【絶えぬ焱】
こんにちは。
降野椛葉です。
今回は短編小説五作目『絶えぬ焱』を公開します。
学生身分ながら、このように作品を書けていることが光栄です。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。
降野椛葉の焱はこれからどのように燃えるのでしょうか…
〈絶えぬ焱〉
世はまさに戦国動乱。
幕府の政権が弱まり、各地の諸大名や
武士らが戦を起こし世は荒れていた。
その被害は神社仏閣にも及び、その大名が支配している
領地下に佇む社や寺が他大名によって次々と焼き払われていた。
この本州からそう遠く離れてもいない斎島には
高々と聳え立つ山々が連なる。
その山の中腹に、水鐘院と呼ばれる寺があった。
「おーい!嚴秀はいるかー!?」
と寺のそう遠くない階段下の境外から呼ぶ声がした。
「はい!向かいます!」
私、嚴秀はこの寺の修行僧だった。
私はかなり段のある階段を降り、向かった。
「嚴秀!今日はお主が門前掃除じゃったな?
隆房殿は来ておらんか?」
隆房殿って、あの隆房殿か。
隆房殿はこの斎島近辺、
蘇芳國の主君に仕える侍だ。
「いえ、隆房殿らしきお方は見ておりませぬが…」
「そうか。そろそろ『燿仙祭』開催にあたる会議なのじゃが…」
と燿秀様が首を傾げていた時、門前町から列を成し
腰に刀を構えた武士がやってきた。
「あなたが水鐘院の住職、燿秀殿でいらっしゃるか」
と燿秀様に話しかけていた。
「えぇ、いかにも。あなた様が隆房殿でいらっしゃいますね」
この方が隆房殿か…
話でしか聞いたことがなかったが…
はたから見て、寛大なお方だと見受けられた。
「遅れて申し訳ない。燿仙祭についての会議に参りました」
「ありがとうございます。じゃあ嚴秀、講堂へ案内しておいてくれ。
私は資料やらを取りに行く」
「承知しました」
私は隆房一行を講堂まで案内した。
「荘厳なお寺だ…」
と後ろで隆房殿が呟いていた。
「講堂はこちらとなっています」
「あぁ、案内ありがとう」
隆房一行は講堂に入っていった。
その一行に何か違和感を感じていた。
どこかで見た家紋だ…
一行を見ていると燿秀様がやってきた。
「案内ご苦労じゃ。私は話してくるから、ちと待っておれ」
「承知しました」
そう言って燿秀様は講堂へ入って行った。
それにしてもかなりの列だった。
戦でもするのかと言うぐらい。
いや、それは言い過ぎか。
おそらく家臣や重臣などの重要な立場の人間であろう。
そしてしばらくして、一行と燿秀様が出てきた。
「では、私たちはこのあとこの島の宿に戻りますゆえ、
あとはよろしく頼みます」
「かしこまりました」
そうして隆房殿一行は寺を出て、門前町へ歩いて行った。
「おぉ、嚴秀か。燿仙祭は順調に催せそうじゃ」
と燿秀様は腕を捲った。
「えぇと差し支えなければ燿仙祭についてお教えいただけますか」
「あぁ、嚴秀は未だ燿仙祭には出たことがなかったか。
燿仙祭は、三年に一度開かれる祭事でこの寺の燿仙堂にある
千年前にこの寺の開祖様が灯した炎『燿仙の瞳』を
訪れた大名様に分火し、一族の繁栄を祈る祭事じゃ。
今年はその隆房殿なのじゃよ」
そんな祭事があるのか。
私は二年前にこの寺に入山したので知らなかった。
「ところでじゃが、嚴秀はなぜ燿仙の瞳が千年間
灯し続けられていたと思うか?」
燿秀様は私に問うた。
「…燿仙の瞳は私の計り知れない数多の時代を生き、
燃え続けています。その瞳が持つ役割は、私には…」
と話していた時、燿秀様が言った。
「論点がそこでは、行き着く先を見誤るぞ」
「ふむ…?」
「ところでじゃが…」
燿仙の瞳は千年を越えて、燃え続けている。
私の家もずっと燃え続け、生きてきていた。
だが数ヶ月前、自分の家がある大名家の手によって滅ぼされ、
一族諸共バラバラになった。
戦国の動乱に混じり湧いて出てきたどこかの大名家に、だ。
途方に彷徨っていた所に、
この燿秀様が家に迎え入れてくれた。
以来、その御恩を胸に寺の掃除などを務め修行僧として入山した。
捨てる物が無かった人生に、護りたいと思う物ができた。
その燿秀様が護りたいと思う物を、私も護りたいと思う。
「嚴秀、聞いておるか?」
思い出を漁っていて、聞いていなかった。
「は、はい!」
「では、言った通りに頼んだぞ」
ザクッザクッと燿秀様は砂利道を進んで行った。
「え?は、はい?」
話を聞いていなかったゆえ、
このあとなにをすれば良いかわからない。
燿仙の瞳の話が上がっていたので、
私はとりあえず燿仙の瞳を灯している燿仙堂に向かった。
燿仙堂はこの水鐘院よりもっと山頂よりに建てられている。
微々たる時間山を登り、燿仙堂に着いた。
「ここが燿仙堂…」
よく視るのは初めてであった。
その堂内には、赫灼と燃ゆる炎がパチパチと座っていた。
なぜかずっと視ていられる気がする。
これは万人に属す心の感じ方なのだろうか。
それともこの炎に何かを感じるからだろうか。
今なら何かを悟れそうな…
そんな私の耳に入ってきたのは、麓の町からの悲鳴だった。
「なにごとだ!?」
私は急いで燿仙堂を出て、麓を見下ろした。
「こ、これは一体…」
見ると、島の町々が次々と焼き払われ、火で燃え盛っていた。
その火炎はまるで燿仙の瞳とは違う。
赤も赤だが、棘棘とし殺気立った燃ゆる炎。
「っ!嚴秀!ここに居たか!」
と、走ってきたのは燿秀様だった。
「燿秀様!これは一体…?」
私は燿秀様に駆け寄り事情を聞いた。
「隆房殿が謀反を起こし、町に火を放った…!
その火は瓦屋を伝いいずれ水鐘院も燃え去るであろう…」
「隆房殿が…!?」
理解できなかった。
なぜこの島に火を放ったのか。
戦のためならなんだってするというのか。
いや、それが武士の本心であろうか。
「ゆえに私は水鐘院に戻り、ともに散る」
「!?燿秀様!?」
ともに散るということは、水鐘院諸共燃えゆくおつもりか。
「な、なら私もともに!」
私が言いかけた時、燿秀様が後ろの燿仙堂を指し言った。
「嚴秀はその『燿仙の瞳』を持って島を出ろ。
本州の方には元就殿が居る。
その方の元に燿秀からの使いだと申して逃げ込め。
良いな?」
「し、しかし!」
燿秀様を置いて島を出るなんてことは…
「私を置いて島を出ることができぬのなら、
こうしよう」
燿秀様は私の心を読んだかの如く言い、
燿仙堂の焱の前に立った。
「ぐっ…!」
「よ、燿秀様!何を!?」
燿秀様は腕を木片で斬り裂き、血を焱に滴らせた。
「これもある一種の冒涜であろうな。
だが、こうしないとお主は焱を持っていかんであろう?
この焱には私の血が継がれている。
私を置いて行きたくないのなら、この血も
置いてはいけぬであろう?」
燿秀様は迷わず腕を斬り、血を滴らせた。
最初からこれを予想していたかのように。
そして燿秀様は異国からの商品である
蝋燭を焱にくぐらせ、灯火を宿らせた。
その蝋燭を私に手渡し、こっちを見つめた。
「っ…承知しました。我嚴秀、焱を持って島を出ます」
「あぁ。この山を船着場と反対の方に降りて行けば船がある。
その船を使って島を出るんじゃ。
頼んだぞ、嚴秀」
燿秀様はそう言い遺し、燃え盛る寺へ降って行った。
そして私は焱を持って、急いで下山した。
ザッザッという砂と葉が入り混じる音ともに降ると、
あっと言う間に海岸に着いた。
暫時の猶予もないゆえ、私は船に乗ろうとした。
だが、捨てきれない思い出がこの島にはあった。
その躊躇いが、私の足を止めていた。
涙が、燃え盛る焱にまた滴っていた。
でも征かなければならない。
紡いだ奇跡を、抱いて。
私は船に乗り対岸まで漕いだ。
その後ろから私を照らしたのは赫い火炎。
どこか苦しそうで、助けてほしそうな燃え方だった。
そして美しい。
そんな私の心が醜くさえあった。
「よもや、隆房殿が町を焼き払ったのは
この芸術を創り上げるためか」
私は炎炎と燃ゆ島の社殿や、町を見て思い出した。
私の家が焼き払われた時に見た敵軍の家紋と
隆房殿の家紋が同じであった。
つまり、私の家を滅ぼしたのも隆房殿。
「隆房殿は最初からこのつもりで…」
世は戦乱である。
どこが戦場になりえるかわからない。
ましてや家であろうと。
「だが、悔しいほどに美しい燃え方だ」
燃えゆく火炎は、島の木々にも燃え移り島を燃やした。
火は明るい。
明るいというのは良い思考で、絶やすことはあってはならない。
だが私の家や、島は絶えてしまった。
捨ててはならないものが、燃えてしまったのだ。
火とはなぜ燃えるのだろうか?
米を炊くため、燈を灯すため、道を照らすためと色々ある。
では町を燃やすために燃えているとしたら?
それは非人道的であり、人々が哀しんでしまう。
だが私はそんな火に美学を感じる。
大きく燃え、赫く燃ゆるあの火炎。
ふと手元にある燿仙の瞳の焱を見た。
何かが違う。
それは大きさか、はたまた燃え方か。
同じ火であるのに何が違うのだろうか?
燃え尽きてしまいそうなこの焱と、
これからも燃え続けそうなあの炎、
なぜこちらの焱は見窄らしく見えるのだろう?
火に美学を感じるには、そのほのおが
なんのために燃えているのかが大事なのかもしれない。
ただ、託されたために絶やしてはならないのだ。
この焱に宿る血と涙の螺旋を紡いで。
〈絶えぬ焱ー終わりー〉
嚴秀が継いだ焱は元々寺の開祖僧が千年以上前に灯しており、
尚且つ師・燿秀の血が流れていることから嚴秀にとっては
とても大切な灯火であることは明確です。
ですが、町で燃え盛る炎と見比べるとどうやら焱は見窄らしい。
火をどのように捉えるかは人それぞれ。




