ユーク
セルト王国領 ブラハ村
成人まで後数ヶ月となったある日の出来事。
今日も朝から父セイの指導の下家事をこなしたユーク。
一休みした後今度は母アルバの戦闘訓練が待っている。
実を言えばユークは余り戦いを好まない。だがこの世界は魔物やダンジョンが普通に存在する世界。
元Bクラス冒険者のアルバにしてみれば独り立ちしても大丈夫な様に、力の入った指導が普通の子+αのユークにとってはかなりキツイ=やりたくないであった。
ユークの普通の子+αの+αの説明も、この時点ではただ異常に骨が硬いだけである。
これは実母であり絶対神ユーリアがお腹の子が転移させられるとなった時、何処に転移させられても簡単に食べられたりしない様にと、自身の力で強化したせいであり本人以下誰も気づいていない事実であった。
ちなみにどれくらい硬いかと言うと、伝説の金属オリハルコンを軽く上回る程だと思って間違いない!
この+αだが実際には他にも色々特典が有るが、それらは覚醒する事に増えていくものなので、現状は只骨が異常に丈夫な普通の子なのである。
皮膚も人よりは丈夫というだけで叩かれれば痛いし血も出る。 ただの普通の少年だから齢60になろうかと言う母アルバの攻撃に木剣とはいえ傷だらけになるのは勘弁して欲しい。
そんな毎日の日課も終わり休憩していた時、アルバが一言
「試験しましょ。」と軽く告げてくるのだった。
「試験?」
何を言ってるのか意味が解らず、尋ねるユークにアルバは言葉を続けた。
「ユークももう直ぐ村を出て独り立ちするのだから、魔物くらい倒せないと生きていけない!だから魔物退治にいきましょう」
確かにその通りなのだが街や王都に行っても、別に冒険者にならなくても生きていける。
商人になるのも一つの手だ。
だが元冒険者のアルバには冒険者一択しか選択肢が無かった。
ユークにとってはいい迷惑である。
「じゃあ、用意して」
強制である。
「今から?もすぐ夕暮れだよ?」
「すぐ終わるしサラスの森だから平気よ」
気乗りしないユークは何とか回避しようとAランク冒険者並に回避行動をとったのだが いかんせん人生の大先輩である母親には全く通用せず反撃を喰らうだけであり、ユークの取れる行動は服従の一手のみであった。
(倒したふりして帰ってくればいいか)
なんて軽く考えてもいたのだがアルバの一言で最後の策謀も儚げに散っていった。
「じゃ~いきましょ」
「えっ! 付いてくるの?」
さも当然と肯定されてしまいました。
逃げ道も塞がれ無し崩し的に森へ向かう。
「ここからは先は魔物の世界だから力のない者は生きていけないの、躊躇ったら死が待ってると思いなさい」
確かに事実だが生まれて14年魔物すら見たことも無い。強い母の庇護の下、安全かつ平和に生きてきたのである。
それがいきなり魔物と戦えとか有り得ない。
普通は前情報やらしっかり勉強してから行くものではないのか?
確かにアルバは歴戦の勇者ともいえる冒険者ではあるのだが、ユークは駆け出しどころかそれにすらなってない普通の子供なのだ。
「言ってる事は解るけどいきなりは無理だよ~」
そんな愚痴にもアルバは表情も変えず。
「ユークがこれから街に行く間にも魔物は存在するのよ! サラスの森にはゴブリン程度しかいないけど 道中は違う。 魔物も居れば盗賊や人攫いも出る。 常に何が有っても対応出来ないと自分が困るのだから たかがゴブリン位で怖がってちゃいけないわ」
確かに理屈はあってるのだけど余りにもスパルタすぎませんか?母上様?と、心の中で思うユーク。
「・・・危なくなったら助けてくれるんだよね?」
気になって聞いてみる。
「誰が?」
全くその気無しだ!それどころか全く装備なしだ。たかがゴブリン されどゴブリンである。
初心者冒険者なら1匹ならなんとかなるだろうが、群れで来られたらひとたまりも無い位の魔物でもある。
「母さん装備は?」
「何も」
「はへっ」
間抜けな言葉しかでてこない。
「守ってね♪」
笑顔で告げられた。
初討伐に護衛任務まで追加された瞬間だった。
鬼だ母さんが一番の魔物だったかもしれない。
突然の追加依頼に逆らえる事もなく慎重に森の中を歩くユークとアルバ。異変に先に気づいたのはアルバであった。
「いないな~」
ここまで30分程歩いたが魔物の姿が見当たらないのである。
アルバ曰く10分も歩けばゴブリンの1匹や2匹には確実に遭遇するはずとの事。
「ちょっと予想外かも」
不安を煽るようなアルバの言葉に泣きそうになるユーク。
アルバも引き返そうかと考え出したその時。
森の奥から争う様な物音が聞こえてきた。
確かめようと駆けるアルバ 全くの無防備である事も忘れて・・・。
必死に追いかけるユークの目に飛び込んで来たのは、ゴブリンの群れに襲われる商人風の人達。
「どうしてこんな場所に商隊が」
一言吐き捨て飛び出すアルバ。
「まって母さん剣も無しにどうするの!」
剣はある、確かにあるユークの腰に。
商隊の事も気にはなるがユークにとって母の事の方が気がかりだ。震える脚にムチを入れ母を守る為にユークも飛び出した。
ゴブリンにやられたと見える馬と、護衛らしき冒険者が倒れているのが見えた。
辺りは夥しい血の匂いと必死に応戦している商人と護衛らしき人の2人。
ゴブリンはざっと15匹ほど居るみたいだ。
アルバは動かなくなった護衛らしき人の元へ駆け寄り、落ちていた剣を拾い上げると商人が相手していたゴブリンに向かって剣を振り抜いた。
一閃 商人の前がいきなり開けた。
アルバは物の見事にゴブリンを両断したのである。
齢60になろうかという人間の業であろうか、ユークも商人も言葉が出ない。
「ユーク! そっちは任せた!」
母の一言で我に返ったユークにゴブリンが2匹向かってきていた。
無我夢中で腰のダガーを引き抜き戦闘モードに入っていった。
毎日母アルバの訓練のお陰か常人離れした母の思惑かは解らないが、目前に迫ってくるゴブリンに怖いと言う感情は湧かなかった。
なにしろ動きが遅いのである。
日常的にこれまで10数年母と訓練していたユークにとって、母の半分も無い動きのゴブリン。
これならイケル!と、ユークはゴブリンにダガーを浴びせるのだが、何にせよまだ子供。
非力であり何とか1匹倒した時には全てが終わっていた。
「よくやった!」
母の言葉に安堵の息を吐き周りを見廻すと、母の手によってゴブリンは討伐されていた。
強いとは知っていたがここまでとは知らなかった。
年齢的にもムチャクチャな無双っぷりであった。
今更になって震えが来きて尻餅を付いたユーク。
立たせたのはいつもの厳しくて優しい母の手だった。
とりあえず二人で商人の下に行き話を聞いた。
「こんな所ではまた襲われる可能性が有る。村まで来て貰おう」
凛としたアルバの声に商人も落ち着いたのか慌てて礼をのべた。
「危ない所をお助けいただいて有難う御座いました」
馬車は動かせないので無事だった護衛と商人を連れ、村にもどることにした。
村長の家に連れて行きはなしを聞いた。
彼等は王都で商いをしてる商人でコンラット領 ブルーメ村に配達に行った帰りとの事。 コンラットはこの世界の4大大国の一つでセルト王国とも友好を結んでいる。故に貿易も盛んであった。
しかし普段はサカスの森など通らずにブルーメ村に行けるのだが、何故わざわざ遠回りしてサカスの森を通ったかであるが、商人曰くブルーメからセルト王国までの道中に有るグラン鉱山に地竜が出たとの事。
地竜はその名の通りドラゴン系魔物の中でも硬い外皮に守られており、討伐するならBクラスの冒険者6人パーティーが必要な難敵である。
数少ないBクラスの冒険者がホイホイと集まる訳もなくコンラットで目下討伐隊を組織している最中で、討伐までにまだ数ヶ月は掛かる迂回して街に戻ろうとサカスの森を抜けようとしたのだそうだ。
森のゴブリン対策に護衛の冒険者Dクラスを2人連れていたのだが、思ったよりゴブリンが多また奇襲を受けて一人があっさり殺されたことにより、防戦一方で体力も無くなりもうダメかと諦めかけた時、アルバとユークが駆けつけ事なきを得たと言う。
商人の名はジル、冒険者はバンラットと言うらしい。
一晩村長の家に泊まった二人は翌朝村で馬を買い。
アルバに昨日の馬車の場所までの護衛を頼みにきた。
快く頷くアルバはユークを連れ昨日の場所へ。
馬車に馬を繋ぎ森を抜けるまで特に何も無かったのだが、村に着いて荷を確認していたジルが一つの水晶の様な宝石をアルバに差し出した。
「昨日と今日の護衛のお礼です受け取ってください」と、手渡した。
「これは?」
「覚醒の秘宝の欠片です」
「覚醒の秘宝の欠片?」
ユークは初めて聞く言葉に横から割り込み口に出して訪ねてみた。
アルバはそれが何か知っているようで聞き返す事はなかったのだが
「こんな貴重な物頂けません」
と、返そうとする。
「いえいえ 欠片なのでさほどの価値は御座いません。珍しいというだけの物です。 大したお礼も出来ないままでは商人として生きていけません。どうかお収め下さい」
そこまで言われると返すのもなんだと、アルバは欠片を受けっとった。
商人はユークの方に振り返り
「ユーク様もそろそろ成人かと思うのですが、もし王都に来られたら当商館にお立ち寄り下さい」
と、一通の封筒を差し出した。
それを受け取ったユークは商人に挨拶をし見送った。
突発的な事件もあったがユークの試験は合格であったらしい。
ゴブリンを1匹とはいえ倒し戦いぶりも納得出来るものであったと、ユークの頭を撫でながらアルバは感慨深げに語ってくれた。
・・・そして旅立ちの日がやってくる。