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77 シャボン玉

作者: 古緑空白

細川越中=細川忠興(光千代の父)

織田右府=織田信長

細川ガラシャ=細川玉子(光千代の母)

石田治部=石田三成

司馬仲達=司馬懿(三国志で晋の祖)

出来るだけ時代背景に合わせたように描いたつもりですが、初心者に厳しい形になってしまったのは故意によるものです。結構メジャーどころの脇役的な題材で書きました。



では、少年細川光千代は父親からどんな話を聞かされるのか?



はじまりはじまり。





77 シャボン玉


 慶長五年(一六〇〇年)――この年ほど日ノ本が揺れたことがあったであろうか、十五を数えたばかりの少年細川光千代はもう遠くなった今年を振り返っていた。

 彼はまず比較を考えた。真っ先に思い浮かんだのは戦乱の覇者についてだ。

(織田右府公への謀反――あぁ、確かにこの事件も忘れてはいけないことだ……)

 忘れてはいけない、光千代は声に出してしまう。独り言の常でつい周りが見えなくなってしまったことへの羞恥がある。久しぶりに会う父に会うことに対して稚気じみた興奮がそうさせたのかもしれない。

 最初はそう考えた。けれども、光千代はそれだけではないと改める。

 弑逆した謀叛人の名前を舌の上で呟く。明智惟任光秀。

 光千代の祖父に当たる。

 けれども、光千代はこの祖父に会ったことは愚か、その腕に擁かれたことすらないのだ。

 明智惟任は織田右府の後を継いだ羽柴筑前――のちの関白、そして太閤となった豊臣秀吉に敗れ去り敗走の最中に土民に殺されたのだ。

 祖父が何故そんな事をしたのか、周りに問おうとしたことはなかった。自分の生まれる前から張られた大罪人の血族という札に嘆くこともしなかった。

 強かった、からではないと光千代は思う。単に私の身が病弱だったからそんな事を考えるいとまがなかったというだけだ。光千代はそう考える。

 次にあるのは複雑な思いを抱かざるを得ない成り上がり者の死。

 光秀を討った豊臣秀吉の死だ。

 彼ほど日ノ本に影響を与えた者もいないだろう。右府公は魔王と呼ばれていたが、太閤はその呼び名ではない。けれども、右府公以上の独裁者であったことは確かだ。

 明智惟任成敗以降、柴田修理を筆頭に右府公の息子織田侍従信孝を自害に追い込み、織田家の旧臣達を次々に放逐していった。

 恩を仇で返す、皆口にはしなかったがそう言う意識があったのは言うまでもないことだ。

 片腕であった千利休に腹を切らせ、養子であり後継者として扱っていながらも世継ぎが生まれその存在が邪魔となった関白豊臣秀次も同様である。加えて建前として素行の悪さをあげていたが、民草はその事に疑問を感じていただろう。

 何せ三十九人にも及ぶ秀次の正室、側室、遺児を残らず撫で斬りにしたのだ。

 太閤は確かに日ノ本に太平をもたらした。けれども、戦国の気風を悪いように残した人物でもあったとも言えるだろう、と光千代は見る。

 その太閤が死んだ。野分のような人間であった。けれども、その野分に人々は多く涙を流した。

 光千代は泣けなかった。その偉大さはよく聞かされていたが、実感が持てないでいたというのと祖父を殺したという拭いがたい血族意識があった。あの小さな老人に対して複雑な思いを抱くことはあっても、感涙にむせび泣くということはできなかった。

 そして、話は慶長五年へと戻る。

 この年、いや暗闘はもうすでに始まっていたのだが表面化したのはこの年だ。豊家五大老の筆頭徳川内大臣家康は上洛を拒む上杉家に対して問責士を派遣し、五大老上杉景勝の片腕として名高い直江兼続が内府に返礼した。俗に言う直江状である。

 それによって行軍が始まった。そして思わぬことが起こる。挟撃する形で五大老にして中国の覇者毛利輝元を総大将に担ぎあげ五奉行の任を解かれた石田治部が挙兵。

 内府はそれによりすぐさま景勝征伐を取りやめ西上した。

 そして後は知っての通り内府が戦に勝ち、石田治部、小西摂津、安国寺恵瓊が斬首に処せられ日本全土を揺るがした大事件『関ヶ原の合戦』は幕を下ろした。

 実際には幕を下ろしたのは戦という花の部分で、今も戦後処理に内府や家中、そして勝者と敗者へ様々な悲喜劇を起こしている。

 人質として江戸に参勤している光千代にもこの話は関わっていた。幸運なことに父細川越中は内府の側に立っていたので改易に処せられることはなかった。非公式な話ではあるが移封もあるらしいが、改易ではなく実質領地が増えるということらしい。

 だが、と光千代は思う。それによって父の心はいやされるかといえば、何の慰みにもならないだろうと思うのだ。

 それは関ヶ原の一幕。光千代がその話を聞いた時天地が逆しまになったような気さえした。

 細川玉子。後の世にはガラシャとして知られる光千代の母にして、父の妻。

 その――死。

「失礼いたしまする」

 光千代は細川越中がしつらえた茶席の戸を静かに開けた。

 どんな顔をしてよいもの、悩みながら。


「顔をあげい、光千代」

 あまり耳慣れない父の声に、本当に自分の父のものか一瞬迷ってしまった。その後ろめたさがありすぐには顔をあげなかった。結果的に少しずつ顔をあげていくという武家の礼法に、甘えてしまった。

 父の顔を見るより先に茶席を見た。利休七哲に数えられるほどの茶人である父は、光千代から見れば利休の後を追っている幼児のような印象を受けていたが、もう大人になってしまったらしい。利休好みとは違った奥行きが縦に広く月明かりを入れるため窓を多くしつらえ開け放たれている。茶釜から漏れ出る湯気が何とも言えぬ幽玄さを醸し出していた。

 そして、父の顔を見るつもりが別なものに目をとらわれた。

 泡だ。

 けれども、それは水面に漂う濁とした不浄のものではなく、宙を気の向くままに漂っている流離い人のようにさえ見えた。

 それが一つだけではなく、無数に浮かんでいた。

 父は意を得たりと笑うこともなく、粛々と茶釜を見つめ茶を立てていた。

 この空気は苦手だ、光千代はそう思った。どのような用件で呼ばれたのかが解らなかったが、整い過ぎた父の顔は月明かりだけが光明としているこの茶室において、よく見えない。

 それでも今茶を立ている細川越中は茶人である。ならば、その礼儀にならいまず茶を受けることに専念すればいい。それから本題に入る。策というほどではないにしろ、茶の場においてはそれが定石であるだろう。

 父が立てた茶は薄茶であった。濃茶は夜には向かない。眠れなくなってしまうからというなんともがっかりとした理由である。

 それにしても美味しいお茶であった。

「結構なお手前でございまする、越中様」

「堅苦しいぞ、光千代」

 そう言って父はふっ、と笑った。その笑みに光千代はほっと胸をなでおろした。

「今日呼び出した用件は三つだ」

 けれどもこうも実直に言われてしまうと解かれた緊張がまた結ばれてしまう。構えを正して光千代は父の言に耳を傾けた。

 一つ目は光千代の兄、忠隆に関することだった。

「忠隆の廃嫡だ」

「あ、兄上をですか?」

 そうだ、と忠興は首を頷いた。

 理由としては大阪にいた忠隆の妻が母の死の際に殉死するでもなく宇喜多屋敷に逃げたということだ。父は忠孝に対し妻と離縁するように申しつけたが、忠隆はこれを拒否した。

「今すぐするというものでもない、あいつはまだ若い。それを解っていないだけだ」

 だが、と続ける。

「倅はきっと妻とともにいることを選ぶだろうな」

 その言葉に光千代は父が兄に対して羨望を持っているのだと感じた。

 細川忠興は激情の人である。同時に歪んだ人でもある。

 妻への愛は十二分以上であり、有体に言えば異常者のそれでもあった。

 こんな話がある。父は自分以外の男に母の姿を見せたくないと屋敷から一歩も出さないようにしたというのだ。

 そして、名もない庭師が母の姿に見とれ、それを父に見つかり首を刎ねられたという風聞だ。

 光千代はその現場に居合せなかったので本当かはわからないが、父がかける母への愛は並みのものではないことは解る。そして、それはもう過去のものとなってしまい、これからもその穴を埋めることも出来ないだろう。

 そして、二つ目は愕然とした。

「光千代、わしはお前に後を継いでもらいたいと思っておる」

 兄上を差し置いてですか?、光千代は反射的に返した。

 光千代に二人の兄がいる。忠隆に興秋、いずれも戦において活躍しているのに対して、光千代は今だ元服すらしておらず実戦経験もない。

 そんな自分が父の後を継ぐというのは、光栄に思う気持よりも不安があり戸惑いを隠せないでいた。

 だが、父はそんな光千代へ意図を告げた。

「これからは内府の時代になる。今の豊家が日ノ本を統治できるとは思えん。忌々しいが治部の存在はでかかった。彼奴が司馬仲達になるとも限らんかったが、治部の代わりになるような人間は今の豊家にはおらん。更にお拾さまは幼少。これで内府が掌握できなければ、ただの道化よ」

 それまではわしは生きている、戦は任せよと父は言ったのだ。光千代はそう思った。

 確かに内府が日ノ本を支配出来れば戦はなくなる。豊家の大失敗である唐入りを続けようとは内府も思わないだろう。豊臣に背を向け生きていくのならば違った政策を打ち出して行くだろう。

「だから、これからお前のようなものが民草を統治していかなければならない。太閤を見ても解るだろう? 戦国は終わるのだ」

 老兵は死して去るのみ。父はそう言って視線をそらした。

 それからしばらく夜の湖畔のような沈黙が続いた。話のうち、二つが終わり三つ目が光千代には気になった。前の話二つは大きな話だった。最後に持ってくる話がいかようなものかは想像だにできなかったが、大きなものであると光千代は予想した。

 けれども、父が話しだしたのは世間話のようなものだった。

「光千代、お前は病弱だったな」

「……は」

 頷き促す。

「玉もお前には特別目をかけていた。体の弱いお前に南蛮の神の祝福を受けさせようとまでした」

 それで救われるように、助けられるようにな、父の声音は平坦だったがどこか不機嫌を含んでいるようだった。

 それもそうだろう、光千代は思う。太閤の治世下において切支丹は白い目で見られていた。南蛮の教理は禁教となり大名たちもそれにならい南蛮とのかかわりを自粛していった。

 それは名門の細川家も例外ではない。けれども母は信仰を続けた。受洗を一緒に受けた侍女の鼻を父が削いで棄教を迫った父の脅迫に対してもけして従う事がなかった。

「玉の基督教への信仰は度が越していた。信仰とは建前ぞ?」

 父は仮面であると告げた。

「教えで救われるのは己が心のみ。教えで世が変わるか? 教えで腹が膨らむか? まぁ、この話も暴論であることは認めよう。然れども」

 玉が自害することもなかった。淡々と語る父もそこのところだけは激情家の面をのぞかせ泣いてしまうのではないかと、光千代は懸念した。

 だが、それも杞憂だった。父は茶の趣向と茶室に関しての感想を聞いてきた。

 光千代は感服するばかりと、まず答えた。

 そして、宙に漂う泡の創意たるや数奇者として名高い古田織部にも勝るのではないかと返した。それぐらいに光千代の心を捉えたのだ。

 だが、その受け答えはこの父にはあまり受けがよくなかったようだ。

「この趣向、実はわし一人が考えたものではないのだ」

 そして、語る。

「玉が、わしに見せてくれたのだ」


 父はとうとうと語る。前述の上杉征伐への行軍の前夜、大坂の屋敷で母は舞を一指し舞ったのだという。

 母の舞を父は見惚れていたのだという。そして、その趣向も見張るばかりのものだった。なぜなら、光千代が見た泡を浮かばせた間において舞だった。ちょうど今日のように冴え冴えとした月明かりで、細川越中の至宝はその美しさを輝かせていたのだ。

 その時、父は酒を飲んでいたため母の趣向について深くは考えなかった。ただ、童子のように綺麗なものを綺麗という素直さで受け答えをしていたそうだ。酔いはしていたものの、不思議なもので父はよく覚えているようだった。

「珍しいこともあるのですね、与一郎様。貴方様が、そう笑上戸になさるとは」

 自分を見る目も父はよく覚えていて語ってくれた。母は父を愛おしむ様な目つきをしていたのだという。

 父はその眼に一瞬酔いがさめるような錯覚に陥った。酒が入ったせいもあるのだろう、父は自分が妻にしてきた仕打ちを客観的に思い出し迷惑ばかりかけてきたことに戸惑いやら羞恥やらがこみ上げてきて、目が回ってしまった。

「玉、なぁ、玉子よぉ。膝枕してくれんか?」

 いいですよ、月光にも宙に浮かぶ泡に負けぬ美々しさで母は微笑んで応じた。

「なぁ、玉よ。この泡なんだ?」

 しゃぼんの泡でございます、そう言われあぁ成程と知ったかぶって父は宙を見上げた。

「綺麗だな」

「そうでございますね」

「見事な創意ぞ、玉。南蛮のしゃぼんをこのように使うとはわしは思いもせなんだ」

 でも、と母は告げた。

 これは与一郎様が教えてくれたことなのですよ?、という言葉に父は驚いた。

 けれども応答はなく、母は静かに微笑みかわりに歌を歌った。

 母が歌うのは異国の歌。日ノ本のものではない。

 普段の父ならばそこで激昂するはずだったが、酔った父は興が乗り耳を傾けていた。

 そして、落ちるように眠りについた。

 これが父の、母との最後の思い出となった。


「光千代、わしはな忠隆が羨ましい。わしと玉の生活はもうできない。忠隆はそれができる。あぁ、鬼が嫉妬をしているのだ」

 母は父を鬼と言った。ただの戯れ合いにしては剣呑に過ぎるだろう。それは前述の母を見た庭師の話には続きがある。その首を母の前に突き出したが、母は気にも留めた風もなく父はその様を評して「蛇のような女だ」と返し、母は「私が蛇なら、咎なく人を切る貴方は鬼でしょう」と返した。

「あぁ、わしは確かに鬼だ。人を切り、業の深い鬼だ。わしは地獄に落ちるだろう。だが、玉は? だが、玉はどこへ行ったのだ? 玉が地獄の責め苦にあうなど考えとうもない。だからわしは玉にもう会えん。信仰を貫き、異教の神の園へと昇っていったのだろう」

 父は母の葬儀を仏教のものではなく、伴天連の宣教師に頼んだ。それがどのような意味を持っていたのか光千代には解らない。だが、父は負けたと思ったのだろう。

 神への愛の深さと自身に向けられる慕情の天秤が前者に傾いたと思ってしまったのだろう。

 けれど、と思い光千代は語った。

「違いまする」

 父は面食らったようだ。光千代は激情が先走ったことによって会話が成り立っていない気付いた。

 しかし、解ってくれるだろう。そうだ、以前に母が言っていた言葉が蘇る。

「私は、与一郎様に救われた」

 母はそう申しておりました。光千代は語る。

 光千代の祖父、玉子の実父、敗れ去った謀叛人明智惟任光秀。彼が死んで母は一時期離縁され、人里離れた山村に軟禁された。

 母は父がその心を慰撫するため色々なものを送ったことを光千代に嬉しそうに語っていた。

「中でもしゃぼんは嬉しかったようです。母はそれによって異国を知り、その信仰に興味を抱いたのです」

「……では」

 わしが玉子を殺したのか? 月が隠れ灯がなくなった中父の眼がギラリと光るのが見えた。その光は怒りではなく、戸惑いが強かった。

 光千代は続ける。

「越中様、貴方は信仰は建前と仰った。然れども母上にとりそれは建前ではなく(よすが)だったのでしょう。父が死に離縁され、心細かったのです。そこに来て南蛮の教えは暗がりの道を行くうえでのともし火だったのです」

 貴方は父上、光千代は言葉にする。

「貴方は母上を救ったのだ。母上の心を」

 父は――何も言わなかった。

 またたきの静寂が終わり父は告げる。

「もうよい、下がれ。光千代」

「は」

 光千代は頭を下げて退出しようとした。

「光千代」

 父が声をかける。どこかくぐもった声で、

「ありがとうな」

 あぁ、と思い会釈だけで済ます。

 父は泣いていた。

 悲しみだけではないことが、父にとって救いだったろう。光千代はそう思い席を後にした。



これは楽しんで書けました。



シャボン玉で戦国時代だったら石田三成だろって方は、火坂雅志先生の短編小説をどうぞ。私は未読です。



これは歴史妄想小説なので実在の人物を題材に書いていますが、どこまで行っても妄想の域を出ません。名門とはいえ秀吉臣従当時の細川家の財力と忠興の財布の事情で南蛮渡来であるシャボン石鹸を玉子さんに買ってあげれたかは解りませんが、そこはファンタジー(妄想)ということで一つwwww



細川家に関してこれを期にwikiで調べてみたら面白いわ面白いわ。なんでもそうですけど、人生で何か一つはドラマになるもんです。最低でも一つはそんな事があるもんです。



でもなー、忠興さん玉子さんのほかにも側室持ってんだからまったくリア充爆発しろって感じですよ。まぁ、この情報は又聞きなので不確かあやふやです。



今書いてみたいのは武田信玄の妻で公家の三条夫人のお話です。ますますライトノベルから遠ざかってる件。



しかも、ペースも遅いって言う(-_-;)



まぁ、いずれ形にしてみたいと思います。




ではここまで読んでいただいた方もそうでない方も、ありがとうございました!!!






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