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炎の守護者




 春の陽光は柔らかく、王城の庭園を穏やかに照らしていた。


 だがその静けさとは裏腹に、私の胸の奥には落ち着かないざわめきが広がっている。


 ここ数日で、世界は確実に変化し始めていた。


 アルベルト王との接触。


 クリストフ殿下の揺らぎ。


 周囲の視線の変化。


 そして——


 言葉にはできない、不穏な気配。


 まるで世界そのものが、わずかに軋んでいるような感覚。


 私は庭園の奥へと足を進めた。


 人の気配が少ない場所の方が、思考を整理しやすい。


 花々が春風に揺れ、噴水の水音が静かに響いている。


 そのときだった。


 空気が、変わった。


 背筋を冷たいものが走る。


 危険——ではない。


 だが、本能が何かの接近を告げている。


 ゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の騎士だった。


 陽光の中で燃えているような赤髪。


 鍛え抜かれた体躯を包む近衛騎士の制服。


 静かに佇んでいるだけなのに、周囲の空気が引き締まる。


 あたたかい炎のような存在感。


 だが、不思議と威圧感はない。


 むしろ——


 守られているような安心感。


 彼は胸に手を当て、深く一礼した。


「お初にお目にかかります。ディジュワール公爵令嬢」


 低く落ち着いた声。


「近衛騎士団所属、ベルナール・シュヴァリエと申します」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥がかすかに震えた。


 一周目でも、彼の名は知っていた。


 皇太子直属の守護騎士。


 決して膝を折らぬ剣。


 炎の守護者。


 だが一周目でもいままでも、直接言葉を交わした記憶はない。


「ご丁寧にありがとうございます」


 私は静かに礼を返した。


「本日より、殿下のご命令により周辺警護を担当いたします」


 胸の奥が小さく跳ねる。


「周辺警護……?」


「ええ」


 彼は穏やかな声で続ける。


「近頃、王城内外の空気が不穏です。万が一に備えての配置とのこと」


 不穏。


 その言葉に、背筋が微かに冷える。


 私が感じていた違和感と同じものを、彼らも感じ取っているのだ。


「過剰なご心配ではありませんか」


 そう言うと、ベルナールは静かに首を振った。


「守るべきものがある限り、備えは過剰であるほどいいものです」


 濃銀の瞳がまっすぐ私を見る。


 そこにあるのは警戒でも監視でもない。


 揺るぎない意思。


 守護の誓い。


 不思議な感覚だった。


 彼に見られているのに、緊張しない。


 むしろ胸の奥のざわめきが静まっていく。


「……あなたは」


 気づけば、言葉が漏れていた。


「とても安心できる方ですね」


 一瞬、彼は目を瞬かせた。


 だがすぐに穏やかな微笑を浮かべる。


「それが役目ですから」


 短い言葉。


 だがその響きは温かい。


 そのとき。


 遠くで鳥たちが一斉に飛び立った。


 私たちの間を風が強く吹き抜け、庭園の木々がざわめいた。


 胸の奥が、不意にざわつく。


 まただ。


 この、言葉にできない不安。


 だが同時に。


 すぐそばに立つ騎士の存在が、確かな現実として私を支えている。


「何か感じられましたか」


 ベルナールが低く問う。


 私は驚いて彼を見た。


「どうして?」


「貴女が一瞬、空気の変化に反応されたので」


 濃銀の瞳が静かに細められる。


「気のせい、ではなさそうですね」


 胸の奥が強く打つ。


 この人は、ただの騎士ではない。


 世界の歪みに気づく者。


 守るべきものを理解している者。


 その確信が、静かに胸に広がる。


 風はすぐに止み、庭園は再び穏やかな静けさに包まれた。


 だが私は知っている。


 世界は静かに軋んでいる。


 そして。


 その歪みから守るために立つ者がいる。


 赤き炎の騎士。


 ベルナール・シュヴァリエ。


 彼の存在は、嵐の前の世界に灯された小さな火のようだった。


 それは決して激しく燃え上がらない。


 だが確かに、闇の中で道を示す光。


 私は胸の奥に広がる静かな安心感を感じながら、庭園の空を見上げた。


 運命の歯車は回り続けている。


 けれど——


 もう、私は一人ではないのかもしれない。












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