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雪が待つ春

作者: マフモフ
掲載日:2026/03/29


 皆が待ち焦がれた春は暦の上では近づき、現実ではまだ遠い存在に思えた今冬。


 山の木々にもまだ雪が残り、風に吹かれては静かに舞い落ちる。

 

 空中で(わず)かに日の光に(きら)めき、また白い大地へと帰って行くのだ。

 

 辺りは静けさに満たされ、時より風の音と何処かの積雪が崩れ落ちる音がするのみ。


 静寂とはこの事を言うのだろうか。


 木々の蕾がまだ硬く閉ざされ、今年の冬の厳しさを物語っていた。


 そんな一面の銀世界を一人の男は今日も一心不乱に歩いていた。


 木を()るのが仕事のこの男は今日も山中を歩いている。

 

 いつもの様に斧を担ぎ雪を踏み鳴らしながら山頂に向かい、進んでいる。


 昨晩降った新雪が男の足を(すね)まで捉える。


 男は思ったより浅くて助かったと思いながら、いつもの山道を一歩一歩と踏み締めていた。


 暫く歩いた先に大きく開けた場所がある。


 眺めの良い場所で下界が広く見渡せるのだ。


 そこによく休憩で利用している桜の古木がある。


 周りの木を切り出してもそれだけは何故か残しておいた。


 今でも不思議に思う、そうしなければならない、そんな気がしたからだ。


 それ以来、あれとは長い付き合いになる。


 斧を担ぎ、カンジキで足場を確保しながらゆっくりと進む。


 登って来て分かったが、春はまだその姿を見せる気が無さそうだ。


 肌身に厳しい寒さはまだ続くのだろうと男は実感していた。


 もう少しであの桜の木に辿り着きそうだ。


 少し休憩を取って、持参した茶でも飲むか。


 汗をかき過ぎても体に悪いしな。


 そんな事を考えながら男はふと顔を上げる。


 遠目にはあの太い桜の木、その脇の所に有る、見慣れない物に気付いた。


 それは近づくにつれて(うっす)ら人の形を取り始め、あたかも雪が不自然に積もったのではないかと思ってしまった。


 だが違う……違ったのだ。


 そこには白い着物を着た女がこちらに背を向ける形で立っていたのだ。


 

 (何故こんな所に?)


 

 男は不思議に思うと同時に突風が吹き、女の髪を吹き流す。


 その一瞬の出来事に男は顔を背け、刺す様な寒風に眉をひそめた。


 しかし女は微風(そよかぜ)が吹いたかの様な表情で、あまり気に留めていない。


 そっと風上に顔を向け、乱れた髪を整える様に髪を耳にかける。


 男はその仕草を目の当たりにして、そっと息が止まる。


 全ての神経が目に、そして眼前の女に集中してしまった様に感覚が曖昧になっていく。


 

 (何と美しい女子(おなご)だ)


 

 女性に対して失礼だろうが、歳の頃が分かりにくい、見た目は若いが自分が知っている歳にしては、やけに落ち着いた雰囲気に見える。


 それに肌は新雪をそのまま固めたかの様に白く透き通り、魂が吸い込まれそうな錯覚を覚えた。


 まるでこの世の者とは思えぬその人に何故か男は恐怖する事はなかった。


 むしろ懐かしい様な、それでいて少し胸が締め付けられる様な感じがしたのだ。


 初対面のはず……だがどうして?


 先に声をかけたのは女の方だった。


 惚けた顔で突っ立っている男を見るなり微笑みながら声をかけたのだ。


 

「もし? そこのお方、少しお尋ねしたい事があるのですが……」


 

 さっきの人形の姿が嘘の様な血の通った微笑み、最後に一瞬悲しげな表情をそっと見せた。


 男はハッと我に帰り、慌てて肺に空気を入れる。


 だが外気の冷たさに思わずむせてしまい直ぐには返事が出来なかった。


 

「ぐはっ、ごほごほ! はぁ〜っ、何で、しょう?」


 

 恥ずかしさからか、女性と余り話した事が無い為か耳まで熱くなってしまった。


 女はまた微笑む、今度は悲しげな顔は無かった。


 不思議と知っている様な、前に見た事がある様な、そんな気持ちになる笑顔。


 

「道に迷ってしまい困っています。歩き通しで疲れてしまって、何処か休める所はありませんか?」


 

 女は何処から来た? 麓からの道に痕跡はなかった。


 夜通し歩いたのか? なら夜降った雪で消えていてもおかしくない。


 だが森の中で過ごしたにしても足跡がないのは不自然……まさか……。


 男は考えをめぐらせながら少しずつ近づき更に様子を見ると女の後ろに足跡があった。


 だが彼女が付けたにしては浅い様に思える、それに着物の裾があまり濡れていない。


 これではまるで重さがない様な印象を受ける。


 新雪に埋まらないとは……しかも山側から来たのか?


「で、でしたら、この先に私が作業で使っている小屋があります。そこで良ければ、どうぞ」


「すみません、お世話になります」


 深くお辞儀をしてこちらを見る。


 何だか恐縮してしまう。


 女は害する様な雰囲気はなく、ただ静かに佇み、男の次の行動を待っている。


 

「山小屋はこっちです。少し歩きますがそう遠くないので、道中何かあれば直ぐに言って下さい」



 男は指を示し女を山小屋へと歩き出そうとした時、今度は女が口を開いた。



「この木、桜ですよね。大きいですね、長い年月を生きて来たんですね」


「ええ、そうですね。私、木を伐る事を生業(なりわい)にしているのですがこの木だけは伐れなくて、何故か伐ってはいけない様な気がして……だから周りの木だけ無くなっているでしょ。……寂しいかもしれませんね」


「そうですね……」


 

 男はあまりの美人に気分が良くなったのか少し饒舌に語り、女は何故かとても嬉しそうに、その話を聞いていた。


 女は更に質問して来た。



「この桜について他に話などはありませんか?」


「いえ、他には特に知りませんね」



 今度は女の顔が曇る、とても悲しそうな表情になって桜の木にそっと手を添えた。


 そして一言そうですかと言い、男の後を着いて小屋までの道を歩き始める。


 さっきの事が関係するのか二人の間に漂う空気は少し重かった。


 男はその事が気に掛かったが今は聞ける雰囲気ではなく、気にせずこのまま小屋に向かう事にした。

  

 そして風が流れ始める。


 山の天気は変わりやすい、大丈夫だと思うが予断は出来ない。


 

「風が出てきた、少し急ぎましょう。天気が変わるかもしれないので」


「はい、分かりました。急ぎましょう」



 二人は出来る限り、雪が残る山小屋への道を早足で歩いた。


 途中、何度か突風に見舞われながらもようやくたどり着いた二人。


 冷えた体を温めようと男は囲炉裏に火を入れる。


 四畳半ほどの本当に小さな小屋。


 火が着くと薄暗かった小屋の室内を照らし(わず)かばりの安堵(あんど)感を与えてくれた。



「さぁ、当たって下さい。ボロ屋ですまんですけど休んで行って下さい」


「はい、ありがとうございます」



 女は持っていた手拭いで着物に着いた(ほこり)を払いながら囲炉裏の前に座り男を見る。


 男は照れから目線を外す。


 微笑む女。


 和やかな雰囲気に包まれる山小屋。


 時間も忘れ、話し込む二人、穏やかな時間の中で男は完全に警戒を解いてしまっていた。


 女の話では山に有る物を頼まれ、取りに来たのだが所在が掴めず道に迷っていたそうだ。


 そこに都合よく現れたのが男だとか。


 そこからは、たわいもない話ばかりしていた。


 そして、男ははいつの間にか寝てしまっていた、目が覚めてから自分が寝ていた事に気付き、ようやく失態を理解した。


 慌てて周りを見る、囲炉裏の火はまだ幾分か炎があり消えてはいなかった、が女の姿が無い。


 もしや外に出たのでは、と思い入り口を開ける。


 さっきまでの天気が嘘だと思える程、猛吹雪になっていた。


 男は焦った(まさかこの中を出たのか?)思うよりも体が動く。


 吹雪の中を歩き、来た道を戻って見る。


 いない、悪い予感が頭をよぎる。


 吹雪は更に激しくなっていく、前が見ずらい、体も凍えそうだ。


 しばらく歩いたが目印の桜の木が見つからない。


 もう着いていてもいい頃だ……まさか道に迷ったのか。


 まさか自分の庭の様な場所で迷うとは……情けない。


 女は一体何処に行ったのだろうか、行き倒れてはいないだろうか、思い出すのはあの幼さが残る笑顔。


 尚も男は女を探しつつ自分も避難出来る場所を探した。


 一面の雪、真っ白な世界、自分が何処にどう居るのかも分からない、山なのか谷なのかさえ分からなかった。


 寒さと疲労で次第に眠気が来る、体が重い、今にも意識が飛んでしまいそうだ。


 それでも男は何とか歩き続けていた。


 そんな中、突然眼前に何かしらの物体が現れる。


 吹雪の中、視界が悪く木や岩に行き当たったのかと顔を少し上げて目をこらす。


 すると見た事がある白い着物が見える、更に顔を見上げ疑惑を確認した。


 やはり女だった。


 とても悲しい顔、鮮やかな色の唇が噛み締められている。


 見下ろしながら膝を着き、両手でそっと男の頬を包み込む。


 相当に冷えているだろう自分の体が更に冷たいと感じる手で顔を突き合わせる、今にも泣き出しそうな顔。


 今まさに死の際に有りながら美しく整った顔。


 吹雪が女を避けて通るので顔がよく見えるのだ。


 頬に当てられた女の両手にわずかに力がこもる。



「やっぱり、私には出来ない……ごめんなさい」


「え……」



 顔に添えられた女の手、体を後ろに引いて離れる頃には、天災のように激しかった吹雪が嘘のように止んでいた。


 気付くと静寂と月の灯りで辺りは青白い雪と更に白く(たたず)む女だけ。


 男は息を呑む、あまりの美しさに今も動けない。


 女の瞳から涙が溢れ出て、頬を濡らし、流れ続けている。


 流れ落ちる涙は凍り、月灯りで煌めき宙に舞う。


 

「また……私を見つけて……」



 更に大粒の涙が溢れ出す。


 女の体が次第に薄くなって逝く。


 月の光が体を通り抜け青白く染まる大地に落ちる。


 そして、(きら)めきの内に姿が完全に消えた。


 別の美しさにただ見つめる男の姿だけがそこに残された。


 静寂の中の一瞬。


 助けて、くれた?……。


 男は何が起きたのか分からずにいた。


 何故、泣いていた、あんなに悲しく切なさそうに……。


 どうして助けてくれたんだ? 凍り付けにして殺すはずでは……。


 (また、私を見つけて……)女の声が脳裏に浮かぶ。


 知っている……何処かで聞いた……はず、どこだ?


 瞬間的に頭に映像が浮かぶ。


 桜の木、舞う花びらと君、悲しげな笑顔。


 招かれる手を取り、温もりを感じる瞬間。


 愛おしい想い。


 人の温もり。


 かつて将来を誓った彼女が放った言葉。


(私を見つけて……)


 頭の中が鮮明になって行く。


 男は思い出した。


 前世での記憶を……また忘れてしまった事実を。


 同時に感情が込み上げ、大きく膨らみ爆発しそうになる。


 凍傷が出来るほどに冷えた体が今度は熱く煮える様に震える。


「くそー! 何故だ! 何故また俺は……」


 拳を固く握り、雪の積もった地面へと何度も何度も両手を叩きつける。


 (また、俺は彼女を悲しませてしまったんだ)


 悔しさからか男は涙ぐみ、やがて溢れる。


 鈍い痛みと、叩きつけた雪がほのかに赤く染まっていた。


 放心状態でそれを見つめ続け、(このまま死んでもいいか)とさえ思う様になっていた。


 鮮やかな赤、血に染まる白い雪、月の灯りで照らされ全体が淡い色になっている。


 男はそれを見続ける、白と赤、彼女の唇の様な色合い……そして彼女の言葉を思い出す。


 

「また、私を見つけて……」



 男は気付く〝また〟……見付けなくては、彼女を見付け出さなければ!


 まだ死ねない、彼女にまた会うまで俺は死ねない。


 (ひざまず)いた足を伸ばし、立ちあがろうと全身に力を込める。


 バリバリと凍った服から解き放たれる様に一歩を踏み出した。


 周りを見ると吹雪は治まり、いつもの静かな夜、その物だった。


 幸いにも近くに自分の山小屋があり、入るなり薪をくべ暖をとった。


 落ち着き、安堵した頃に思った。


 山小屋のすぐ近くで遭難してたとは滑稽だなと、誰にも話さず秘密にする事に決めた。自分の名誉のために。


 たぶん彼女となら笑い話に出来るだろうか? でも命を取られかけたのだから無理だろうか。


 と、微笑む余裕が出来た所で強烈な眠気に襲われ、ほどなくして男は眠りに落ちていった。


 おそらく夢。


 そこは春の日。


 山の上にある桜から下界を眺めては春の終わりを感じていた。


 風が吹き散る花びらを見ながら人を待っている。


 この年は飢饉により苦しみ、多くの人が亡くなった不遇の年。


 神仏に祈りを捧げ、人々は不安を募らせていた。


 暫くして女が現れ男に抱きついた。


 わざと驚きながら笑い合う二人、幸せな一時が訪れる。


 だが、二人には深刻な問題が一つあった。

 


「私、決めた。山の神様に嫁ぎに行く。それで皆んなが助かるなら私も嬉しいし、あなたの助けにもなるはず」


「よせ! そんな訳ないだろ。どう言う事か分かってるのか!?」


「うん……知ってる。でも、もうどうする事も出来ないの、ごめんなさい……」

 


 つまり(にえ)だ。


 男は奥歯を噛み締める。

 


「きっと、きっと生まれ変わったら今度こそ俺の嫁に、絶対なってくれ!」


「うん、、待ってる。私を見付けて」


 

 夢はそこで終わった。


 遠い遠い昔の記憶、鮮やかに見て、深い気持ちになる。


 水の底の様な、そんな感じの心と体。


 人知れず後悔し、何処までが自分の気持ちで、何処からがあの男の気持ちで、前世なんて想像出来なくて……考える。


 起きた時間はちょうど朝で、日差しが昨日より暖かく感じる気がした。


 そろそろ本格的に春の予感を感じるのだろうか。


 さて、そろそろ山を降りよう。


 そして、あの桜の木によって行こう。


 男はゆっくりと下山の準備を始めた。


 数日後、春は呆気なく直ぐにやって来た。


 嘘の様に暖かく穏やかな日、だが彼女に会うには絶望的な陽気。


 男は山中を歩く際は、どことなく目で探し、あの時を一瞬思い出す。


 そして、また日々を生きて行く。


 願わくば再会を……。


 そう思わずにはいられなかった。

 


 あの年から何年が経っただろうか。


 今だに彼女との再会を果たせずにいた。


 何度目の春? 時は無常に過ぎ行き再会の冬はなかなか訪れなかった。


 待ち人来たらず、自分は至らず、難しい……と考えてる日々。


 男にとっての人生は山と家の往復のみ、他に興味は示さなかった。


 あの日以来、男の人生はようやく動き始めたのだろうか。


 今としては本人も分からずにいた。


 春先の遠くに見える山々は、今だに雪を被っていて、男は見上げる度に彼女を思い出す。


 そして更に季節は巡り、男が待ち侘びた冬がまた訪れる。


 男は村の者から〝変わり者〟と言われるようになり、次第に一人になる事が多くなった。


 けれど男は寂しいとは思わなかった。


 目標を得るための情熱がある、永い年月に積もった想いがある。


 男はそんな人生を送って()った。



 それからまた更に時は流れ、数えきれない時代の流れの中で季節はまた春を迎えていた。


 古木の桜が咲き乱れ、すでに全盛期をこえて物悲しくも美しい花びらを散らし始めていた。


 ここは桜が有名な公園。


 男は山仕事で木を伐採してはその跡地に桜を植えて回ったそうで、今では春になると山のほとんどが桜色に染まるのだ。


 山道も整備され、今ではちょっとした観光地の様になっていた。


 男は彼女と会った桜を想い、再会の時を待った。


 だが生涯を掛けて行なって来た事はついに花咲く事は無かったのだ。


 そよ風が吹き、鳥が鳴いている。


 平和な、穏やかな日。


 今日は人けが無く静かな山道、日が照らし暖かい。


 そこに不意に聞こえて来たのは、一人の男の声。


 

「ごめん、ちょと寄り道してから行くよ。え? いつもの桜を見に、今じゃないと見頃、過ぎるでしょ? 分かった。帰る前にLINEする。うん、後で」



 男は通話をきり、スマホの画面を見ながら暫く山道を歩く。


 木々の間からそよ風にのり、ほのかな桜の香りが鼻をくすぐる。


 男はスマホをズボンのポケットに押し込み、香りのする方向に視線を向ける。

 

 どうやら目的地のすぐ近くまで来ていた様だ。


 木々の隙間を抜け眼前に現れたのは古木の大桜、帰省した時は何故か足が向く場所。


 なんとなく毎年見たくなる、そんな桜の木だった。


 

「ああ、やっぱり凄いな。今、風が吹いたら桜吹雪でも見れそうだな」



 次第に近づくにつれ白い影が見えて来た。


 少し目を凝らし注視していると人だと分かる。


 一歩ずつ近づくにつれ、それは形を成していく。


 白いワンピースを着た、黒髪の長い、女の人(だと思う)が大桜の脇で木に手をそえて立っている。


 遠くを見つめ、そよ風になびく髪がわずかに揺れながら、濃い桜色の唇が遠目からもわかる様な白い肌の女の人。


 春先の山の上、陽気とは裏腹に風は氷の様に冷たい。


 その女の人は風の冷たさも気に留めず眼下の景色を眺め髪を耳にかける。


 声が届く位の距離になってから彼女の服装が夏衣の様な薄着だと分かった。


 寒く無いのだろうか? こっちはダウンジャケットを持ってこなかった事を後悔していたのに。


 暫くアホズラで呆けていたのか女の人から声をかけて来た。


 

「どうされましたか?」



 とても美人なのに幼い笑顔、一目惚れ必須の涼やかな声と容姿。


 正直ばつが悪い、やましい事なんか無いのに焦ってしまいそうになる。



「何処かで会ってませんか?」



 あれ? 突然口から出た言葉はそれだった。


 何故? でも知っている……気がする。


 胸がいっぱいになって彼女に惹きつけられる。


 この感覚は……。



「ええ、多分、そうだと思います。分からないですけど……不思議」


「あの、ナンパでは無いのですけど、いや、ナンパか? あ、いや、もし良かったらで構わないので連絡先を交換してくれませんか?」



 彼女はクスクス笑いながらも少し考えている。


 男はドキドキしながら答えを待つ。


「そうですね、また会えたらそうしましょうか。今スマホも何も持ってないので、その時は必ず」


「分かりました。明日また来ますか?」


「ごめんなさい……でも春になると必ずここに来ます」


「なら、必ず探します。絶対、探し出します」


「はい……また、私を見つけて下さい」


 強い風が吹き桜が散り乱れる。


 一瞬にして桜色になった世界に彼女は美しく、白いワンピースが揺れる。


 白い肌が薄ら桜色に染まったのはその瞬きの中に見た幻だろうか。


 言葉少なめにその場を立ち去った彼女を見送った後、男は改めて桜を堪能する。


 大桜から見える景色は見慣れた物なのに、この時はとても色鮮やかに透き通って見えた。


 とても明るく綺麗に見えたのだ。


 男は感じていた。


 (ああ、あの人に出会う為に俺はここに来ていた気がする)


 心に残るこれを運命じみた気持ちで連想していた。


 また、会える。


 そんな期待のまま、もう一度彼女が去った山道を見る。


 その時、視界の端に見えたのは、わずかに残った雪が桜の根元にあった。


 おかしな事もあった物だと思ったが、そこはさっきまで彼女が居た場所だった。


 どうやらまだ本科的な春はまだ先のようだ、と思いながら桜の香りを吸い込んだ。


 冷える体が限界になる前に帰ろう。


 まず、親にLINEするか。


 また、きっと会えると疑う事なく来た道を帰って行った。



 その桜の大木は昔も今もそこに有り、様々は時代の流れを見守って来た。


 満開の桜達による壮大な宴の演目はひとまず終わり、散り行く儚さと美しさに、また心ひかれるのでしょう。


 暖かいその陽の内に、悲しみと幸せの狭間に物語を残して……。

 

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