体を動かすのって楽しいよね!
なんだかんだで神殿に押し込められていてストレスがたまっていた私は兄様のところに押しかけた。
うふふと慈愛深い笑みには癒されるが、私自信が浮かべるのには向いていないことがはっきりわかった。
もともと活発な方なのだ。とりあえず、運動したい。
できることならば、魔物とかあたりを気兼ねなくぶっ飛ばしたい・・・!
抑えきれない衝動を抱えたまま、城の鍛錬場にいる一際目立つ鎧をきた男に抱きつく。
「にーさまー!ひさしぶりー!殴らせてー!」
「おい、いきなりでなんだその言葉は。まあ、久しぶり」
おっと、迸る情熱が思わず口からでてしまったが、懐かしいのには変わりない。
比較的自由とはいっても、神殿にいたのでは滅多に家に帰らない兄にはなかなか会えなかった。
そりゃ城仕えだから仕方ないけどさ。英雄だから王様が傍から離したがらないんだよねー。
ぎゅうと抱き着くと、やさしく頭をなでてくれた。
ふへ、皆の憧れに特別扱いされるって気持ちいい。
にやあと笑いながらも、兄様に上目づかいでおねだりをする。
「ねえ、兄様。久しぶりに私に稽古をつけて?」
そう、その昔。まだ兄様が竜退治をして英雄と呼ばれる前。
私が神殿に出向させられる前までは、家で兄様に剣と魔術の稽古をつけてもらうのが常だったのだ。
苦笑いをしながら兄様はがしがしと己の頭をかいた。
「そうはいっても、お前との訓練はいろいろ周りがうるさいしなあ。仮にも聖女候補を傷つけたら大変だろ?」
「兄様なら手加減くらい簡単でしょ、ね、お願い。そうじゃかったら適当にその辺の騎士でも捕まえて相手をさせるわよ」
そうなったらそれこそ相手にならない。
公爵家の娘、かつ聖女候補に向かって剣を構えるなどできっこないのだから。それに昔から手加減しすぎてだろう、簡単に剣を落としてしまうのだ。
「うーん、お前相手の手加減っていうのもなかなか大変なんだがな。ま、周りの奴らを泣かすのもかわいそうだし、少しは相手をしてやるよ」
「やった!さすが兄様!」
いそいそとあらかじめ持ってきていた着替えを手早く着てくると、なぜかギャラリーが増えていた。
まあ、ここは城だし、兄様は仮にも英雄様だし、不思議ではないけれど。
周りをちょっと威圧気味に睥睨しながら兄様がつぶやく。
「心に傷をのこすか、憧れを残すか、崇拝を残すか、どちらにしても厄介だ」
「兄様?はやくしましょうよ」
あきらめたように首をふった兄様と改めて向かい合う。
ふうっと息をはき、目を合わせる。
それが合図だ。
途端に、空気がぎしっと固まる。
周りで騒いでいたギャラリーも一瞬で静かになった。いや、集中力が高まりすぎて音が聞こえなくなっただけか。どちらにせよ都合がいい。
にいいっと己の口元がゆがむのがわかる。神殿にいたって、本質は変えられない。
野蛮な人間で、ごめんなさい、ねっ!
キンっ
数メートルあった距離を一息で縮め切り込むが、あっさりと片手で防がれる。
それどころか残った左腕が音を立てて腹に迫る。騎士のくせに邪道なっ。
崩れこむようにしてその拳をさけるが、普通ならそれは悪手だ。
体制がくずれた私に、兄様が冷静に鋭い一撃を放つ。
軽いようで神速のそれは普通なら避けられまい。私にも難しい。
だが、防ぐことはできる。
ガキンっ
何もなかった空間に、兄様の、英雄の剣がはじかれる。
わずかに目を見張った隙を見落とさず、すかさず足元を切りつける。
「くっ」
ぎりぎりで避けた兄様が数メートルを飛びずさる。
その間に私も元の体制を整えた。これで、元通り。
「おいおい、なんだそれ。お前昔そんなんできなかっただろ」
「伊達に3年も神殿行ってませんー。攻撃力はさがったかもしれないけど、防御力はあがったんだよ!上級の神術結界なんだからね、物理攻撃も魔法攻撃も通しません」
しかもほぼ無詠唱。えへん、と胸をはった私に兄様が半眼で訴える。
「なんか竜より硬いんだが、これ破れるのか?」
「んー。神の一撃くらい強ければ?」
いらっとしたように無言で切りかかられた。
ふはは、むだむだって、ちょっ、おま、まって、はやすぎっ!
結局私の反応速度よりも早く連続で斬りかかればいいんじゃんと気づいた兄様によって半刻後、私はぼろぼろになった。
「うう、兄様の馬鹿・・・手加減してくれるって言ったのに・・・」
「反則的な人間相手にそんなのしてられるか。あー、しんどい。お前の体力が落ちていて助かったわ」
額の汗を拭いながら兄様がそんなことをのたまう。ちなみに兄様は怪我ひとつない。くそ。
「だ、だって神殿でそんなに訓練とかできるわけないじゃない!」
「・・・・・・そのはずだよなあ。なのに剣の腕がほとんど変わらないどころか逆にあがっているのはどういうわけだ?」
「えー、それは、ほら聖女(仮)特権的な?」
実は夜な夜な夢渡りをして神様の結界にお呼ばれしてました。
ついでに、そこで天使たちに剣の稽古とかもしてもらったりして。ただそれはあくまで夢のなかだから、技術は学べても体力はどうしようもなかったのだ。なーんて。
てへ、とそんなことを言うと兄様が天を仰いだ。
「なんてことをしてくれちゃったんですか、神様。」
反則だろう、と兄様はいうが。
そんな神様公認、戦天使たちとの訓練を終えた私をあっさりと伸してしまう兄様の方が、はっきりと反則チート野郎なんだっていいたい。
ああ、もう、ちくしょー。もっと強くなりたいなあ。
兄様には結局勝てなかったが、自分にある程度の強さがあると確信した私は、長年の夢をかなえることにした。
冒険者。
ああ、なんて素敵な響きだろう。
そこには前世からの憧れが詰まっている。
胸躍る戦い。熱い友情、時には裏切り。ちょっぴりラブロマンスもいいかもしれない。
最初は無防備だった新人が、警戒心をもつようになり、心許せる仲間と出会い、最後には皆に称えられる冒険者となるのだ!
くうう、かっけええええ!!
あ、うん。ふつうならここは家を無理やり飛び出してとかがセオリーだけど、最終的に戻れる場所は欲しいのでごくまっとうに家族を諭して旅に出ようと思います、はい。
何だかんだいっても、【コマンド:いのちをだいじに】、ね!
そして。まあもちろん簡単にはいかなかったが、条件付きでなんとか冒険者になることを説得できた。
期限は3年のみ。そのときどういう状況だろうが必ず家に戻ること。
絶対に無理はしないこと。基本的に戦いや野営の時などは上級結界を張ること。
あと、戻りたくなったら意地をはらずにいつでも戻ること。
……うん、最後の条件に思わず泣きそうになった。なんだこれ、いい人過ぎるだろう私の家族。
そして神様(すでにランディオスはメル友感覚である)のお言葉もあって私は冒険者になることを許されたのだった。
みんなー、私、きっと立派な冒険者になって帰ってくるからね!
あ、神様の言葉?聞いちゃう?
えっと、私も笑っちゃうんだけどさー。
隣に住んでいる幼馴染のアレン君がいずれ勇者になるのでその手伝いをするべし、だって。
あはは・・・・・・。
なんでだよ!!
幼馴染といっても、そこは貴族社会なのでさすがに毎日遊びにいくとかは、ない。
だがそれでもほかの貴族よりは圧倒的に交流がある。
幼少のころは軟弱だったアレンを無理やり森にひっぱりだしたあげく風邪をひかせたり。
怒られた。
熱が下がりきらないアレンの枕元にこっそり花束を置きにいったらそれが毒花で大騒ぎになったり。
しこたま怒られた。
ようやく体調がもどったアレンに突撃したら当然ながら支えきれず、そのままバルコニーから落っこちたり。
目が笑ってませんver.の母様に本気で怒られた。
――――――――いやあ、いい思い出だなあ。
我が家はくさっても公爵家、アレンの家は侯爵家。響きはにてるけどうちの方が格上なので、アレンの家の方は特に何も言ってこなかったが。私の家族があまりに巻き込まれるアレンに申し訳なく思ったのか、一時期よりも子供同士の交流は減った。
別に険悪になったわけじゃないけど、ほら私も神殿にいっちゃったし、なんというかそういうタイミングというやつだったのだ。
なので。実はアレンにあうのは3年ぶりだったりする。
ちょっと、緊張。
あの、小さいころの微笑ましい思い出をまさか根に持ってたりなんかしないよ、ね?
しなかった。
久しぶりにあうアレンは、なんというかまさしく勇者にふさわしい清廉潔白な人間だったのだ。
「久しぶり、セレナ。また会えてうれしいよ。僕の因果に君を無理やり巻き込んでしまったことを怒っているかい?」
そんなことを、きらきら輝く金髪碧眼の美男子がうれしそうに、でも少し不安そうにほほ笑みながら聞くのだ。しかも本心から。
私の聖女(仮)レーダーが言っている。こいつ、まじもんだ。
「・・・私も会えてうれしいわ、アレン。冒険者になるのが私の夢だったの。それを最初から心許せる頼もしい仲間とはじめられるなんて、こんな素敵なことはないわ」
よかった、と破顔一笑する顔にうふふと淑女仮面★を被って笑いかけながら祈る。
どうか、勇者ハーレムルートには巻き込まれませんように!!
出立前の話し合いで、アレンが勇者になるのはどうやらまだまだ先のことみたいだし、変に注目をあびてプレッシャーをかけるのもよくないってことで、世間様には内緒にすることになった。知っているのは、私の家とアレンの家だけ。どうせその時にはおのずから知れ渡るから、とかいっちゃって。ほんとかよ。
主人公は俺TUEEEEしたいけどいまいちできない残念な子です。