかしくないか?

 顧問の名前を「大森顕」で数年間放置し、挙句の果てには後任の顧問すら任命しなかったのは校長本人もわかっていたはずだ。だとしたら、駅伝部を無視していたこと、駅伝部を歓迎すること、それは矛盾していることになる。

 なんかどうもこのことは引っかかるな。そしてなんだろう。このもやもやした気持ちは。

 それが気になって授業の準備にも集中できなかった。パソコンの画面を見つめたまま指一本動かさない俺。

 そんな俺の様子に気づいた先輩教師が俺に冷たい視線を送る。

(おい、まじめにやれ。生徒と保護者が泣くぞ。)

(サーセン)

 そんなやりとりを視線だけで行った。高校時代の先生であり先輩の教師の視線は優しさもあったが、冷ややかであった。

 区切りをつけて明日の授業の支度をし始めたその時、校長が職員室にやってきた。彼は毎日この時間に職員室の英語科のお菓子をつまみ食いにきているのである。

 校長も暇そうだし、ちょうどいい。この機会に聞いてみるか。

「校長、少しお話があって」

「何? 恋の悩み?」

 校長はニヤニヤしながら聞いてくる。最高に殴りたい気分だ。

「違います。間違ってもしません」

「確定申告?」

「違います。それなら給料上げて下さい」

 心からの願いだ。授業と部活と残業と雑務、これらが日常生活に占めるウェイトを考えればこんな高校ブラック企業もいいところだ。まじで大卒初任給しかもらってない……

「あ、お菓子食べたいんだ!」

「勝手に食ってろ! そうじゃなくて、駅伝部のことなのですが」

 ようやく話題を切り出せたよ。思わずホッとして胸をなでおろす。

「あぁ。最近頑張ってるっぽいじゃん」

「ええ、おかげさまで」

「よーやく息を吹き返した、っていうところだな」

 微笑みながらボリボリとお菓子をつまむ校長。

「じゃあ、なんで今までほったらかしだったんですか」

 校長は急に顔色を変えた。徐々に雲行きが怪しくなってくるのが分かった。

 一気にズバっと聞ききすぎちゃったなって少し後悔した。完全に校長の心理を無視していた。

 さっきまで少し賑やかだった職員室も俺と校長の緊張感を察して静かになる。マズイと思った校長は、印刷室で話をすることを提案してきてので同意した。

 印刷室のドアを閉めた校長はやれやれといった顔で語り始める。

「ようやく話さないといけないかー。夏休み明けてからでいいと思ってたのにな」

「えっ、それって――――――」

 そう口走ったのも束の間のことだった。

「実は、駅伝部は廃止することになっちゃったんだ」


 言葉が出なかった。と言うよりむしろ信じられなかった。駅伝部は軌道に乗り始めたばかりというのに…………

「これは俺が決めたことじゃないから許してよ」

「許してよって、そもそも校長を責める気はないですって。でもなんでですか?」

 校長の顔を見てまっすぐに問いかけた。校長は事の経緯を詳しく教えてくれるようだった。

「大森氏の顧問引退後、駅伝部に長らく顧問がいなかったのは君も知っているな?」

「はい。もちろんです」

 そんなこと百も承知だ。あの大森め…………

「それはすべて教頭の歌和村の陰謀なんだ」

「教頭が? どうしてですか!」

 校長は強い語勢と共にプリンターを蹴る。

「あの男はこの学校の進学率を上げるために、部活を全廃しようと目論んでいる!」

 それを聞いた瞬間、俺の頭の中である事柄がつながった。

「だから女子バスケも数年前になくなったんですか」

「そうだ。やつは成績不振や大会の不出場につけこんで部活をつぶしまくっている。そして次の標的が――――――」

 その次に来る言葉は分かっていた。

「駅伝部ということですね………… でも、そんなのおかしいですよ! 部活イコール進学実績停滞なわけがないじゃないですか!」

俺は勢いよくプリンターを叩いた。これだけ粗末な扱いをされているプリンターもかわいそうになってきたがそんなこと今はどうでもいい。

「あいつはバカで頭堅いから分からないんだよ」

 校長は呆れたような口調だった。

「校長だって何か手を打ってくださいよ」

「それは無理だ」

「どうして!」

俺は完全にヒートアップしていた。

「あいつのバックには保護者会がいる。歯向かったら俺の首が吹っ飛ぶ」

「この老いぼれが…………」

「なんか言ったか?」

 まったく役に立たないな、とポロリと出てしまいそうになったが危なかった。

「いや、気のせいです」

「とにかく、駅伝部は淘汰される運命にある」

 校長はもう一度、強い口調で言う。

「ひどすぎますよ! 納得いきません」

「でも『駅伝部』の看板をぶら下げておきながら駅伝には何年も出てないだろう? じゃあ駅伝部の意味ないし、それに陸上部と統合してしちゃったほうが君も楽なんじゃないの?」

 言われてみればその通りなのだ。実際、陸上部と活動を共にしたほうが予算や行動も楽だし、一体感も生まれる。

「私だって、駅伝部最後の年にもう一度駅伝に出してやりたいんだ。だから君達を顧問に任命した。すまないが分かってくれ」

「でも……………… それでも………………」

「とにかく今日はこれでおしまい。俺もそろそろ家内がキレる時間帯になってきた」

 そういい残すと校長は印刷室を出て行った。

 俺はその場に一人取り残されるとガックリうなだれた。

 せっかく夢見た再起。そう、箱根駅伝予選落ちという成績からの、今度は指導者としての再起。それがこうも簡単に壊されてしまうと絶望するしかなかった。お先真っ暗だった。

結局俺はその日、日をまたいでから学校を出た。


 翌朝、俺は目の下のクマと共に出勤してきた。一晩中何もせずボーっとしていて気づいたら朝だった。なんだか気分も悪い。

 昨日の会話を盗み聞きしていた先輩教師からプロポリスDをもらったが栄養剤で元気をつけたい、なんて思えなかった。結局渡されたのに飲まないももでいた。

 授業をやってるときもずっとボーっとしていた。ただでさえ上手くない俺の授業だが漢字は読み間違えるわ誤字脱字が大量にあるわで生徒には笑われっぱなしだった。でも何故か悔しいっていう気持ちはわいてこなかった。なんか、もうどーでもいいやって。

  

 昼休みの終了間際、階段を下って授業に出かけようとしていた。だが足取りはおぼつかず目も死んでいてもはやゾンビだった。

 と、次の瞬間。俺は階段から真っ逆さまに転落した。あれよあれよとぐるぐる下っていくと踊り場に体を打ち付けられた。

すっげえ痛い。ハリウッドの映画でよくこういうシーンがあってなんか楽しそうだなって思ってた記憶があったが、それは間違いだった。死ぬほど痛い。

 思わずうずくまっていると、下の階から上がってきた女子生徒達が俺を見つけた。彼女達は悲鳴をあげてすぐさま他の教師を呼ぶと俺は保健室に担架で運ばれた。

保健室に着いてからは疲れもあってぐっすり眠っていたようだ。

 ふと目を覚ます。ぼんやりとした意識の中、授業に向かう途中だったことを思い出して時計を見るともう6限の開始時間になっていた。6限は担当してるクラスがなかったからホッとした。

 うつ伏せの状態でダラーっとしていると、いきなりカーテンが開いた。目の前には朝陽がいた。

「おはよう。サボり教師」

 昨日の一件もあり、より一層カチンとくる。

「お前その言い方…………すっごく痛かったんだって」

「日ごろの不摂生のが原因でしょ。目の下にそんなにクマつくって」

「さすが養護教諭だな」

 ため息が出てしまう。もっと早くにアドバイスもらえていたらなって。

「まあね。で、どうしたの? 早寝早起きにうるさいあなたがそんなに夜更かしする理由がどこにあったのよ」

「ちょっとな」

 聞かれたくなかったし、言いたくもない。

「ははーん。また女に振られたな?」

「やめろよ。生徒が聞いてるかもしれない」

 またってなんだよ。お前以来、彼女なんて作っていないし持てる実力もない。

「幸い今は誰もいないのです。ってことは相手は生徒だったり!」

 まったくコイツの妄想にはついていけない。

「どんな教師だよ」

「もしかして! わ、た――――――」

 付き合うのもめんどくさくなりそっぽ向いてシカトしてまた寝そべった。

「恋愛が原因じゃないの」

「そんなんじゃない。もっとまじめなこと」

「じゃあ、なんなのよ。あなたが一晩中眠れなかった理由は。私達だって今は仕事仲間なんだから教えてくれたっていいじゃない」

「仕事仲間か」

 今となっては朝陽も駅伝部の副顧問なのだ。もう「かつての恋人」とかそんな煙たい関係ではない。選手ってか生徒のために尽くす、仲間。

 だったら、話してもいい気がする。

「あのさ、駅伝部、なくなっちゃうんだ」

 朝陽はなんのことか分からない様子だったけどそれはそうだ。俺だって、最初は耳を疑ったくらいだ。

 全てを語った。校長から聞かされたことを。この学校で部活がつぶされていく実情、俺達が顧問になった本当の理由を。

 朝陽は呆然としていたが、話を終えると大きくため息をついた。

「なんか怪しい動きがあると思ってたのよね。私達が在学していた頃から三つも部活がなくなった。しかも全部、歌和村が教頭になってから」

 女子バスケ以外にも、俺が気づかないうちにそんなに部活がなくなっていたのか。事の重大さを改めて実感した。

「どうしようもないことだよ………… 残念だな。女子とはいえ、一緒に全国大会を目指せると思ってたのに」

「進学校じゃしょうがないのかな。やっぱり部活と勉強の両立って難しいものよね」

 高校教師なら誰もが直面する課題だろう。どの学校にも完璧に文武両道が出来る生徒もいれば、どちらかに偏ってる生徒も大勢いる。でもそれは努力の問題だけではないはずだ。単純に部活を潰すだけの教頭の考え方は間違っている。

 でも、今の俺達には何にも出来ない。所詮はただの一教師。ただ指をくわえて見ているだけだ。

「部員達には言わないほうが良さそうね」

「うん。地区大会前だし、言うなら夏休み中とかで充分だ」

 それっきり沈黙のまま時は過ぎ、いつの間にか放課後になっていた。帰宅する生徒達の話し声が保健室にいても聞こえる。

 すると、ドアが開いて聞きなれた声がした。

「し、失礼します! 駅伝部部長の藩内京子と申し上げるでございます! 吉川先生はいらっしゃいますでございましょうか!」

 朝陽はカーテンを閉じて京子のほうへ向かった。

「京子ちゃんじゃない。なんだか敬語がおかしいわよ」

「すみません。緊張してしまって」

 俺はベッドに横たわりながら彼女達の話に耳を傾けていた。

「京子ちゃんらしいね。で、何の用?」

「はい。部活のことで職員室に栃岡先生を伺ったのですが、病気でお帰りになったとお聞きした。仕方ないので代わりに副顧問の吉川先生を伺ったのです」

 いまだに敬語がちょっとおかしい。思わず吹き出してしまいそうだ。

「そうだったの。で、部活のことって何?」

 京子はええっと、ええっと、と数秒どもってから応える。

「今日の練習メニューです。栃岡先生から全くお話がなくて不安になってお伺いしたのですが………………」

「あぁ、そのことね。あの先生はダメよねー。授業もなっていないらしいし」

 俺が黙っているのを良いことに朝陽は悪口を言いまくっていた。でも京子は愛想笑いしながら答えた。

「いいえ、そんなことないです。栃岡先生はとても熱心な先生ですよ。デコボコな私達の面倒をしっかり見てくれて、本当に頼りがいのある先生です。しかも、『絶対に一緒にインターハイに行こう』ってまで言ってくれたんですよ。あの時は、本当に、涙が出ちゃいそうでした」

「栃岡先生はそんなこと言ったの。なんか意外ね」

 意外ってなんだよ。ちょっと心外だ。

「私もちょっと、びっくりしました。でも、あの一言で、勇気がでました。栃岡先生は、今まで会った先生の中で、最高の先生です。漣さんも稲穂さんも、きっとそう思ってます」

 その言葉を聞いてハッとした。

 駅伝部は今年でなくなる。俺が何をしたって変わらない運命だ。でもああだこうだ言ってもしょうがない。

 そんなこと、今はどうでも良い―――――――

 カーテンを開けて京子を見た。彼女は驚いて思わず手を口に当てる。

「よっしゃ! 競技場に行くぞ。今日はペースランニングだ。さっさとウォーミングアップしろ!」

「は、は、はい! 了解しましたぁ!」

 京子は驚いて慌てながらも、そう言うと保健室を駆け足で出て行った。廊下を走る彼女を注意する教員の声が聞こえてちょっと不安にもなったが。

 朝陽は微笑みながら言った。

「翔が吹っ切れたみたいで安心しちゃった。なんか私も陸上競技場に行きたくなってきたかも」

「そーか。ま、たまにはいいんじゃない?」

 俺達は京子の後を追うように急いで保健室を出た。



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