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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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悪魔との再会 

 ついに部活動集会の日がやってきた。学校中の教室に各部全員と新入生が集いミーティングを行うのがこの集会だ。野球部など大所帯は教室から人がはみでているほどの活気である。人気の部活ほど新入部員は多い。

 しかし、駅伝部の教室には俺、京子、漣、稲穂の4人しかいない。

漣と稲穂は必死に勧誘をしたが努力も虚しく、部員はそれ以上増えなかった。つまりそれは秋の駅伝に出られないことをも意味していた。

こうなることは半分分かっていた反面、期待していた部分もあってやっぱり悔しい。でも京子は駅伝をやらないって言ってるし漣も中距離専門だから駅伝は無理にやらなくてもいいわけだ。

 そうなると一番悔しいのは稲穂だろう。駅伝部には「都大路に出るため」に入部してきたわけだからそのショックはかなりあるはず。なんとかして気持ちを切り替えさせなきゃだな。

 教室内の俺を含めた4人は一言も話さずに待機していた。が、その沈黙は俺が破った。

「よし、部活動集会を始めよう。……って言っても、自己紹介はもう済んでるからあんまりやることがないんだよな。ははははは」

 笑ってその場の空気を和ませようとしたがそれは逆効果だった。

 はい、黙殺! 最悪な出だしとなった。

「とかく駅伝部の活動趣旨だが、駅伝メンバーが集まるまではとりあえずトラック種目に専念しようと思う。都大路だけが全国じゃないし、駅伝も他校との合同チームなら出れそうだしな」

 そんな感じで3人の気持ちを振り向かせようとしていた。でもやっぱり教室は沈黙のままだ。

 その時、教室の戸が勢いよく開いた。全員がその方向を見る。

 そこには白衣に身を包んだ若い女性がいた。その人の肌は白く絹のようで肩から降りる髪はとても麗らかだった。これこそ白衣の天使ちゃんみたいな!?

 なんかよく分からんけど超ラッキー!!って思ったが同時に鳥肌が立った。そう、俺はコイツが誰かを思い出したのだ。

「あら、やっぱり翔じゃない。久しぶり」

 そうだコイツは、

「吉川……朝陽(あさひ)……」

 彼女は元クラスメート……だけでない。元カノだ。高校時代の。

 正直一番会いたくない人だ。朝陽と会いたくないあまり、高校のクラス会1度も行ってないし……

 ん? でもこんなところで再会することになるなんて、一体どうしてだ?

「お前がなぜここにいる?」

「私は一昨年からここの保健室で働いてるの。あ、この間までバカンスだったから、始業式はいなかったんだけどねー!」

 自信満々に腕組みなんてしちゃってる朝陽。

 え、知らなかった……正直みんな知らない教員ばかりだから、朝陽がいることすら気付かなかった。

「嘘だろ…………じ、じゃあなぜこの教室に来た?」

「私は今年度からこの部活の副顧問なの。新米男子教師が一人で女子高生を相手にするっていうのは危ないって、校長からお願いされたの」

 人差指を立てながら意気揚々と話す朝陽。むかつく。

「校長からの信頼の薄っ! てか俺がそんなやましいことを――――――」

「いっぱいしたよねー。高校時代」

「おい貴様あああああああ!」

 ついカッとなってしまった。

 でも、しょうがないだろ。

 だって朝陽との関係は俺の人生での「黒歴史」と呼ぶに値するほどのとんでもないものだからだ。

 それは箱根駅伝予選会での失速よりもはるかにヤバい。

 まぁ具体的には俺がいろいろとやってしまったってことなんだが……内容があれすぎるのでマジで他人には知られたくない。

「まぁまぁ落ち着いて。生徒達が怖がっているわよ」

 俺は三人の方を見たが、三人とも見事にドン引きしていた。

 っていうか京子にいたっては涙目なんだが。ご、ごめんねー。お兄さん怖いことさせちゃったねー。

「京子、いやぁこれはその、新種のあいさつの方法なんだよ。すごい画期的だろ?」

「………………」

 やっぱりちょっと無理がありすぎたか。

 朝陽は「私のペース」と言わんばかりの得意顔で話をする。

「とりあえずみんな、もう大丈夫よ。私が来たからにはこんな変態男の思うようにはさせないわ」

「変態男って、じゃあやっぱり先生は変態だったんだ! あたしの読みは間違ってなかった」

 漣はしたり顔をする。しめた、と言わんばかりの顔だ。

「おい、漣、」

「え、翔が何かしたの?」

「それが春休み中に部室に――――――――」

 まずい。これ以上の炎上は―――――――――

「言うなああああああああああああああ!」

「う、嘘ですよ、冗談だって。しかもあれは事故なんだし、熱くならないでって」

 漣に諭されて俺は我に戻った。いつの間にか滝のような汗をかいていた。

 意外にも漣は俺のことをフォローしてくれていた。春休み以来、彼女との信頼が上がっているように感じる。

 ハンカチで吹き出た汗を拭うと、深呼吸をして再び朝陽のほうを見た。

「あー私も知りたいなー。翔の変態話」

 まだ言うか。

「おい朝陽!」

 俺は朝陽を鋭い目付きで見た。目からビームが出てくるくらいの眼力だったと思うが、朝陽はそれに少しビビったようだった。

「ーーーっ!」

 言葉を出さずに顔を赤らめて、あたふたする。でもすぐに冷静な顔を取り戻す。

「と、とにかく! 今日から私が副顧問として駅伝部のサポートに回ります」

「勝手にしろ」

 呆れて物も言えない。座って溜息をついた。

「なんか冷たいよ? 顧問さーん」

「なんだよ、もう、いきなり表れてそれかよ……」

 そんな俺たちの劇悪なムードを良くないと思ったのか、何も知らない京子が話に割り込んできた。

「栃岡先生、そんな暴言いけないです! 吉川先生だって、これから一緒に頑張っていく方なのに」

「いやこれはその」

 高校時代にギャーなことやギョエーなことをしてしまったからさ、なんて言えるわけがない。言ったら恐らく部員達からの信頼を一気に失ってしまうだろう。俺の過去はそれほどの破壊力があった。

 でもなんか京子の必死な顔を見てると罪悪感がわいてきてしまった。無垢な京子をこれ以上苦しめてはいけない。自然と正義感に刈られた。

「吉川先生、すみませんでした。これからは二人三脚で頑張っていきましょう」

「わ、分かったわ。こっちこそなんか空気を乱しちゃったみたいでごめんなさい」

 お互いに苦笑いで握手をした。はははは……これが大人の解決法かな。

「あと、私は普段は保健室の仕事で手がいっぱいだから大会のときくらいしか顔を出せないけど、その点は承知しておいて」

 え? さっきサポートするって言ってなかった?

 でも養護教諭も忙しいからな……まぁいいや。

「うん。基本的には俺で何とかなるから大丈夫だよ」

「そう、よかった」

 朝陽はそう言うと教室を去ろうとした。

「ごめんなさい。ちょっと会議があって」

 だが彼女が俺の横を通り過ぎるとき、確かに俺に「生徒に過去をばらすのはある程度人間関係が出来てからじゃないとつまんないよね」と言い残していった。

 それは京子たちに聞こえないようにとても小さな声で言っていたのでなおさら怖えーと思った。

 彼女が戸の音を響かせて教室を出るとしばらく教室には沈黙が走った。

 台風一過の青空なんて言葉があるが俺の心は曇天まっさかりだった。なにせ人生最大の弱みを握っている人間と同じ場所で生活をしていたら、その秘密をばらされることは確実に時間の問題だからだ。

「先生、吉川先生と何か因縁でもあんの?」

 ついさっきまで黙っていた漣だったが、俺たちの仲について知りたがっているようだ。

「別に」

「絶対になんかありますよね?」

 顔を近づけてくる漣。俺の胸元まで迫った可愛らしくも透明感ある顔にドキッとする。

「何にもないって。高校時代のただの友人さ」

「えぇー! 先生達は二ノ丸高校出身で、しかもタメだったんですか?」

 口が滑ってしまったぞ……!

「そ、そうだよ」

「なんか信じられないですねー」

 ヤバイ。ちょっと防護柵が破られ始めてきた。

「そうかな。あはははは」

「あ、もしかして――――――」

「ちょ、おま、」

「栃岡先生は長距離界のスーパースターだったからー吉川先生はずっと憧れていたけど、先生は他の女子にもモテモテだったからウザがっていた、とかですか?」

 漣は自信満々に解説してくる。その光景はまさに滑稽。

「ははは、ありがとな。でも大ハズレだ」

「まじっすか? えぇーとじゃあカノ―――――」

 うわああああああ。

 ヤバい。ここは話を逸らして強引にでも処理しないと大炎上だ。

「はい、そろそろ陸上競技場に行くか」

「えぇ!? ヒドいー」

 なんとか九死に一生を得た。あー本当に助かった。

 それから一言も声を掛けられないように教室から退却した俺はそそくさと競技場へと向かった。

「あの秘密だけは…………マズい!」

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