第1話「目覚め」
彼は目覚めた。
まるでスイッチが入るかのようにパチリと目を開けた。
まず視線だけを動かして辺りを見る。
白い天井と白い壁、大きな窓が見えた。
そしてゆっくりと上半身を起こし、ぼんやりとそのまま正面の窓を眺めた。
それから自分の手を見る。
指を一本づつ動かしていく。小指、薬指、中指、人差し指…。
彼は珍しいものを見るかのように、自分の手のひらと甲を交互に回転させて見た。
次は立ち上がってみようと体に力を込める。
すると、突然となりから声が聞こえた。
「よっ。やっと目が覚めたみたいやな。君が一番最後や」
彼は驚いて、声がした方にゆっくりと目を向けた。
声をかけてきたのは、彼より少し幼い顔をした少年だった。
「君は…?」
彼が尋ねると、少年はくすっと笑った顔になり、
「実は俺もさっき目が覚めたばかりでよくわからんのやけどね…」
と、のんきな様子で答えた。
彼は少し間を置き、「ここはどこ?」と一応訊いてみた。
少年は「わからん」と言った。
「君の名前は?」
「わからん」
「いつからいるの?」
「わからん」
「ここには二人だけ?」
と、さらに彼が尋ねると、少年は視線を動かし、声をひそめて言った。
「そっちにももう一人おるよ。また寝てしまったみたいやけど…」
彼は驚いて反対側を見る。たしかにそこには、幼い顔をした男の子が鼻ちょうちんを出しながら寝ていた。
「さっきまでぶーぶー泣いてて、やかましかってん」
彼は男の子を起こさないように気をつけながらゆっくり立ち上がると、窓際に向かった。
大きな窓の外は真っ暗で、窓の前に立つと自分の顔が反射して映った。
少し眉間にしわを寄せて怪訝そうにこちらを見る目。
僕は何者?と、彼は自分の顔に向けて語りかけた。
もちろん返事はない。そもそも、自分の顔ってこんなのだったのかと、他人のようにさえ思った。
「あのさー」
少年が声をかけてきたので、彼は自分の顔を見つめたまま「なに?」と応える。
「さっき一人で暇やったから辺りを見回ってみたんやけどさ、起きているのは俺たちだけみたいやで」
「えっ?」
彼は驚いて少年の方を見た。
「起きているのは…僕たちだけ…?」
「そう。俺たちだけ。下の部屋にまだ起きていないやつらがいっぱいいるで」
「……」
少年はなんでもない風にとんでもないことを言った。彼が言葉を失っていると、
「案内したるわ」と少年が手招きして歩き出した。
*
少年の案内で、白い部屋を出ると、同じように白く長い通路があり、少し歩くと下への階段が見えた。歩くと足の音がペタペタと鳴る。
階段を下ると大きな扉があり、少年が開けて中に入った。
広い部屋の中には、なにか不思議な形をした、大きなカプセルのようなものがいくつも並んでいた。向こう側には、そのフタが開いたと思われるものも見える。
「もしかして、あの開いてるのから僕たちが出てきたってこと?」
彼は指をさして少年に尋ねた。
「そうやろね」
「どうしてわかるの?」
「どうしてって…、なんとなくわかるやん」
少年はそう言って軽く笑った。
彼はなぜ少年が笑ったのか理解できなった。とてもじゃないが笑える状況ではない。
「ほら、中を覗いてみ」
と、少年がフタが開いていないカプセルに近付いてみせた。
カプセルの上部には、中が覗けるようにか小さな窓がついていた。
彼は嫌な予感がしたが、少年に促されてフタが開いていないカプセルの前に移動する。
カプセルは身長より大きく、窓を覗くには背伸びしなければならなかった。
彼は恐る恐る顔を窓に近づけ、中を見た。
「わっ!」
驚いた彼は声を上げ、後ずさって尻餅をついた。
「ははは。驚いた?俺も最初見たときはびっくりしたわ」
少年が腹を抱えて笑うと、彼はむっといらだって少年を睨んだ。
しかし、少年はわれ関せず、ひっひっひっと笑っている。
彼は立ち上がり呼吸を整えると、もう一度勇気を出してカプセルの中を覗いた。悔しかったし、単純に中身が気になった。恐怖より好奇心が勝った。
再度ゆっくり中を見ると、顔が見えた。目を閉じている。そこだけ見れば普通の顔に見えなくもなかったが、口が奇妙にとんがり、頭は突起物のようなものが伸びている。自分たちとは明らかに違う異形の存在だった。
「これは一体…」
彼は声を震わせた。
「これ中身は全部同じ…?」
彼が尋ねると、少年は「他のも覗いてみたら?」とアゴを指した。
彼は部屋を見渡し、「いや、やめとく…」とつぶやくとカプセルから体を離した。
彼と少年は元の部屋に戻ると、少年はいろいろ質問をしてきたり、一人しゃべったりしていた。少年が言うには、「あのカプセルは氷にして保存するやつや。なんかそんなの聞いたことあるような気がする」と言った。彼にはよくわからなかった。
そのうち少年は、「なんか暇やし、また眠たくなってきたわ」と言ってあくびをすると横になった。
彼も倦怠感を感じていた。いろいろなことがショックで、まだ頭の整理がついてなかったし、体もまだ慣れていない感じがした。自分は一体どれだけ長い間眠っていたのだろう。
本当に自分は氷漬けにされていたのだろうか…。
だとしたら、一体どれくらいの時間…。
自分が誰なのか忘れてしまうくらいの時間だから、きっと途方もない時間なのだろう…。
彼は頭を振った。ダメだ。いくら考えても答えが出ない。考えれば考えるほどわからなくなってくる。
しばらく彼は、窓の外を眺めたりしていたが、次第にまぶたが重くなり、いつしか目を閉じて眠りに入っていた。




